上 下
578 / 607
第十二章 放浪編

第48話 繁盛(下)

しおりを挟む

「おい、ルエランさん!
 昨日買った薬、もうないか?」
「おい、お前、順番を守れよ!」
「ルエラン君ありがとう! 
 ウチの子、すっかり良くなったよ!」 

『ルエラン薬草店』は、朝の開店と同時に人が殺到している。
 ルエラン一人では、お客への対応ができなくなり、彼の母親だけでなく俺まで対応に追われることになった。

「おい、あの魔力回復ポーション、どうなってる?
 どうみても、効果がおかしいだろ!
 通常の三倍は魔力が回復するぞ!」

「申し訳ありませんが、そのようなお問いあわせは一切受けつけておりません」

 ルエランが、店の前に新しく加えた看板を指さす。そこには、この世界の文字で次のように書かれている。

『当店でお買いあげの商品については、レシピ等の公開は行っておりません。
 また、効果に関するお問いあわせにも応じておりません』
 
「だ、だけどよう――」

「おい、お前!
 ルールを守れよ!
 買わないならとっとと帰んな!」
「そうだぞ、出てけ!」
「そうよ!」

 お客同士のこんなやりとりを何度見たか分からない。
 今日も、在庫の薬は午前中で全て売りきれてしまった。

「はあ、売れるのは嬉しいですが、こんなことになるなんて……」

 ルエランが、虚脱した表情でそんなことをつぶやいている。

「あんた、なに贅沢なこと言ってるの!
 シローさんのおかげで沢山お客さんが来てくれてるんでしょ。
 それに売れた薬は、病やケガで苦しんでいる誰かを助けてるのよ。
 しっかりなさい!」

 ルエランのお母さんは、細い体のどこからそんな声が出るかと思うぐらい、強い口調でそう言った。

「……そうだね。
 ボクが間違ってたよ、母さん。
 いっぱい薬を作って、明日も売るよ!」

「ルエラン、ちょっといいか。
 そのことだが、一週間は六日あるんだろ?
 その内、二日は休むようにした方がいいぞ」

「えっ!?
 なぜです?」

「そうだな、しばらくの間、むしろ三日は休んだ方がいい」

「ええっ!?
 なんでそんなことを?
 確かに、週に三日の営業でも十分なほど利益は上がっていますが――」

「いいから、言うとおりにしておくんだ。
 それから、君、薬屋のギルドには入っているか?」

「え、ええ。
 この店を開く前に『薬師ギルド』には入りましたが」

「そうか。
 では、そこに挨拶に行くぞ」

「えっ?
 ギルドにですか?」

「ああ、それも早い方がいい。
 今からすぐ行こう。
 その前に寄るところもあるしな」

「えっ!?
 今からですか?」

「ああ、多分、もう問題が持ちあがっていると思うぞ」

「ルエラン、シローさんは信頼できるわ。
 すぐにご一緒なさい」

「母さん?」

「さあ、急ぎなさい!」

 こうして、俺とルエランは薬師ギルドを訪れることになった。

 ◇

 その日の夕方、ベラコスの街にある薬師ギルドでは、会議室に五人の薬師が集まっていた。

「このままにはしておけん!」
「ああ、その通りだ」
「販売許可を取りあげるべきだ!」
「しかし、その理由をどうする?」

 彼らが話しあっているのは、まさに『ルエラン薬草店』の事だった。
 ここ数日、彼らが経営する薬屋には、ほとんどお客が来ていない。

 中央に座る白いあごヒゲの人物は、他の四人が議論するのをここまで黙って眺めていたが、懐に手を入れると、青い液体が入ったガラスビンを取りだした。
 それをコトリとテーブルの中心に置く。

「これが『ルエラン薬草店』で売られている魔力回復ポーションだ。
 価格は銀貨一枚」

 彼が右に座る太った男性を目で促すと、その男がビンを手に取った。
 蓋を開け、手のひらにポーションを少量取り、それを舌で舐(な)める。 

「こっ、これはっ!」

 太った男の細い目が、大きく見開いた。

「どういうことだ!?
 これでは、上級ポーションではないか!」

 上級のポーションが作れるのは、薬師としてのスキルに恵まれ、しかも長年かけて研鑽を積んだ者だけだ。
 そのような存在は、普通、国が王城に囲っていることが多い。
 ベラコスのような街にいる存在ではないのだ。

 太った男に続き、他の薬師たちもポーションを確かめる。

「な、なんだと!
 確かにこれは上級、そのなかでも特に質が良いものと同じだ!」
「一体、このようなポーションをどうやって!?」
「ぬう、これではウチに客が来ないはずだ!」

 薬師ギルドの長である、白いあごヒゲの男が、おもむろに口を開く。

「このままでは、我ら全員が廃業せねばならん。
 どんな方法で対処するか――」

 彼がそこまで言った時、会議室のドアが開き、若い女性が入ってきた。
 彼女は、ギルド長の下で秘書のような事をしている。
 
「メリル、会議中は入ってくるなと言ってあるだろう!」

 ギルド長の叱責に、一瞬びくりと身体を震わせたが、女性はしっかりした口調でこう言った。

「みなさんにお客様です」

「今は、そんな時ではない!」

 太った薬師がお腹を揺らしながら立あがり、女性を指さした。
 女性が口を開きかけたとき、半分開いたドアから、三人の男性が入ってきた。

「あ、貴方はっ!」

 薬師たちの視線がその内の一人に注がれる。

「ベラコス男爵!」

 薬師の長が名前を呼んだのは、ここベラコスの街を治める男だった。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...