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第一章 冒険者世界アリスト編

第30話 勇者たちの外出

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王城では、勇者パーティーに割りてられたスイートルームがある。
その一室で、畑山が目を覚ました。

彼女は、他のメンバーより早起きである。
毎朝じっくりと楽しむ入浴が、習慣となっているからである。

浴室から出て、共有部分を通るとき、備え付けの丸テーブルの上に、一通の手紙が載っているのに気づいた。
取り上げてみると、封筒の表裏ともに何も書かれていない。

ちょっと考えて、書斎へ行き、ペーパーナイフで封筒を開ける。
そこに書いてある文字を見て、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに手紙に目を走らせた。

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朝食の席で畑山は、加藤と舞子に、予め用意していたセリフを披露した。

「ねえ、この国に来てから、ほとんど町を見てないじゃない。
王様に頼んで、何とかしてもらおうよ」

「そうだな。 パレードとか、討伐の行進だけだもんな」

加藤が乗ってきた。

「舞子にも、いい気分転換になると思うの」

「それは、そうだな」

舞子は、何も言わずに俯いている。

さすがの加藤も、このままではいけないと思っているらしい。


「絶対に許可を取って来るから、任せとけ」

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昼過ぎに謁見から帰ってきた加藤は、疲れ果てた顔をしていた。

「はあ~、ちょっと町を見るだけなのに、マジ大変だった」

最初、王は許可を出し渋っていたが、加藤がとことんごねると、制限付きで渋々許可を出した。

実際は、開戦前のこの大事な時に、勇者にへそを曲げられては、国の存亡にかかわる、という王側の思惑があったのだが、加藤には、それを知る由もない。

「何か制限つけられた?」

さすがに畑山女史、いい勘している。

「騎士10名の付き添い。
指定された場所以外での行動の禁止。
三人が別行動をとらないこと、だとよ」

「ふ~ん、あんたにしては頑張ったわね」

「そうか? かなりきついしばりだと思うが」

「まあ、そのへんは何とかなるでしょ」

「舞子も行くよな」

「・・・」

「舞子、もしかしたら史郎に会えるかもしれないよ」

「私、行く!」

あらかじめ決めておいたセリフで、舞子の承諾を取り付けた畑山は、どうやって手紙に書かれた残りの条件を満たすか、頭を悩ませていた。

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レダーマン騎士長は、開戦が近づいたこの時期に、町で遊びたいなどという、勇者たちに腹を立てていた。

