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第十二章 放浪編
第58話 密談
しおりを挟むその日の夕方、お好み焼きのお返しということで、国王陛下の家族同席で豪華な、しかし、冷めた料理を振舞われた俺は、薄暗い書斎のような部屋に通された。
部屋には、陛下、シュテイン、俺だけが座っている。
「シュテイン、シロー殿に報酬として禁書庫の閲覧を許すことに関し、何か言いたいことがあるようじゃな?」
「はい、父上。
シローが探しているのは、『ポータル』と呼ばれるものの情報です」
「うむ、『ポータル』か……確かそれは異世界と繋がる扉のようなものではないか?」
「はい、その通りです」
「しかし、あれは伝説のたぐいであろうが、なぜそのようなことを気にするのじゃ?」
「陛下、それは俺からお話しします」
話が長くなりそうだから、俺が二人の会話に割りこむ。
俺は、ポータルが実在する事、この世界が属する世界群が、『ポータルズ世界群』から分かれただろうことを話した。
「俺はポータル間を転移中にこちらの世界群に住む、ある人物により召喚されてしまったのです」
本当はセルフポータルで転移しようとしてたんだけど、それは話せない。セルフポータルの能力は秘密にしなきゃならないからね。
「その人物とは、このボナンザリア世界にいるのじゃな?」
この世界は『ボナンザリア』と言うのか。
「いいえ、陛下。
彼女は別の世界にいます」
「どういうことじゃ?
お主はこの世界に召喚されたのではないのか?」
「いえ、私は別の世界から、ポータルを二つ潜ってこの世界まで来ました」
「な、なんじゃと!」
世界群という概念が、やっと頭に入ってきたのだろう。陛下が大声を上げた。
「シロー、あなたは、かつて切りはなされた、もう一つの世界群に帰るためにポータルの情報が欲しいのですね?」
シュテインが要点をまとめてくれる。
「その通りです」
「なるほど。
シュテインが慎重になるのも当然じゃな。
しかし、これは大変なことじゃぞ」
「お二人のご心配は分かります。
実際に向こうの世界群でこういうことがありましたからね」
俺は陛下とシュテインに、『神樹戦役』に関する事をできるだけ詳しく話した。
二人は、スレッジ世界にある二つの国が引きおこした戦乱の話を、食いいるように聞いていた。
最後に気に掛かっていることをつけ加える。
「俺が心配しているのは、こちらの世界群に神聖神樹様の気配がないことです。
それに、俺がこれまで訪れた二つの世界には、神樹様もいらっしゃいませんでした」
「それが何か問題となるんですか?」
俺が『神樹戦役』の話をした後なので、シュテイン皇太子はかなり不安そうだ。
「落ちついて、冷静に聞いてください。
各世界にある神樹様には、世界群を維持するという働きがあります。
それをとりまとめるのが、神聖神樹、つまり聖樹様です。
ところが、その神樹様で繋がるネットワークが無いという事は――」
「この世界に、厄災が振りかかるといういことか……」
シュテインが俺の言葉に続ける。
「はい、恐れながら」
「……シローよ、その厄災とはどの様なものじゃ?」
陛下が絞りだすような声で尋ねる。
「予想でよろしければ、お伝えできますが」
「それでよい。
話してみよ」
「この世界、そしてそれに繋がる世界群の消滅です」
「「……」」
陛下とシュテインの顔色が青くなっていく。
その顔色がほとんど紫色になったとき、やっと陛下が口を開いた。
「世界の消滅……」
先ほどまでの覇気を失ったその声は、まるで老人のそれのようだった。
「先ほどお話した『神樹戦役』も、『ポータルズ世界群』を消滅から守るための戦いだったのです。
恐らくこちらの世界群は、微妙なバランスの上にかろうじて存在していると思われます」
「な、なんということだ……」
シュテインがやっと聞こえるような、低く暗い声でそうつぶやいた。
「シロー、先ほど聞いた戦役に関する話によると、『ポータルズ世界群』とやらは消滅を免れたそうではないか?」
「はい、その通りです」
「この世界を救う方法、お主には考えがあるのではないか?」
「ええ、一つあります。
確実な方法とはいえませんが」
「それを聞いてもいいか?」
陛下のその言葉に、俺はその情報を禁書庫への入室と引きかえにすることも考えたが、ここはそれを教えることに決めた。
「……いいでしょう。
この世界を救うための方法というのは、こちらの世界群と『ポータルズ世界群』を再び繋ぐことです」
「えっ?
だけど、そんなことが可能なの?」
気が急くのか、シュテインは砕けた口調になっている。
彼の質問に対する答えは、すでに用意してあった。
「これも可能性の問題になりますが、こちらの世界群に神樹を植えるのが唯一の方法でしょう」
「そ、そんな……」
シュテインが、がっくり肩を落とす。
「神樹の種と言ったな。
そのようなもの、どうやって手に入れればよいのじゃ?」
頭を抱えた陛下が、絶望に染まった声でうめくように言った。
「神樹の種なら、俺がいくつか持ってますよ」
「「えええっ!?」」
「この世界に来る前に立ちよった二つの世界には、すでに世界樹の種を植えてあります」
「えっ!?
こうなることが、予め分かってたの?」
シュテインが、形のいい目を大きく開いて俺を見つめる。
「いや、分かっていなかったよ。
さっき言った危険に気づいたのは、この世界に来てからだ」
「では、どうしてその……なんと言ったか」
陛下が、もどかしそうに手で小さな丸を作っている。
ちょっとカワイイ。
「世界樹の種ですか?」
「そうじゃ。
その世界樹の種とやらを植えたのはなぜじゃ?」
「世界樹には、お互いに感応する能力があります。
もしかすると、それによって『ポータルズ世界群』とこちらの世界が繋がるかと思い、試してみたのです」
「なるほど、そうじゃったか」
『( ̄▽ ̄)つ 本当は適当に植えてただけだよー』
点ちゃん、いらないこと言わなくてよろしい。
陛下に聞こえるように言ってないよね、それ。
「シローよ、考えをまとめたいから、少し時間をくれぬか?」
「陛下、承りました」
「ははは、すでに余とお主は友人じゃ。
シュテインと同じように話してくれればよい」
「はっ、あ、いえ、分かりました」
「で、夕食のことじゃが……」
「分かっております。
私の方で用意いたします」
「おお、そうかっ!
また、熱いのを頼むぞ!」
「はい、任せてください」
◇
密談が終わると、俺は再び陛下の家族にお好み焼きをご馳走することになった。
本当は別の料理を出したかったのだが、すでに『オコ焼き令』まで出されている今、国王一家の希望に沿うようにしたのだ。
「シロー、あなたを『オコ焼き騎士』に任命します」
ルナーリア姫の舌足らずな宣言で食事は始まった。
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