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第十二章 放浪編

第51話 王都へ(下)

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 駅馬車を停めた男たちは、幌馬車から少し距離を取り、俺が降りるのを待ちかまえていた。

「あんときの借りは返させてもらうぜ」

 一際身体が大きな男が、背負っていた大剣を抜きながらそう言った。
 その胸には、銀色のギルド章がある。

「あれ、お前は……ベラコスギルドのええと、メシア?」

「違~う!」

「ああ、メジロ?」

「違~う!」

「あ、そうか、思いだした!
 メダカだ!」

「違~う!
 っていうか、『メ』しか合ってねえじゃねえか!
 メッジーナだよ、メッジーナ!」
 
「そうなんだよね、なんか動物系の名前だと思ったんだよ」
  
『( ̄▽ ̄)つ ご主人様、メダカは動物じゃなくて魚だよ』

 点ちゃん、細かいこと言わないの。

「御者さーん!
 俺のことは置いといて、先に行ってくださーい!」

 駅馬車の方を振りかえり、大声で伝えておく。

「敷物とキャンディーは、差しあげますから。
 急いでー!」

 俺の声に、やっと駅馬車がノロノロ動きだす。

「お兄ちゃーん!」

 俺がクッションをあげた少女が、幌から心配そうな顔を出し声を上げる。
 笑顔で彼女に手を振ると、やがてその顔は幌の中にひっこんだ。
 駅馬車が遠ざかると、メッジーナが声を掛けてくる。

「自分が助からねえと分かってるみたいだな?」

 彼とその取りまきは、ニヤニヤ笑っている。

「お前ら、駅馬車の乗客を巻きこまなかったから、命までは取らないでおいてやるよ」

 俺のその言葉で、男たちのニヤニヤ笑いが消えた。

「なめやがって!」
「覚悟しろ!」
「死ねやっ!」

 いや~、モブが吐く定番のセリフ、ありがとう。
 
 大男メッジーナが大剣を振りかぶる。
 彼がもごもご何か唱えると、その身体が薄く光った。きっと身体強化の魔術だろう。
 取りまきたちは、ワンドを構えている。

「死ねー!
 なっ!?」
「えっ?」
「うっ?」

 いやー、この人たち、雑魚っぽいセリフが板についてるねー。

 三人の体が、宙を舞っている。
 透明になったキューが遊んでいるのだ。

 ぽよ~ん ふわん
 ぽよ~ん ふわん
 ぽよ~ん ふわん

「「「あわわわわーっ!」」」
 
 悲鳴を上げ、まっ青な顔で上下する彼らに、もう戦意などあるはずもなかった。
 俺は地球から持ってきたノートのページを破りとり、彼らの行状をそれに書いた。

「では、さようなら~」    

「あわわわ、どういう――」

 メッジーナが何か言いかけたが、彼が瞬間移動してしまったのでそれは途中で終わってしまった。
 後には、彼らの装備一式と服が残されている。
 行状を書かれた紙と共に、全裸でベラコスギルド前の道に放りだされた彼らは、今頃注目の的だろう。

 さて、周囲に誰もいなくなったし、点ちゃん1号に乗りこむかな?

『(・ω・)ノ ご主人様は、相変わらずですねえ』  

 ◇

 自分、ブラン、キュー、そして乗っているボードに透明化の魔術を掛け、王都近くの街道に降りる。
 人通りが少なくなるタイミングを見はからい、自分に掛けた透明化だけを解く。 
 何気ない顔で、長い行列の後ろに並んだ。

 ベラコスギルドのサウタージさんが、俺の冒険者ランクを銀等級まで上げてくれていたからか、門の所にいた衛兵は、あっさり俺を通してくれた。
 問題は、ここからどうやって図書館にたどりつくかだが……。

「兄ちゃん、おい兄ちゃん!」

 呼びかけられても、最初自分の事とは思わなかったが、十才くらいの少年が俺の手を引っぱっていた。

「うん?
 なにかな?」

「兄ちゃん、旅行者だろう?」

「ああ、そうだ」

「どこか行きたいところがあるんじゃないか?」

「ああ、そうだな。
 まずはギルドに行きたいな?」

「兄ちゃん、冒険者か!?」

 少年の目がキラキラ光る。

「そうだよ」 

「すっげーっ!
 俺たち『ワンワン団』も冒険者になるのが夢なんだ!」

 一体、『ワンワン団』って何だろう?

「それより、ギルドに連れていってくれるんじゃないのか?」

「お小遣いくれよ!」

「ああ、分かってる」

 俺がそう答えた途端、物陰から七、八人の子供たちが飛びだしてきた。
 五才くらいから十才くらいの、男の子、女の子だ。
 
「約束だぞ!
 小遣いくれよ!」
「おこづかいー」
「ごちそー」

 まだ小さな子は、お小遣いの意味もよく分かっていないようだ。
 しかし、これはしてやられたな。全員にお小遣い渡さなきゃダメか?
 もしかして、こいつらが『ワンワン団』か?

