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第十二章 放浪編
第45話 薬屋
しおりを挟む右目に黒い眼帯を着けた女性に個室に連れこまれた俺は、いきなりこう言われた。
「あんた、シローって名前らしいね。
あたいは、ここベラコスギルドのマスターでサウタージってんだ」
「えっ!?
ギルマス?」
いきなりギルマスですか。今まで聞いてなかったけど、ここって『ベラコス』っていう街なんだね。
「ああ、そうだ。
それより、さっきのは何だ。
ちゃんと説明しろ!」
うーん、どこまで話すかな。
「ええと、ある事情から加護をもらっていまして……」
「ふむ、だろうな。
しかし、あれほど強力な加護はそうないぞ。
一体、なんの加護だ?
あっ、いや、これは話したくなければ話さなくてもいい」
よかったー。この世界のギルドでも、スキルの詮索はマナー違反らしい。
「だけど、お前、本当に今日冒険者になったばかりか?」
「……はい、そうですが、何か?」
「いやな、お前の態度があまりにも落ちつきはらっているから、経験者かと思ってな」
この人、鋭い! こりゃ、油断できないな。
「そうだ、ちょうど採集依頼の人手が足りなくてな。
お前、その依頼を受けてもらえないか?」
「ええ、まあいいですけど。
でも、今日初めてこの街に来たばかりですから、まだ泊まる場所も決まってないんですよ」
「そうか……よし、ちょっと依頼人に会ってくれ」
「えっ!?
依頼人に会うんですか?」
指名依頼でも、普通は依頼人に会うことはないんだけど。
「ああ、ちょっと特殊な依頼なんだ。
誰かに案内をさせるから、すぐに会いにいってくれ。
もしかすると、宿の方もそれで解決するかもしれんぞ」
彼女は、開いている方の左目で、俺にウインクした。
このギルマス、なんかカッコいいんだよね。
◇
「どうしてあなたが?」
依頼人の所へ案内人がついたのはいいのだが、それはなんとあのギルマスだった。
「ふん、まあ、気がむいたからとでも言っておこうか」
彼女は、その小柄な身体に似合わない力強い足取りで、街の通りをぐんぐん歩いていく。
人々がみな彼女に敬意のこもった挨拶をするのを見ても、このギルマスが街の人から慕われているのが分かる。
彼女が立ちどまったのは、大通りに面する立派な店の前だった。
新築らしい建物からは、爽やかな木の香りがした。
「おい、依頼の件で来たぞ」
「あっ!
ギルマス、わざわざ来てくれたんですか?」
番台のような場所から降りてきたのは、十六、七才にしか見えない少年だった。
「ルエラン、薬屋の調子はどうだ?」
「おかげ様で、思った以上にうまくいっています。
在庫が足りなくなって、困ってますよ」
「そうだろうな、あんな依頼を出すくらいだから。
おお、そうだ。
こいつはシロー、今日うちのギルドで登録した男だ。
お前の依頼を受けさせておいた」
「えっ!?
冒険者になってすぐなんですよね?
大丈夫なんですか?」
「それは問題ない。
メッジーナ知ってるだろう?」
「ええ、それは。
有名ですから」
「あいつ、最近、傲慢になってきたから、ちょっと鼻をへし折ってやろうと思ってたんだが、こいつがあたいの替わりにやってくれたさ」
「ええっ!?
でも、メッジーナさん、銀ランクのベテランでしょ?」
「ふふふ、アイツが手も足もでなかったんだ。
依頼の方は心配あるまい」
「す、凄い!
シローさんでしたか、ボクはルエランと言います。
この前、この薬屋を開いたばかりです。
依頼の方、よろしくお願いします」
「ギルマス、俺、まだ依頼の内容、詳しく聞いてないんですが」
二人が話を勝手に進めそうだったので、釘を刺しておく。
「あ、そうだったか?
依頼主が目の前にいるんだ、こいつから直接聞いてくれ。
そうそう、ルエラン、こいつ今日の宿が決まってないんだ。
世話してやってくれるか?」
「はい、分かりました」
「じゃあな!」
ギルマスは、またウインクを決めると、さっさと店を出ていった。
「ギルマスって、いつもあんな感じなの?」
「ああ、はい、そうみたいです。
あ、依頼のお話をしなきゃ。
どうぞ、奥に来てください」
ちょうどお客さんがいないからだろう、ルエランは閉店の表示を扉にぶら下げると、店の奥へ俺を案内してくれた。
◇
ルエランの話では、彼の店は最近できたばかりなので、まだ薬草や素材の在庫が十分ではないのだが、思いのほか薬が売れてしまい、素材が不足しているそうだ。
彼の依頼とは、一緒に郊外の森で薬草を取ることだった。
もちろん、そのこと自体をギルドに依頼することもできたが、最近まで冒険者をしていた彼は、自分の手で薬草を採りい。ただ、そうなると、街の近くにある森とはいえ、魔獣が心配だ。
だから、最初は誰かの手助けが欲しかったそうだ。
「だけど、若いのにこんなに立派な店を経営してるって凄いね、ルエラン」
「そんなことありませんよ。
ある冒険者が手助けしてくれたから、こんなお店を持つことができたんです」
「そうなんですよ、ほんとにいい方で。
シローさん、どうぞ、もっと食べてください」
痩せて小柄なルエランの母親が、俺に夕食をすすめる。
店の奥にある自宅スペースで、家族と一緒に夕食を頂くことになった。家族と言っても、ルエランとその母親の二人だけだったが。
「そうそう、ギルマスの話だと泊まれる場所を探しているそうですね?」
「そうです。
今日、この街へ着いたばかりだから」
「ルエラン、シローさんを泊めてさしあげなさい」
「ええ、母さん。
シローさん、どうぞ、今日はウチに泊まってください」
「えっ!?
知りあったばかりなのに、そこまでお世話になっていいんでしょうか?」
「ははは、気にしないでください。
ボクも母も話相手がいなくて寂しくしてたんです」
こうして俺は『ルエラン薬草店』に泊めてもらうことになった。
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