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第十二章 放浪編

第6話 縁は異なもの味なもの(5)

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 ヒロ姉を伴い会場に入って来た、マスケドニア国王の言葉で始まった結婚披露パーティは、華やかで、しかし、肩ひじ張らなくて済むものだった。
 恐らく俺の家族に気を遣ってくれたのだろう。

 広間の前に立つ、陛下とヒロ姉の所に、貴族や俺の家族が次々とお祝いの言葉を伝えにいく。

 本当は、ヒロ姉から結婚に至った事の顛末を聞きだしたいところだが、それは式が終わってからということになるのかな。
 
 突然、広間の扉が勢いよく開くと、五人の娘が足音高く会場に入ってきた。
 ブロンド髪を無数のロールにした娘が、着飾った彼女たちの先頭に立っている。
 吊りあがった目がぎらつく、彫りの深い顔立ちには、ある種の美しさがあった。
 スカートを左右の腰のところでぐっと握りしめた彼女は、取りまきを背後に従え、陛下とヒロ姉の前に立った。

「おお、エリザベート!
 来てくれたのか」

 陛下が娘に声を掛ける。
 それに対し娘は黙って頷くと、ヒロ姉を正面から睨みつけた。

「あんたが、泥棒ゴブリン?」

 うわっ、「泥棒ゴブリン」とは、また酷い言い方だね。地球なら「泥棒猫」とでも言うところなのだろうが。 
 どうやらこの娘が加藤が話していた、陛下とヒロ姉の結婚に反対している貴族らしい。

「あんた、誰?」

 無礼な相手に対しては、ヒロ姉も礼を守る気はないらしい。
 ドリル娘が、すぐに反撃する。

「どこのオークの骨か分からない、成りあがり者めっ!」

 ほう、日本では「馬の骨」っていうけど、ここじゃ「オークの骨」って言うのか。これは勉強になる。

「ちょっと、そこのあんたっ! 
 なに、にやついてんのよっ!」

 ドリル娘が、それこそ「鬼(オーガ)のような」顔をして、俺を睨みつける。
 おや、こっちにとばっちりが来ましたか。

「いや、これ、俺の地顔」

 俺の答えに、ドリル娘の後ろにいた、取りまきの女性四人がぷっと噴きだした。もともと赤かったドリル娘の顔が、トマトのようになった。

「なんですって!」

 白い手袋をつけた手をしならせ、娘が俺の頬を張ろうとした。
『物理攻撃無効』の加護がある俺は、それを見てもじっとしていた。
 しかし、彼女が俺の加護によって痛い目を見ることはなかった。
 なぜなら、振られかけた娘の手を、ヒロ姉が右手でパシリと止めたからだ。

 そう言えば、彼女は『聖騎士』に覚醒してたっけ。それより、彼女って合気道を習ってたよね。
 俺がそう思う間もなく、ドリル娘の身体は、ヒロ姉が取った手首を起点に綺麗な弧を描いた。
 宙を舞う派手なドレスは、まるでそこに花が咲いたようだった。

「ぐふっ!」

 床に倒れたドリル娘は、裾がまくれ上がり、太ももの辺りまで露わになっている。
 白目をむいているから、気を失っているようだ。
 彼女の取りまきが、心配する声を上げる中、一際大きな声が聞こえた。
 
「おう!
 ヒロコっ!
 なんて美しい!」

 陛下が、ヒロ姉の技に感嘆の声を上げる。
 いやいや、違うでしょう。
 ここはドリル娘を心配するところでしょ?
 どんだけヒロ姉に惚れてんだよ。

 俺は思わず声を掛けた。

「陛下、この女性は?」

「心配せずともよいぞ、シロー殿。
 余もヒロコに百回以上投げられておるからな、わはははは!」 

 おいおい、笑い事じゃないよ。ヒロ姉は、一国の王様を投げまくったってこと?

「もう、ジーナス、人前でそんなこと言っちゃヤダ!」

 おいおい、ヒロ姉、この場面でなにデレてんの?
 なんだよ、この二人。
 そういや、俺、陛下の名前「ジーナス」だって初めて知ったよ。
 
『(*'▽') ヒロ姉、ぱねー!』 
 
 点ちゃんの「ぱねー」頂きました。
 ところで点ちゃん、このドリルちゃん大丈夫?

『(Pω・) 気を失ってるだけですよ』

 それならいいんだが。

「う、ううん、な、なに?
 ここ、どこ?」

 気絶から覚めたが、どうやらドリル娘は、ショックで自分がどこにいるか分かっていないようだ。
 血相を変えた背の高い中年男性が、足早にこちらへ近づいてくる。

「エリザベート!」

「お、お父様……」

 どうやら、背の高いおじさんは、ドリル娘の父親らしい。
 彼は、まっ青な顔で俺の前にひざまずいた。

「英雄殿!
 どうか我が娘にお慈悲を!
 我が命に代えて、命に代えてお願いいたします!」

 おいおい、俺って冷酷非道の何かだと思われてないか?
 だけど、ここはその前に言っておくことがある。

「聖樹様の名において命ずる。
 俺の前で、『英雄』という言葉を禁ずる」

「「「ははーっ!」」」

 な、なんで陛下までひざまずいてるのっ!
 立ってるの俺とヒロ姉だけじゃん!
 
 泣きそうになった俺の肩を、誰かが後ろからポンポンと叩く。
 振りむくと、加藤が訳知り顔で立っていた。

「まあ、この場は収めてくれや、英雄殿」

 だから、『英雄』って言うなーっ!

 ◇

 パーティが終わりしばらくたち、シローが泊まる『英雄部屋』の扉がノックされた。
 ルルが扉を開くと、リーヴァスが立っている。

 彼は部屋に入ると、小声で尋ねた。

「ルルや、シローは大丈夫かな?」
 
「はい。
 かなり落ちこんでいましたが、ナルとメルに頭を撫でてもらい、今は休んでいます」

 シローは娘たちから「いい子いい子」されたらしい。
 ルルは、天蓋からカーテンを下ろしてあるベッドをチラリと見た。
 
 リーヴァスが来たことで、椅子から立ちあがっていたコルナとコリーダが、困ったような顔で微笑んでいる。
 彼は、ルルたち三人に椅子へ座るよう身振りで促した。
 丸テーブルに着いた四人が、顔を見合わせる。
 彼らは、シローを起こさないよう、小声で話しはじめた。

「シローらしいとはいえ、こうも『英雄』と呼ばれることに抵抗があるとはな」

「おじい様、どうすればよいでしょうか?」

 ルルが真顔でリーヴァスに尋ねる。 

「そうだな。
 徐々に慣らしていくしかないのだろう」

 真剣な顔をしたコルナが口を開く。

「おじい様、明日の結婚式は大丈夫でしょうか?」

「うむ、それが心配だな。
 マスケドニア王は、きっと彼を『英雄』として皆に紹介するだろうからね」  

 思案顔で俯いていたコリーダが、ぱっと顔を上げる。

「おじい様、私に考えがあります」

 四人は顔を突きあわせ、しばらく小声で何か話しあっていた。
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