 自分の事を「ロキ」と紹介した一番年長の少年が、皆の先に立って歩きだした。
 子供たちをぞろぞろひき連れて歩くのは、少し気恥ずかしい。
 ただ、街の人たちは、こちらに注目する者はいなかった。
 もしかすると、ロキはああいった手管の常習犯なのかもしれないね。

 ロキが俺を案内したのは、大きな木造の家だった。
 どう見てもギルドではない。
 
「リーシャばあちゃん、ただいまーっ!」

 ドアを開け、ロキが声を掛けると、割烹着のような服を着た小柄な高齢の女性が出てきた。

「あらま。
 みんなでお帰りだね。
 あんたは?」

「ええと、俺は冒険者でシローと言います。
 ロキがギルドまで案内してくれるということでしたが――」

「まあ、そうなのかい。
 そりゃ、ご苦労様。
 ギルドへはここからまだ少し歩かなきゃならないから、お茶でも飲んでお行き」

 断る間もなく、子供たちに家の中へ押しこまれてしまう。

「そ、それじゃあ、ごちそうになります」 

 そういえば、ルエランのお母さんからお弁当を持たされていたんだっけ。
 あれは夕食にとっとくかな。
 しかし、ここって学校だろうか。
 先生らしき人が、さっきのお婆さんしかいないんだけど。

 子供たちは、小さなテーブルをいくつか組みあわせ食事の席を作っている。小さな子までよく働いているのに驚かされる。

「みんな手を洗ってから席に着いたかい?」

「「「はーい!」」」

「それでは、毎日ご飯が食べられるようにしてくれている国王様と精霊様に感謝するよ」

「「「国王様、精霊様、感謝します」」」

「さあ、お食べ」

「「「いただきまーす!」」」

 うん? 今、この子たち、日本語を話さなかったか?
 多言語理解の指輪は、異言語を同時通訳してくれるんだけど、当然だが、聞こえてくる音と発言者の口の動きが合わない。 
 こどもたちがさっき言った「いただきます」は、音と口の動きが一致してたような気がする。
 誰か日本人が教えたのかもしれない。

 しかし、このスープ、薄いな~。これじゃあ、お腹が膨れないよ。

「あんた、すまないねえ。
 買いだしに出たマーサがケガをしちまってね。
 食材が無いからこんなもんしかないんだよ」

 お婆さんが、気の毒そうに言う。

「あの、よろしければ、俺がいくらか食事を出せますが?」

「無理しなくていいよ。
 それに、あんた、小さな荷物しか持ってないじゃないか」
 
「ええ、そうなんですが、これ、マジックバッグなんですよ」

 ロキがその言葉に食いついた。

「えーっ!
 マジックバッグって、冒険者が持ってる魔法のカバンだろ!
 兄ちゃん、すげえな!」

 俺は腰のポーチに手をやるふりをして、点収納から人数分のお好み焼きを出した。
 辺りに焼きたてお好み焼きの香ばしい匂いが漂う。

「「「おー!」」」

 子供たちから歓声が上がる。

「リーシャばあちゃん、食べていい?」

「そうさね、お兄さんにきちんとお礼を言ってから食べなさい」

「「「兄ちゃん、ありがとー!」」」 
  
「あっ、ちょっと待ってね。
 それ、熱いから大きな子が気をつけてあげてね」

「ふーふーってすればいいんだろ?」

「そうそう、ふーふーってしてね」 

「「「ふーふーっ」」」

 子供たちが目の前に置かれたお好み焼きに、一斉に息を吹きかける。

「なんか生きてるみたい!」

 女の子が、目を丸くしているのは、お好み焼きに掛けられた、かつお節がひらひらしてるからだね。

「熱っ、ふはっふはっ、うんめーっ!」
「おいしーっ!
 こんな美味しいもの初めて!」
「んまいー!」

 お好み焼きは、腹ぺこの子供たちに受けたようだ。

「シローさんとやら、どうもありがとうねえ」

 子供たちが食べるのを見て、目を細めていたお婆さんが俺に頭を下げる。

「お気にせず。
 たくさんありますから」

 お好み焼きも、これだけ喜んでもらえたら本望だろう。『おこじゅー』のおばちゃん、まさか自分のお好み焼きが異世界で食べられるなんて思っていなかっただろうけどね。

「あんた、この街には、冒険をしに来たのかい?」

「いいえ、図書館があると聞いたもので」

「ああ、図書館かい。
 冒険者なのに図書館に用があるなんて、あんた変わってるね。
 あるにはあるけど、ギルドを通しても利用はできないよ」

「えっ?
 なぜですか?」  

「図書館はね、貴族しか使えないんだよ」 

「え?
 そうなんですか?」

「街には何軒か本屋もあるけど、それじゃダメなのかい?」

「ええ、おそらく」

 どう考えても、街の本屋で売っている本に、ポータルの情報が載っているとは思えないからね。

「そうだねえ……あんた、明日でもいいなら、いい人を紹介するよ」

「えっ?
 そういうことなら、ぜひお願いします」 

「その代わり、今日はこの子たちの相手をしてやっておくれ。
 部屋も空いてるから、泊まればいいさ」

「……それでは、お言葉に甘えます」

「ああ、そうおし」

「ところで、ここは学校なんですか?」

「ほほほ、学校じゃないよ。
 ここは孤児院さ」

「そうでしたか」

 子供たちがあまりにも明るいので、孤児院とは思わなかったな。

 こうして、俺は王都の孤児院に一晩ごやっかいになることになった。
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