上 下
583 / 607
第十二章 放浪編

第53話 王都の図書館

しおりを挟む

 客車の窓から見える景色が流れていくが、それは木造の家が多い下町から、庭つきの家がある街区、そして緑の中に石造りの邸宅がぽつぽつと見られる区画へと変わっていく。
 どうやら、王都は住む者の階級によって区画がはっきり分かれているようだ。
 客車から顔を出し進行方向を見ると、尖塔が並ぶ大きな城が見えるから、馬車は街の中心へ向かっていることになる。
 街の中心に向かうほど緑が増えるのは、地球世界では考えられないことだ。

 やがて馬車は、左手に城が見える場所で停まった。
 白塗りの客車から降りると、目の前に大きな石造りの建物がある。それはアリスト王城にある迎賓館を思わせた。

 石の階段を数段登ると、彫刻が施された美しい木の大扉があった。その前に一人立つ衛士風の男は、長槍を左手に持ち、右腰にワンドを差していた。
 俺たちが誰か尋ねようとしたのだろう、一歩こちらに踏みだした衛士は、とても驚いた顔をすると、石畳に膝を着いた。

 えっ!? なに、これ?

 シューが、俺の背中をポンポンと叩いたで、そのまま扉に近づく。
 慌てて立ちあがった衛士が、その扉を開けてくれた。

「おお!
 これはすごい!」

 思わず声を上げてしまう。
 建物の中は円筒形の空間が広がっており、壁の曲面にはずらりと本が並んでいた。どうやら、全て革で装丁されているようだ。
 首周りに白い縁取りがある、七分袖の黒いワンピースを着た人々が、本を抱えて歩いている。

 あれは司書かもしれないな。

 俺たちに気づいた高齢の男性司書が一人、ゆっくり近づいてくると、やはり驚いた顔をして片膝を床に着き頭を下げた。

「シュテイン皇太子殿下、ようこそおいでくださいました。
 ご用件をうかがってもよろしいでしょうか?」 

 ええっ!? シューって皇太子だったの?
 なんで孤児院にいたんだろう?

「パレル館長、立ってください。
 今日は、お忍びで来ていますから」

「ははっ!」

 図書館の館長だと分かった男は、そう答えたものの、膝を床に着いたままだ。
 まあ、そうだよね、相手は皇太子だもん。

 少し困った顔になったシューは、俺の背中を押し、書籍が並んだ壁へ向かう。
 背中越しに館長が慌てて俺たちを追ってくる気配がした。

「ど、どのような書籍をお探しでしょうか?」

 館長の問いかけに、シューが俺を追いこし、例の何でも見通すような澄んだ目で俺の目を覗きこむ。

「シローさん、どんな本をお探しですか?」

 うーん、これは困ったな。
 ポータルに関する情報を探していると、正直に話すべきだろうか?

『d(u ω u) ご主人様、ここは正直に話していいようです』  
  
 えっ!?
 点ちゃん、どうしてそれが分かるの?

