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第十二章 放浪編

第35話 女性兵士

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 最前線で哨戒していたウエスタニア国の兵士ミラは、奇妙なものを目にした。
 それは背が低い乗り物で、東、つまり敵国イスタニアの方から近づいてくる。
 遠見の道具で確かめると、ハンドルを握る青年の姿があった。彼はイスタニア軍の深緑色の軍服ではなく、くすんだカーキ色の上下を身に着けており、頭に茶色い布を巻いていた。

 とにかく、『劣性』である男だから、敵であることは間違いない。
 彼女は、彼が通るだろう道の横にある、廃墟の壁に急いで身を潜めた。

 青年の乗り物が近づいてくる。
 彼女はそれが地面から少し浮いているのを見て、驚きの声を上げそうになった。
 どういうこと?
 この青年は、神の使いなの?

 あ然としてなにもできない内に、乗り物は彼女が隠れている場所のすぐ前で停まった。

「こんにちは」

 青年が話しかけてくるなどとは思っても見なかった彼女は、ぱっと立ちあがった。
 そして、『弓銃』と言われる兵器を構えた。

「動くなっ!」

 彼女の言葉を聞いていなかったのか、青年は背中を向けながら乗り物を降りた。   

「ええと、ウエスタニアの方ですよね?」

 振りかえってこちらを見た青年の穏やかな声は、かえってミラの警戒心を高めてしまった。
 躊躇なく、引き金を引く。
 しかし、なぜか弾丸は発射されなかった。

「ああ、それ、使えなくしときましたよ」

「ど、どうやって?!」

「とにかく、ウエスタニア軍の偉い人に合わせてもらえませんか?」

「なんだと!
 男などという『劣性』が、我らの聖域に入れるものか!」

 ミラは腰からナイフを抜くと、それを逆手に持ち、青年に襲いかかった。
 彼女自身が会心だと思える一撃が、青年の首筋を捉える。

 スカッ

「えっ?!」

 手元を見ると、ナイフが消えている。
 青年の方へ視線を向けると、彼がそれを手にしていた。

「これは、とんでもなく適当な造りのナイフですね」

 彼はそう言いながら、ナイフの柄と刃を両手で持つと、くいと曲げた。
 くの字になったナイフをぽいと背後に投げる。

「ナイフってのは、こういうのを言うんですよ」

 彼の手には、いつの間にか一本のナイフが握られていた。
 その刃は金色に光っており、優美なフォルムと相まって、まるで機能美がそのまま姿を現したかのようだった。

 ミラは、差しだされたナイフの柄を無意識に握ってしまう。
 確かに、これに比べると、彼女がさきほどまで使っていたナイフは、刃物と言うにもおこがましい代物だった。 

 ぼうっと見とれていたナイフは、幻のように手の中から消えた。

「な、なんだ!?」

 青年はそれには答えず、先ほどのお願いを繰りかえした。 

「ウエスタニア軍の偉い人に、会わせてもらえませんか?」

 ミラは、ぼうっとした頭でよく考えることもできず、頷いてしまった。

「ありがとう。
 俺の後ろに乗ってください」

 青年が、先ほどの乗り物にまたがる。
 彼が座席の後ろをぽんぽんと叩いたので、ミラはそこにまたがった。
 
「あっ、そうだ。
 俺の名前はシロー。
 あなたの名前は?」

「ミ、ミラだ」

 初めて男性と声を交わしたミラは、なぜか顔に血が昇るのを感じた。

「じゃ、ミラ。
 飛ばすから、しっかり掴まってて。
 偉い人がいるところまで、案内を頼むよ」

「……ひいっ!」

 突然、動きだした乗りものに、ミラは思わず悲鳴を上げてしまう。
 もの凄いスピードで走る乗り物の前方に、瓦礫(がれき)の山が見える。
 彼女は思わず目を閉じ、青年にぎゅっとしがみついた。
 耳元で風が鳴る。

 目を開けると、瓦礫がはるか下にあった。

『(≧▽≦) ひゃーっほうっ!』 

 気のせいか、頭の中で誰かの声がする。
 再び地面の上を走りだした乗り物の上で、ミラはさらに強く青年の腰に手を回すのだった。

 ◇

 シローがミラを乗せた、バイク型点ちゃん4号は、その漆黒の車体を、大きな門の前で停めた。
 それは、イスタニアにもあった、巨大な城壁だった。
 点ちゃんの分析では、かつてイスタニア、ウエスタニアの人々が死に絶えた、『ゲームオーバー』後に、『平和大陸』の人々によりこの城壁が設置されたそうだ。
 
