上 下
544 / 607
第十二章 放浪編

第14話 田園都市世界

しおりを挟む

 肌寒さに昼寝から目覚めると、すでに辺りを薄闇が覆っていた。
 お腹の上で丸まっていたブランを左手で抱き、コケットから立ちあがる。
 テーブルやカップ、コケットを点収納にしまい、首から下げている『枯れクズ』で作ったペンダントを右手に提げる。
 その明かりで足元を照らしながら、小屋に行ってみる。
 テーブルが置いてあった部屋の扉を押したが開かない。    
 ノックしてみると扉が薄く開き、明かりが漏れてくるその隙間から、例の少年がこちらをうかがっていた。警戒心いっぱいの表情を浮かべた彼は、手に棍棒のようなものを持ち、少し腰を引いている。

 俺の顔を見て、彼はビクッとすると一歩下がった。
 ああ、手に持ったペンダントが俺の顔を下から照らしたのが、怖かったのかな?

 ペンダントを首から掛け、部屋に入る。

 少年は、さっと俺から遠ざかると、テーブルの向こう側に座った。
 やはり俺のことを警戒しているようだ。

『(・ω・)ノ ご主人様が怖いみたい』

 点ちゃん、それ言わなくてよろしい。

 部屋の奥、壁際にある棚の上で銀仮面が何かしている。
 野菜を炊くのような匂いがするから、恐らく調理をしているのだろう。 
 俺は少年を怖がらせないように、ことさらゆっくりした動作で、テーブルの反対側に座った。
 
 青い顔をしてこちらをうかがっている少年を見て、ちょっと可哀そうになる。
 ここは一つ、自己紹介とでも行きますか。

『ぐ(@ω@) なんでー?』
「ミィ?」(なんで?)

 点ちゃんとブランの声を無視して、とりあえず声をかける。

「ええと、俺はシロー。
 君の名前は?」

 少年は、テーブルの下に隠れるような姿勢を取ってしまった。
 
「タム、相手が名前を教えてくれたら、自分も名前を言いなさい」

 木製のボウルをテーブルに置いた銀仮面が、少年に声を掛ける。
 彼(?)が丸太の椅子に座ると、少年はその後ろに隠れてしまった。
 その姿は、銀仮面に甘えているようにも見える。
 銀仮面も、後ろに回した手で少年の頭を撫でている。

「さあ、椅子に着いて」 

 促す声に、少年はのろのろと席に着いた。

「同胞たちからの恵みに感謝します」
「恵みに感謝します」

 二人は目を閉じ、両手を合わせ、お祈りのようなものを唱える。
 それが終わると、少年は、椀に盛られた料理をガツガツと食べはじめた。
 銀仮面は目を細めてそれを見ていた。
 仮面は目の所に穴が開いているだけで、鼻と口はただの飾りだが、それが微笑みの表情を浮かべたように感じられた。 

 俺は彼らがしたように、両手のひらを合わせ、黙って食事を食べる。
 木の椀に入っているのは、乾燥した穀物をお湯で溶いただけのものだ。いわゆる西洋粥(ポーリッジ)だが、その味はひどくまずかった。
 好き嫌いなく、なんでも食べる俺が、一口で木のスプーンを置いたほどだ。 
 こりゃ、食べ物とはいえないな。

 俺はナルとメルのために買っておいた、お好み焼きを二枚、点収納から取りだす。
 何もないところから出てきた皿に、二人がギョッとした顔をする。

 白磁の皿に乗ったお好み焼きは焼きたてで、上に振りかけてあるカツオ節が、ゆらゆら踊っていた。
 俺は箸を出し、それでお好み焼きを口に運ぶ。
 
「むーん、この店のお好み焼きは、やっぱり最高だなあ」

 薄い生地の上に、豚バラがたっぷり乗ったお好み焼きには、甘辛いソースが掛けられており、キャベツの風味がさっぱりしたアクセントとなり、いくらでも食べられる。
 俺はあっという間に、一枚平らげてしまった。

 俺が食べるのを、目を丸くして見ていた少年のお腹が、大きな音を立てる。
 顔が赤くなった少年が、お好み焼きの端を少し手でちぎり口に運ぶ。
 驚いたような表情をした少年の手が、素早く動きだす。
 お好み焼きが、どんどん小さくなっていく。 
 それほど掛からず、お好み焼き一枚が、少年のお腹に収まってしまった。

 俺は銀仮面の前にも皿を出してやる。
 彼は、仮面の下端を左手で持ちあげ、右手でちぎったお好み焼きをゆっくり口に運んでいる。
 四分の一ほど食べた所で、皿を「タム」と呼ばれた少年の前に押しだす。