『(Pω・) ブランちゃんに皇太子をチェックしてもらいました』

 あちゃー、特殊能力で、シューの心を覗いちゃったか。
 悪いことしたなあ。
 点ちゃん、俺が許可したときだけ人の心を調べるように、ブランに言っておいてね。

『(・ω・)ノ 了解!』
  
「シュー、いや、皇太子様、少しお話があるのですが」

「ふふふ、何かお話ししたいことがあるのですね?」

 やはり、この皇太子、油断がならないな。

「ええ、他の方がいないところでお願いします」

「いいでしょう。
 パレル館長、個室を用意してくれるかな?」

「ははっ!」

 俺たちの後ろで控えていた館長が、すかさず皇太子に答える。
 彼は俺たち二人を、二階にある豪華な部屋に案内した。

 ◇

 図書館の個室は、壁に美しい風景画が何点か掛かっており、本を置くための書見台がいくつか置かれた奥に、黒っぽい木でできた重厚な机が置いてあった。
 
 シューは、迷いなく黒い机の向こうに回り、おそらく革でできているだろう椅子に座った。
 俺は仕方なく、その机の前に膝を着く。館長の恰好をまねておいた。

「ははは、シローさん、何してるの?
 ボクに気遣いは無用だよ。
 さあ、立って立って」

「分かりました」

 俺は言われるまま立ちあがる。

「そこにある椅子を持ってくるといいよ」

 俺は部屋の隅に置かれた、やけに重いひじ掛け椅子を机の前に動かし、それに座った。
 机をはさんで、シューと向かいあう形になったわけだ。

「それで、あなたが探しているものは?」

 シューは、例の目を俺から逸らさない。

「ポータルに関する情報を探してます」

「『ポータル』?
 うーん、どこかで聞いた覚えがあるね」

「この世界と異世界を繋ぐ通路のようなものです」

「あっ!
 そうか、歴史のロマノ教授がそれに触れてたよ。
 ずっと昔は、他の世界との行き来があったけど、今ではできなくなったという話だったかな。
 当時は、『ポータル』を通って異世界に行けたって。
 ボクは信じていなかったけどね。
『迷い人』が時々現れるから、異世界があるのは信じてるけど、その『ポータル』に関しては眉唾だとおもってたんだけど……」

「俺は、何度も『ポータル』を使って異世界間を行き来したことがありますよ」

「ふーん、凄いね。
 だけどそれが本当だとすると……」

 彼はしばらく目を閉じ考えていた。
 長いまつ毛がピクリと震え、その目が開く。
 そこには、彼が今まで見せなかった、厳しい色があった。

「シローさん、残念だけど、ポータルの情報を渡すわけにはいかない。
 それに、この図書館には、それに関する情報は全く無いはずだよ」

「なぜです?」

「もし、異世界と通じる『ポータル』があるとして、そこから他の世界がこちらに侵略しないとは言えないでしょ。  
 その可能性が少しでもあるなら、王家としては当然ながら情報を漏らすわけにはいかないね」

「そうですか」

 彼の言うことはもっともだ。実際に他の世界を侵略しようとしたスレッジの例もあるからね。
 
「申し訳ないが、君の頼みに応えることはできない」

 拒絶の言葉をきっぱりと口にするシューには、皇太子としての威厳があった。
 
「シローさん、その上で君に頼みたいことがある」

「なんでしょう?」

「ボクの家族にも、例の『クッキー』とやらを食べさせてやってほしいんだ。
 まだ食べたこと無いけど、オコ焼きも頼めるかな」

 オコ焼き?
 ああ、お好み焼きか。
 しかし、「お好み焼き」、「オコナー焼き」、「オコ焼き」なんて、まるでお好み焼きの三段活用みたいだな。

「ああ、別に構いませんよ」

『(; ・`д・´)つ ちょっと待てー!』

 おや、点ちゃん、どうしたの?

『(・ω・)ノ ポータルの情報を手に入れないと、元の世界へ帰れませんよ』

 そうだね。

『(・ω・) 「そうだね」じゃ、ありませんよ。ブランに頼みましょうか?』

 シューの記憶から、ポータルに関する情報を探す訳だね。
 だけど、それはなるべくしたくないんだよね。
 シューが言ってることは、もっともな事だし。

『(?ω?) じゃあ、どうするんです?』

 うーん、とにかく少し考えさせて。

『へ(u ω u)へ やれやれ、ご主人様は、ホント人がいいんだから』

 えっ!?
 いつも、お前は真っ黒だー、みたいなこと、言ってませんでしたっけ。

『・』

 あちゃ、都合が悪くなったら、点になっちゃったよ。
 これは、点ちゃんが嫌な技を覚えちゃったな。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

貴方の隣で私は異世界を謳歌する

紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰? あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。 わたし、どうなるの? 不定期更新 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...