しかし、開戦決定は、まだ勇者たちに秘しているので、ここは、こちらが譲歩するしかなかった。

勇者たちを警護する、九名の人選。
訪れる場所の選定。
周辺の警備にも、人を割かねばなるまい。
余り大掛かりになると、民衆にばれてしまうから、加減が難しい。

警護には、なるべく家族がいないものを選んだ。
開戦までのひと時は、家族と共に過ごさせたい。
そういう、彼らしい配慮である。

場所についてだが、勇者たちが最初に町を訪れた時に連れて行った料亭だけは、彼らの希望どおり聞き届けた。
他は、全てレダーマン自身が選んだ。

武器屋、道具屋、薬屋、そして、学校である。

学校は、こういうことがあったら頼むと、親友でもある校長に、せっつかれていたから選んだ。

まあ、せめてもの慰めは、学校で奴に会えることくらいだな。


レダーマンは、自分で自分を慰めるのだった。

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三日後、勇者たちの外出の日が来た。


畑山は、朝からソワソワしている舞子の髪を櫛で梳いている。

「舞子。 きちんとしてなきゃ、史郎に会えた時、絶対に後悔するよ」

「うん、分かってる」

今までとは違う意味で、心ここにあらずの舞子を見て、内心ため息をつく。

「加藤、準備できてる?」

「いつでも行けるぞ」

「じゃ、レダさんに声かけて来て」

「分かった」

加藤は出ていくと、すぐにレダーマンを連れてきた。

「皆さん、準備はよろしいですか」

三人が頷くと、騎士長は、振り返りもせず、城の建物内をカツカツと歩いていく。

小走りの舞子が遅れがちになるほど早足である。

城門の手前まで来ると、騎士らしい格好をした一団と、平民の服装を着た一団が待っていた。

加藤と畑山の服装は、冒険者スタイルだ。
これは万一に備え、勇者と聖騎士が、剣を帯びるのに不自然でないように考えられた。

舞子は、ローブを羽織って、魔術師っぽい格好である。

城門が開き、平民姿の一団が、勇者達を取り囲むようにして、城の外へ歩き出す。

ちょうど通りかかった行商人が、不審げにちらっとこちらを見たが、そのまま歩み去って行った。

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最初は、レダーマンお勧めの武器屋に入る。

平民姿の何人かと、騎士の何人かも入って来たので、武器屋は、ぎゅう詰めである。

思わぬ大入り満員に、二人いた店員は喜んだが、レダーマンが近寄って耳打ちすると、真っ青になった。


王城に近いところにあるからだろうか。
棚の上には、高価そうな武器が並んでいる。

「お、これどうよ」

金色に輝く剣を手に取り、加藤がにやけている。

「馬鹿っ、こんな狭いところで振り回すんじゃないの」

舞子は、キョロキョロ窓の外を見ている。
何のためかは、言うまでもない。

店員に剣の値段を聞くと、やはり非常に高価である。
金貨10枚、つまり、1000万円くらいのものがざらにある。

「ここは、もういいかな」

畑山が告げると、騎士が先に立って店を出る。
加藤は、名残り惜しそうにしている。

何軒か店を回った後、学校に立ち寄る。

まだ、昼前とあって授業中のようだ。

大きな講堂に勇者が入ってしばらくすると、生徒たちがざわめきながら着席する。

校長が演台に上がり、咳払いを一つすると静かになった。

ずいぶんお行儀がいい生徒たちである。
貴族の子弟かもしれない。

「今日は、特別な方々に来ていただきました。

校長はそう言うと、袖から出てきた勇者たち三人の方へ手を広げた。

「勇者様、聖騎士様、聖女様です。
拍手で、お迎えを」

おとぎ話の主人公登場に、講堂は一時シーンとしたが、次の瞬間、割れんばかりの拍手が起こった。

「聖女様ーっ!」

「聖騎士様ーっ!」

「きゃーっ、黒髪ステキー!」

「「「勇者! 勇者! 勇者!」」」

「ドラゴン倒したって、ホントですかー?」

凄い騒ぎである。

「では、勇者様から一言」

場違いな雰囲気に飲まれていた加藤が、やっと一歩前に出る。

「え~、本日は、お日柄もいいようで・・」

「馬鹿っ!  何言ってんの。 前置きなんていらないの」

畑山が、すかさず突っこむ。

「えー、ご紹介にあった勇者です。 
ドラゴンスレイヤーです」

生徒たちは、固唾を飲んでこちらを見ている。

「ええっと、皆さん、元気ですかー」

「「「元気です!」」」

ノリがいい生徒たちである。

「いっぱい勉強して、立派な大人になってね」

「「「はいっ!」」」

校長が、満足そうに頷いている。
何とか目標達成のようである。

長くなればなるほど、ボロが出るに決まっている。

畑山が横にいる騎士に耳打ちする。
騎士は、それを校長に伝えた。

「では、今日はおいでいただき、ありがとうございました。
勇者の皆さんでした」

校長がそう告げると、生徒たちは不満気である。

「えーっ、もう帰っちゃうの~?」

「ドラゴンの話して下さい」

「うちのお母さん、治してくれて、ありがとー」

このままでは埒が明かないので、校長が言葉を続ける。

「勇者様は、この後、お国の大事な仕事があります。
拍手で、見送りましょう」

それでやっと納得いったのか、生徒たちが落ち着く。

最初、小さかった拍手の音が、次第に大きくなる。

「「「勇者! 勇者! 勇者!」」」

