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第十二章 放浪編

第64話 ソル岩

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 竜王との会談から一夜明けて、俺は朝早くから『試しの儀』が行われたすり鉢状の谷底へ来ていた。
 山頂から転がり落ちた勢いで、山肌にくい込んでいるソル岩を調べるためだ。
 あいにくの雨で、作業には最悪のコンディションとなっている。

 点ちゃん、どうだい?

『(Pω・) この岩、こんなに大きいのに、驚くほど真球に近いですね』

 なんとかなりそう?

『(Pω・) 山から落ちた時、岩のあちこちに亀裂が入っちゃったみたいですよ』 

 えっ!?
 それってやばくない?

『〇→品(u ω u) 気をつけないと、動かしたときバラバラになっちゃいますね』

 ひえーっ!
 えらいことになったな、それは。
『付与 縮小』で小さくして運べば安全なんだろうけど、それじゃあドラゴンたちが納得しないだろうからね。

 雨はだんだん強くなってくるし、さて、どうしたものかな。

 ◇

 竜王は山の中腹にある岩棚に座り、そこから谷底を見下ろしていた。
 彼は常に穏やかさを失わない人族の青年に好感をもっていたが、この試みはさすがに無謀だと思えた。
 ドラゴン全員が試みてもできなかった事が、たった一人の人族にできる訳がない。
 自分の横に並び、ソル岩の方を見下ろしている一族の皆が、シローの失敗に期待している。言葉にしなくても、それがひしひしと伝わってくる。

 あの青年が、無事にこの地を去れるように。
 竜王は、彼らが信仰している太陽(ソル)にそう祈るのだった。

 ◇

 シローの案内役、ドラゴンのトタラは岩棚に座り、人族の青年がソル岩の周囲を歩きまわるのを見ていた。

 聖なる岩を人族などに触れさせるのは、彼にとって我慢ならないことだ。
 しかし、生まれつき体が小さく、力も弱い彼は、ドラゴニアにおいて何の発言権もなかった。
 もし、彼自身に力があれば、自らで『試しの儀』を挑み、人族の行いに抗っただろう。

 頭に茶色い布を巻いた青年は、腕を組んで何か考えていたが、やがて大きく頷くと、ソル岩に背を向け歩きだした。彼は広場の中央辺りで立ちどまり、くるりとソル岩の方を向いた。

 降りつける雨はその勢いを増し、青年が立つ広場に水が溜まりだした。
 彼はのろのろと思えるほどゆっきりした動作で、ソル岩の方を指さした。
 突然、巨大なソル岩があった場所に青い箱のようなものが現われた。
 箱には蓋が無かったので、その中にソル岩が入っているのが見えた。
 青い箱の上には、外側に開いたような「花びら」があったが、その役目は箱の上を閉じるためのものではなさそうだった。
 なぜなら、その蓋には切れ目がなく、円錐を逆さにしたような形をしていたからだ。

 地球人ならば、その形がコーヒーのドリッパーに似ていると気づいただろう。
 とにかく、とてつもなく巨大なそれは、上の縁が広場の半分ほどを覆うのではないかと思われた。
 ソル岩を抱きこんだ巨大な立方体の箱が小さく見えるほど、それは大きく広がっていた。

 人族は、あんなものでいったい何をするつもりなのか?
 トタラはそう思ったが、しばらくの間、青年にも箱にも動きはなかった。
 
 降りしきる雨がさらに強くなり、斜めに強くふる雨筋で、青年と箱の姿が見えなくなりかけた時、箱の上についていた逆円錐型のものが消えた。
 ここから見える巨大な青い箱の中には、水が溜まっていた。
 水に浸かったソル岩のてっぺんの辺りが雨で白く煙る水面を通し見え隠れしている。
 あの仕掛けは雨水を集めるためだったのか。
 しかし、なぜそんなことを?

 トタラの疑問に答えるように、ソル岩を包んだ巨大な青い箱がゆっくり上昇を始めた。

 ばっ、馬鹿なっ!

 ドラゴンが総勢で取りくんでも動かせなかったソル岩が、まるで重さが無いように滑らかに上がっていく。
 気がつくと、青年は白銀色の板に乗り、やはりゆっくり上昇していた。

 ソル岩を入れた青い箱は、やがてトタラが座る岩棚の高さすら超え、さらに上がっていく。
 空高くで停まった箱は、横方向に動きだした。
 その進む先には、ソル山の山頂があった。
 やがて箱はソル山の頂上に到達した。

 ドラゴンたちが、雨の中、空へ舞いあがる。
 みんな事の顛末を近くで見たいのだ。

 トタラも翼をはばたかせ、山頂が見下ろせる高さまで上がった。
 ソル山の山頂付近を円形にとり囲むドラゴンたちが見守る中、動きを緩めた箱がじわりじわりと山頂の中心に向かって動いていく。
 ソル岩が載っていた平岩は、かつての崩落の際、まっ二つに割れていたが、それが一瞬で消えてしまった。
 次に、山頂の中央がゆっくり凹んでいき、半球状のくぼみを作った。  

 箱がくぼみの真上に載ると、しばらく動きは見られなかった。
 ドラゴンたちは、一体もその場から離れようとせず、箱に注目している。
 やがて、青い箱の側面がぱたぱたと外側に開き、それは空気へ溶けるように消えた。
  
 その後には、半球状の窪みにぴったり収まったソル岩があった。
 どうやって巨大な箱を持ちあげたのか? 大量の水はどこへ消えたのか?
 疑問はいくらでもあったが、それを人族の青年に尋ねるドラゴンはいなかった。 
 
 そして、トタラが何より驚いたのは、白銀色の板から降り、何事もなかったような表情でソル岩に触れる人族の青年が突然消えたことだ。
 ドラゴンたちが周囲をキョロキョロ見回すけれど、青年の姿はどこにもなかった。

 人族など小さな魔獣にも劣ると考えてきたトタラにとって、この出来事は生涯にわたり拭いがたい印象を残した。
  
 ◇

 ソル岩を山頂に戻した俺は、瞬間移動でドラゴンが集会を行う大洞窟に戻っていた。
 入り口から少し離れたところにコケットを出し、それに横になる。お腹の辺りにキューがぽふりと乗り、その上にブランがぴょんと跳びのった。

「あー、いっぱい働いちゃったなー」

『(; ・`д・´)つ めったに働かないじゃないですかっ!』

 いや、今回は頭脳労働に近かったからね。余計に疲れたんだよ。
 ソル岩が割れないように、水で覆って運んだりしたからね。
 特に最後、ソル岩をその上に置くはずの岩が割れてたから、アドリブで山頂に窪みを作ったりしたでしょ。

『(; ・`д・´)つ そんなこと、前もって調べておけーっ!』 
 
 まあ、行き当たりばったりでも、終わり良ければ総て良しですよ、点ちゃん。
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