 少年は伺うような表情を浮かべたが、銀仮面が頷くと、再び勢いよくお好み焼きを食べはじめた。
 二枚目なのに、いい食べっぷりだ。
 
「これ、旨いや!」

 タムが叫ぶと、銀仮面が少年の頭を優しく撫でた。

「タム、隣で先に寝てなさい」

 食事が終わり、食べはじめと同じように手を合わせた後、銀仮面はそう言った。

「お師匠様、コイツ、危なくない?」

 少年は、不安そうにこちらを見ている。

「タム、先ほど自己紹介されただろう。
『コイツ』ではなく『シローさん』と言いなさい」

「うん、分かりました。
 そのシローが何かしたら、すぐに呼んでください」

「分かっている。
 早く寝なさい」

「では、寝ます」

 少年は疑わしそうな目をこちらに向けると、何度も振りかえりながら、ゆっくり部屋を出ていった。ただ、最初にくらべると、かなり警戒心は無くなったようだ。お好み焼き効果だな。

 ◇

 二人きりになると、銀仮面がおもむろに話しはじめた。

「シローとやら、私があなたに、この文明の破壊をお願いした理由を聞いてほしい」

 彼の話は、そんな言葉で始まった。 

「先ほどの少年、タムと言うのだが、彼は二十五才までしか生きれない」

「えっと、彼は病気なの?」 

 俺の質問に答える銀仮面の手は、テーブルの上で震えていた。

「違う。
 この世界に生きる人間は、二十五才までしか生きれぬように定められている」

「ええっと、よく分からないけど、なぜそんなことになってるの?」

「我々が『田園都市世界』と呼ぶこの世界は、そこに生きる人間の数に比べ、余りにも産みだすものが少ないのだ」

「うーん、まだよく分からないんだけど」

「ほんの少数しかいない、この世界を統べる者たちが豊かさと長命を享受するために、ほとんどの者が、二十五才になると『旅立ちの儀』によってその命を終えるのだ」  
   
「死ぬ人たちは、よくそんなことで納得できますね」

「教育と慣習のたまものだ。
 全ての者が、生まれてすぐ教育施設に預けられる。
 そこでは、十五才になるまで徹底的に、この世界の常識が植えつけられる」

 どうなってるんだ、この世界!?

「……その常識ってなんです?」

「我々は生まれながらに罪を背負っており、長く生きれば生きるほどその罪を重ねるというものだ。
 そして、その罪を人々の代わりに受けるのが、『罪科者(ざいかしゃ)』と呼ばれる人々だ。
 それはまた、この世界を統べる者でもある」

 機械か魔道具で、性別が分からなくなっている銀仮面の声が、明らかに震えている。

「ふーん、その『罪科者』は何をするんです?」

「表向きは、この世を去る人々を弔う仕事に従事している。
 しかし、その実質は、子孫を増やし、そして教育により人々をコントロールしている」

「子孫を増やす?」
   
「ここでは、人の生殖行為は禁じられている。
 それが許されるのは『罪科者』だけだ」

「ええっと、よく分からないんですが、『罪科者』は二十五才過ぎても生きてるんですよね?」

「そうだ」

「中にはお年寄りもいると思うのですが?」

「そうだ。
 だが、制度上そう決まっているため、彼らは死ぬまで生殖行為に励むことになる」

「お婆さんとかはどうするんです?」

「あなたの疑問はもっともなものだ。
 そのことだが、『罪科者』の女性は一定の年齢になると、生殖行為を免除される」

 余りにも、自分と異なる価値観に、俺はなかなか彼の言っていることが頭に入ってこない。
 言葉では分かるのだが、理解できないのだ。

「それで、あなたはその文明を破壊してほしいと?」

 とりあえず自分が理解できている部分だけ尋ねておこう。

「そうだ。
 今、君に話した、この社会の仕組みを破壊してほしい」

 俺は、自分の中に生まれた疑問の中心について尋ねることにした。

「どうして、そんなことを俺に頼むのです?」

「……それは……言えない」

 あなたねえ、勝手に人を召喚するわ、いきなり文明を破壊してくれと頼むわ、挙句の果てに、その理由は言わないって、もう無茶苦茶だよね。

「どうして、そんな無理難題を俺が果たさなくちゃいけないの?」

「君は自分の世界に帰りたくはないか?」

「そりゃもちろん、帰りたいですよ」

「私は、異世界への『ゲート』を知っている」

 ふむ、『ゲート』か。きっとポータルの事だな。

「とにかく、今のままでは、考える材料が少なすぎる。
 あんたの言葉を、そのまま信じることもできないしね」

「それは分かっている。
 お前に、この世界を見せる。
 それから、改めて考えてくれ」

 銀仮面は頭を深く下げたが、そのため木のテーブルに仮面がぶつかり、コツンと音を立てた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

優しさを君の傍に置く

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:587

最弱ステータスのこの俺が、こんなに強いわけがない。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:38

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:145

【R18】伯爵令嬢は悪魔を篭絡する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:6

悪役令息なのでBLはしたくないんですけど!?

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:553

黄金郷の白昼夢

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:73

先輩の旦那さんってチョロいですね~♪

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1

生まれながらに幸福で

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...