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第十一章 ポータルズ列伝
マスケドニア国王編(3) 軽蔑
しおりを挟むヒロコは、陛下が狩った獲物の上に身を投げだすようにしている。
彼女は何か叫びながら、動かなくなった『飛びウサギ』を撫でている。
私は思わず、ヒロコに掛けよった。
「ヒロコ!
どうしたのです?」
ヒロコは涙で濡れた目で、キッとこちらを睨んだ。
「どうしてこんなことするのっ!」
私はその言葉の意味が分からず、戸惑うばかりだ。
「こんな小さなウサギをイジメて、何が楽しいの!」
私は、ますます混乱した。
イジメる? 楽しい?
「ショーッ!
あんたも、こんなことするって知ってたの!?」
「ヒロコ、落ちついて!
狩りの事を教えなかったのは謝ります。
でも、どうしてそんなに――」
「知ってたのね……最低だわ!」
彼女の蔑むような視線が私の心を抉る。
「ど、どうして――」
「森で静かに生きている動物をイジメて、さぞ楽しいことでしょうね!
ショー、私、あんたのこと見損なった!」
ど、どうしてそんなことを!?
「あんた、そんなことも分からないの!?
自分がそんな目に遭ったらと考えられないの!?」
自分が幼い頃起きた政変で、父と母を亡くしたことが頭をよぎる。
陛下に見いだされるまで、頼る者もなく孤独に震える幼少時代だった。
そして、やっとヒロコがなぜ怒りに震えているかも理解できた。
この人は、心根がどこまでも優しいのだ。
たとえ相手が魔獣だとしても。
振りかえると、名馬ラターンの上で、口を開けたまま呆然としている陛下が見える。
騎士が二名、すでに手綱を取りにかかっているから心配いらないだろう。
魔獣にかがみこんでいるヒロコの横に立つ。
彼女に言葉を掛けようとしたが、私はそれを失ってしまう。
魔獣に触れる彼女の手が、白い光をまとっていたのだ。
あれは、まさか……。
私の疑問に答えたのは、小さな魔獣の声だった。
キュウ
横たわる『飛びウサギ』は、安らかな顔をしている。
どうやら、魔獣は死を免れたらしい。
耳や足が、わずかに動いている。
「ヒロコ、あなた、覚醒していたのですね?」
情報部から、彼女がアリスト国で覚醒した可能性があるとの報告は上がっていたが、内容が内容なだけに、まだ確認の段階だった。
報告が正しければ、彼女の職業は『聖騎士』のはずだ。
ほとんど練習らしい練習もせず治癒魔術が使えている点で、それは間違いないだろう。
我が国でも彼女のために『水盤の儀』の準備をしていたが、それは無駄になったようだ。
ヒロコは私の言葉に答えず、小さな白い魔獣を抱えると立ちあがった。
「ショー、あんたも陛下も最低ね!」
彼女は再びそんな言葉で私を殴りつけると、こちらに背中を向けた。
「ショーカよ。
どうして、お主、ヒロコから「ショー」と呼ばれておる!?」
いつの間にか隣に立っていた陛下が、絞りだすような声でそう言った。
私をそう呼んでいたのが、今は亡き母上だけだと陛下はご存じだから。
しかし、この場で、その陛下の言葉はどうだろう。
やはり、ヒロコがその言葉を聞きとがめた。
「あんた、見損なったわ!」
背中を向けていた彼女が降りかえり、面と向かって陛下にその言葉をぶつけたのだ。
本来なら、それだけでヒロコは不敬罪を問われ、極刑となるところだ。
「ど、どうしたのだ、ヒロコ?」
「自分の胸に手を当てて、よく考えてみることね!」
「ど、どういうことだ?
いったい、どういう――」
「うるさいっ!
私、アリストに行く。
この国には、もう二度と帰ってこないから!」
「ヒ、ヒロコ、待て!
待ってくれ!」
陛下がヒロコへ手を伸ばす。
その右手には、まだ青いワンドが握られたままだ。
キュキュイッ
ヒロコが抱いている『飛びウサギ』が鋭く鳴くと、『耳翼(じよく)』と呼ばれるその耳をばっと広げた。
折から吹いてきた風が魔獣の耳を膨らませ、それはヒロコの上半身を隠すほど広がった。
彼女の身体が、ぐらりと揺れる。
「あっ、危ないっ!」
私が叫ぶより早く、陛下の左手がヒロコの肩を捉える。
しかし、すでにバランスを崩していた彼女の身体は、崖の向こうへ半分乗りだしていた。陛下が右手を私へ伸ばす。
私はその右手を両手でつかもうとした。
しかし、そのときすでに遅く、陛下とヒロコは崖の下へ消えていた。
私の手に残ったのは、先ほどまで陛下が手にしていた、青く輝くワンドだけだった。
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