割れんばかりの拍手に見送られ、加藤たちは学校を後にした。

ちなみに、勇者達が城に帰るまで、生徒は学校から出られないことになっている。

「なんか、俺、ドラゴン討伐より疲れたよ」

加藤が言う。

これには、珍しく畑山も同感だった。

「次で最後となります。 
ご希望の食事処です」

レダーマンも、かなり疲れているように見える。

いつもはしゃきっとしている前髪が、ひょろりと垂れている。

「お、やっとかー」

加藤は嬉しそうだが、舞子は元気がない。

もしかして、史郎に会えるかもしれない。
会えないまでも、一目だけでも姿が見られるかもしれない。
そういうわずかな望みが、後わずかの時間で消えてしまうのだから。

目的の食事処は、学校から意外に近いところにあった。

前に使った部屋より、一回り広い部屋に通される。

騎士五人が、同じ部屋にいるので全部で八人である。
テーブルが2つあり、椅子がそれぞれ3脚、5脚ずつ置いてある。

勇者たちのテーブルと、騎士たちのテーブルに分かれるようだ。

全員が椅子に座ると、レダーマンが話し始める。

「勇者の皆様、今日はお疲れ様でした。 
校長が大層喜んでおりました。
何かの折には、またよろしくお願いします」

「いや、そっちも疲れたでしょ。
 ご苦労様。 ありがとう」

加藤にしては、気の利いたセリフを言った。

「あんたも、やればできるじゃん」

畑山に褒められて、加藤はまんざらでもなさそうだ。

乾杯の合図で、食事が始まる。

騎士のテーブルは、話弾んでいた。
勇者のテーブルは、舞子が黙り込んでしまったので静かだ。

畑山が椅子を舞子の方に寄せ、囁く。

「舞子、いい? 
何があっても、冷静に行動するんだよ」

舞子は、畑山の言葉の意味が分からず、力なく首を横に振っていたが・・。

突然、がたっと音をたてて立ち上がった。

椅子が、後ろに倒れてしまっている。

騎士たちが、はっと身構える。

「舞子、いくら美味しいからって、それはやりすぎ」

畑山がフォローすると、騎士たちは食事に戻った。

舞子が、なぜそんな行動をとったか。

それは突然、どこからともなく、史郎の声が聞こえて来たからである。

『三人とも、落ち着いて聞いてくれ』

まあ、舞子には、それが無理だったわけだが。

『ある方法で、三人に話しかけてるからね。
 声に出さなくても伝わるぞ』

『ボーか?』

『そうだよ、加藤。 とにかく目立った行動はするな』

『分かった』

『畑山さん、いろいろご苦労様でした』

畑山には、手を渡し、いろいろ動いてもらった。
他からは読めないように、手紙は日本語で書いておいた。

三人のことをよく知っている史郎は、加藤と舞子が、こんなとき助けにならない事が良く分かっていた。

『それはいいから。 それより、これどうなってるの?』

『詳しいことは、後で。 
今は、最小限必要なことだけ伝えるよ』

『・・史郎君、史郎君・・』

感極まって、舞子の目から涙が溢れ出す。
すぐに畑山が拭いてやる。
騎士達には、気づかれていないようだ。

『大事なことだから、気を付けて聞いてくれ。
くれぐれも、騎士の気を引かないように。
とにかく、自然に振舞ってくれ』

『分かったわ』

史郎の声が続く。

『君たちに、危険が迫っている』

『どんな?』

『二つある。 一つは、三人に関係あるもの。
もう一つは、舞子だけに関係あるものだ』

『話して』

『まず、全員に関係する方。
今、この国は、侵略戦争へ向かって動いている』

「なっ!」

思わず声を上げそうになって、加藤が口を押える。

「なんて美味しいデザートなんだ」

『あんた、ごまかし方、下手すぎ』

すぐに、畑山女史に突っこまれる。

『舞子の危険は、君を利用しようと企てている者たちがいる』

『危険なの?』

『かなり。 人の命を何とも思わないような奴らだ』

『史郎のことだから、すでに対策は練ってあるんでしょ』

『ああ、ある程度はね。
細かいところを仕上げるには、みんなの協力が必要だ』

『わかった。 何をすればいいの?』

『とりあえず、今日はこのまま城へ帰ってくれ』

『その後は?』

『この連絡方法は、このままにしておくから、城の部屋に戻って落ち着いたら連絡してくれ』

『どうやって?』

『声に出して、俺に話しかけてくれ。
その時、指輪を外しておくのを忘れないようにな』

『分かったわ』

『じゃ、ここで、いったん切るぞ』

『し、史郎君っ』

舞子が慌てて話しかけたが、通信は切れてしまったようだ。

「あいかわらず、ここの食事、すげえうめ~な~」

「加藤! いらないことしないの。 
かえって怪しまれるよ」

小声で畑山が注意する。

「史郎君・・」

舞子は、思わぬ出来事に、まだ夢を見ているような心持ちである。

「舞子、しっかりなさい。 
史郎が見てるわよ」

畑山の言葉で、舞子の瞳に力が戻る。

「私・・がんばる」

そうつぶやくと、お皿の上に残された料理を、物凄い勢いで食べ始めた。

ずっとまともな食事を摂っていなかった舞子は、史郎と再び繋がりが持てたことで安心した今、猛烈な空腹感を覚えていた。

それに、史郎が言っていた、こちらからの協力のためにも、体力を戻しておかなければならない。



加藤と畑山は、舞子の極端な変わり様を、呆れた顔で眺めていた。
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