 ミラは腰のポーチから、タバコの箱サイズの黒い装置を出すと、それに向かい話しかけている。
 どうやら、何か揉めているようだ。

「シローとやら、どうやら許可は下りそうにないぞ」

「ああ、そうですか。
 それでは……」

 先日上空からばら撒いておいた点の一つを目標に、俺は瞬間移動を発動した。 
 現れたところは、街の裏通りで、周囲はイスタニアで見たのとそっくりの家並みが続いている。

 突然、周囲の景色が変わり、目を丸くして驚いていたミラが、次第に自分を取りもどす。

「ど、どうしてこんな場所に?」

 彼女は自分がどこにいるか、気づいたようだ。

「門が開けてもらえないようだから、勝手に入ったよ」

「な、なんだと!
 そんなことをして、許されると思っているのか!」

 彼女がそんなことを言っている間にも、周囲で悲鳴が上がりだした。

「きゃーっ!
 男がいるっ!」
「なんだとっ!
 ホントかっ!」
「汚らわしいっ!」

 いや、さすがに「汚らわしい」は無いでしょ。
 マップを頼りに、点ちゃん4号を動かし、裏通り沿いに街の中心へ向かう。
 すれ違う女性たちは、近づいてくる黒いバイクを見るとギョッとして道の脇に避ける。

 裏路地を抜け、大通りに出る。
 左前方に大きな建物が見えてくる。
 それは、イスタリアで見た軍の本部そっくりだった。 

 すでに、その建物の前に赤い軍服が集まりだしている。
 おれはそこへ向け、バイクのスピードを上げた。

「ひぃーっ!」

 背ろからミラの悲鳴が聞こえるが、ここは我慢してもらおう。

「点ちゃん、頼むよ!」

 バイクから、大音量でハードロックが流れだす。
 点ちゃんが興味半分で仕入れた、地球の曲だ。
 ノリのいい名曲を流しながら、バイクが軍本部の建物に近づく、入り口にはバリケードが築かれつつあり、弓型の兵器をもった赤い軍服が、ずらりとその前に並ぶ。

「えー、責任者の方、責任者の方、お話があります。
 すぐに出てきてください」

 ハードロックの音に負けないように、魔道具で上げた音量で軍本部へ声を掛ける。
 並んだ赤い兵士をかき分け、スラリとした長身の女性が姿を現した。
 髪を短く刈りこんでいる兵士たちの横に立つと、肩までブロンドの髪を伸ばしたその女性はとても目立った。
 左目に赤い眼帯を着けており、左頬に大きな傷があった。
 
「お前、命が惜しければ、すぐにミラを解放しろ!」

 その女性は、よく通る低い声でそう言った。

「モラー少佐っ!」

 その言葉と共に、ミラはさっとバイクから降り、腕を胸に当て敬礼した。
 
「ミラさん、どうぞ行ってください」

 ミラは俺の方をいぶかし気に見たが、小走りに眼帯の女性へと掛けよる。
 二人は小声で何か話しあっていたが、それが終わると眼帯の女性が声を掛けてきた。

「ミラを解放したのは褒めてやろう。
 だが、『劣性』ごときがこの聖なる地を汚して、タダですむとは思ってないだろうな!」

 ハードロックの音量を下げ、話しかけてみる。

「こんにちはー。
 俺、シローって言います。
 異世界から来た冒険者なんですよ」

 のんびりした俺の言葉を聞いた兵士たちが、ぽかーんとした顔をしている。

「お前、頭がおかしいのか?
 私の話を聞いてたのか。
 ミラ、お前には悪いが、こいつはここで始末する。
 総員、構え!」

 横一列に並んだ兵士たちが、ボウガン型の兵器で俺を狙う。

 点ちゃん、この人たち、俺の話を聞いてくれないよ!

『(; ・`д・´) 当たり前だーっ!』

 点ちゃんのお叱りの言葉に続き、眼帯の女性が叫んだ。

「撃てーっ!」 
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