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第十二章 放浪編
第19話 罪科者
しおりを挟む眼の前で銀仮面同士の会話が始まった。
「同士、これは?」
近寄ってきた銀仮面が、道端の石ころへ向けるような視線をこちらに送る。
俺をここへ案内した銀仮面のものと全く同じ、まるでボイスチェンジャーを通したような声だった。
「森で拾った。
おそらく『稀人(まれびと)』だろう」
俺を後ろに従えた銀仮面が答える。
どうやら、彼は自分が俺を召喚したことを隠すつもりらしい。
「それの肩に載っている、白いモノはなんだ?」
「分からない。
それより、『罪科者会議』を招集してほしい」
「どうして『罪科者会議』が必要なのだ?
まさか、たかがどこから来たとも知れぬ、このようなモノのためにではなかろうな?」
「とにかく、このモノと行方不明の個体との照合を急いでほしい。
該当者がいなければ、稀人に違いなかろう」
「……そこまでする必要があるのか?」
「私の『権利』を行使しよう。
それならかまうまい?」
「……本気か?」
「ああ、それでいいな?」
「よかろう。
お前の『権利』一つを対価に、このモノについての『罪科者会議』を招集しよう。
そのモノは、それまで収容室に隔離させてもらうぞ」
「もちろんだ。
ただ、この者には、これから何があるか伝えていいな?」
「好きにしろ」
俺は彼らの会話から情報を集め、それに基に考えを巡らすことに夢中で、つっ立ったままでいた。
俺を召喚した銀仮面が、そんな俺の腕を取りその部屋から出ると廊下を歩きだす。
一階に降りるかと思ったが、銀仮面は下への階段を過ぎ、カーブした廊下を奥へ向かった。
右手には窓、左手には壁が続く。
銀仮面は突然立ちどまり、ただの壁にしか見えない左を向いた。
彼が壁に触れると、部屋への入り口が開いた。
◇
銀仮面と俺が中に入ると、暗かったその場所は、天井が光り、八畳ほどの空間が照らしだされた。
白い部屋には、白いベッドが二つだけあり、それも相まって病院の治療室を思わせた。
銀仮面がベッドを指さすので、そこに座る。
彼自身が壁に手で触れると、壁の一部がせり出すように手前に出てきた。
銀仮面が座ったので、それが椅子だと分かった。
俺がここまで黙っていたのは、そうしていればこの世界の事がいろいろ分かると、銀仮面に言われていたからだ。
「銀ちゃん、聞いてもいいか?」
銀仮面が複数いるので、俺は最初に出会ったこの銀仮面を「銀ちゃん」と呼ぶことにした。
「ギンちゃん?
私のことか?
ここなら、もう話してかまわない。
何が訊きたい?」
俺が板(パレット)を取りだすと、銀仮面の身体がピクリと動いた。
知らない者には、空中から突然パレットが現われたように見えるからね。
点ちゃんに記録しておいてもらった情報が並んでいる。
俺は上の項目から順に質問していくことにした。
「『罪科者』については、すでに聞いてるけど、『罪科者会議』ってなに?」
「『罪科者会議』は『罪科者』が集まり、重要な事柄について話しあう場だ」
「重要な事柄とは?」
「この文明を維持するシステムに関する議題が多いな」
「なるほど。
では、『権利』ってなんなの?」
「それは、一人一人の『罪科者』に与えられた、特権のようなものだ」
「特権?」
「例えば、ある『罪科者』が、社会システムの一部を変えるべきだと考えたとしよう。
そんなとき、彼が持つ『権利』を使い、それを『罪科者会議』の議題に挙げることができる」
「なるほど。
で、その『権利』って何度でも使えるの?」
「いや、生涯で五回だけと決まっている」
なるほど、だから、さっきの部屋で、銀ちゃんが『権利』を行使すると言った時、もう一人の銀仮面が驚いていたのか。
「その『権利』で要求すれば、どんなことでも許されるの?」
「その通りだ。
ただし、合理的でない要求は、『罪科者会議』で否決されるから意味がない」
なるほど、『権利』は万能ではないんだね。
「そういえば、森にいたタムは髪があったけど、なんで街の人は頭を剃ってるの?」
俺は肩まで伸びた濃いブロンドの髪を持つ少年の事を思いだしていた。
「それは『約束』に書かれているからだ」
「その『約束』ってなに?」
「現在のシステムができる時、先人が作った掟のようなものだ」
「えっ?
タムは掟を破ってるってこと?」
「……それには、答えられない」
「まあいいか。
ところで、こんなところに連れてこられたけど、これから俺はどうなるの?」
「『罪科者会議』でお前のことを話しあうことになる」
「そんなものに、よそ者の俺が参加できるの?」
「普通なら、当事者は参加できるのだが、お前の場合は無理かもしれない」
「そん時はどうするの?」
「私の『権利』をもう一つ使う」
「ええっ!?
そんなことしていいの?
銀ちゃんの『権利』って、あと何回残ってるの?」
「三回残っている」
「ということは、前に一回だけ遣ったんだね?」
「そういうことだ」
「何に遣ったの?」
「……それは言えない」
「ふ~ん、まあ、いいけどね」
俺は肩に乗るブランを撫でた。
「ミ~」
ブランが意味ありげな鳴き声を上げる。
「話はここまでだ」
銀ちゃんは立ちあがると、座っていた白い椅子を、それが出てくることでできた壁の穴にはめこんだ。
そして、部屋の反対側の壁際まで行き、胸の高さくらいの位置に触れた。
壁が長方形に引きだされる。
彼は、そこに手を差しこんで二十センチほどのシリンダーを取りだした。次に、ローブの中に手を突っこむ。出てきた手に握られていたのは、先ほどのシリンダーとそっくりのものだった。
彼は両手に一つずつ持ったシリンダーを目の高さに持ちあげ、しばらく眺めていたが、一つ頷くとローブから出した方を引きだしに入れ、残りの一つはローブの中に入れた。つまり、二つのシリンダーを入れかえたことになる。
「誰かが迎えにきたら、抵抗しないように。
そうすれば、『罪科者会議』に参加できるはずだ」
そう言いのこすと、銀ちゃんは部屋から出ていった。
俺は座っていたベッドに横たわる。
ブランがさっそく俺のお腹の上で丸くなる。
「はあ~、今朝早かったから眠いね」
『(; ・`д・´) こっ、この状況で寝るの?!』
「まあ、いいじゃない。
お休み、点ちゃん」
『( ̄ー ̄) ホント、どうしようもないよ、この人は』
点ちゃんのそんな声を聞きながら、俺はすぐに夢の国へ旅立った。
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