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第十章 奴隷世界スレッジ編

第65話 終わりと始まり3

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 連合軍はアリスト軍の精鋭を残し、その大部分がスレッジ世界を引きあげた。マスケドニア王と軍師ショーカに率いられているから、道中は何の問題もないだろう。
 畑山さんや加藤は、軍の残りと一緒に帰ることになっている。

 シリルは、畑山さんにつききりで女王としての心得を教えてもらっている。最初は渋々だった畑山さんも、シリルの人柄とその熱心さに打たれ、真剣に取りくんでいる。二人はなぜかとても仲良くなり、休憩時間になると一緒にウサ子たちをモフっている。

 シリルはこれで大丈夫だろう。しかし、俺にはまだ懸念が一つ残っていた。
 相当数の竜人がまだ見つかっていないのだ。
 見つかった竜人は、ドワーフ皇国郊外の草原に造った『土の街』に保護してある。彼らの話からも、まだ多くの竜人がどこかに残っているはずなのだ。 
 黒竜族の女性リニアも、きっとその中にいる。

 点ちゃんの探索能力で探りだせないところをみると、人と接触がない場所に隔離されている可能性が高かった。

 二か国の旧体制が崩壊した今、隔離されているなら一刻も早く見つけだす必要があった。

 ◇

 俺は巨人の長から念話を受け、エミリー、翔太、そして家族と仲間を連れ、『大きなるものの国』を再び訪れた。

「シロー殿、よう参られた」

「おばば様からお話があるとのことですが」

「そうなのじゃ。
 着いてすぐで申し訳ないが、一緒に行ってもらえるか?
 そうそう、『聖樹の巫女』様とその『守り手』の方、シロー殿のご家族やお仲間も一緒に来てほしいとのことじゃった。
 我らも同行するでの」

「分かりました」

 里長の家から外に出て驚いた。
 小雨の中、老いも若きも巨人たちが、家の前にある広場に集まっているのだ。 
 なぜか、みなが不安そうな表情をしていた。

 村長、俺たち、村の衆という順に『鎮守の杜』に入って行く。
 皆がお社の前に着くと、村長は何か呪文を唱えてから、その扉に手を掛けた。

 音もなく扉が開く。
 巨人族の少女は、前と変わらぬ姿でそこにいた。
 神樹の幹から「生えて」いる巨人の少女を初めて見た、俺の仲間が息を呑む。 

 巨人たちはみな平伏し、俺たちも片膝を着いた姿勢となった。
 立っているのは、エミリーと翔太だけだ。

 琥珀色をしたおばば様の目が開くと、ゆっくりした波動のような声が周囲を満たした。

『皆の者、よくぞこの杜を守ってくれたの。
 感謝する』 

 平伏した巨人たちから、祈りのような言葉が聞こえる。

『今日は、頼みたいことがあっての』

 彼女はそこで一度言葉を切った。

『巫女様、どうかこの杜に祝福をくだされ』

 目が見えないだろうおばば様が、エミリーの方を向いた。

「分かりました。
 すぐに取りかかります。
 シローさん、『枯れクズ』をお願いできますか」

 俺は点収納から、『光る木』の神樹様が残した『枯れクズ』を取りだした。
 杜の神樹全ての根元に一つずつ埋めるのだから、かなりの数を用意する。
 里の衆と俺の家族、仲間が一つずつ、『枯れクズ』を手にした。

「神樹の根元には、すでに穴が開けてあります。
 そこに、これを入れてください」

 長が腰に着けていた袋から青い布を出し、それをみんなに配った。
 
「穴に欠片を入れたら、土をかぶせてください。
 終わった神樹には、どこかに青い布を巻いてください」

 エミリーの説明は淀みがない。
 どうやら、すでにこの手はずをおばば様から聞いていたのだろう。

 小雨でしっとり湿った杜に、巨人たちが入っていく。
 俺も近くに立つ神樹の根元に、『枯れクズ』の欠片を埋めた。

 エミリーは、特に大きな欠片をおばば様のお社がある神樹の根元に埋めている。
 翔太が呪文を唱えると、その穴は一瞬で埋まった。

 やがて、杜のあちこちから、手を泥だらけにした巨人たちが帰ってきた。
 全員が再びおばば様の前に控える。

 深呼吸したエミリーが、その両手をおばば様が一体化した神樹の根元にかざす。
 今まで見たことのない、強い光が彼女の手から流れでた。
 その光はおばば様の神樹を光らせると、ゆっくり周囲に広がっていく。

 今や杜全体が神秘的な光に包まれていた。
 その光が一際強くなる。
 やがて、すうっと光が引いていった。
 エミリーがふらりと倒れかかる。
 翔太がすぐにその体を支えた。

 点ちゃん、エミリーは?

『(Pω・) 大丈夫ですよー。気を失ってるだけです』

 杜のあちこちから、嬉しげな鳥の声がする。
 周囲が力強く清浄な気に満たされていくのが感じられる。

「「「おおおお!」」」
 
 巨人たちから、感動の声が漏れる。

『里のみな、長い間ワレの世話ご苦労じゃった』 

 おばば様の体が薄青く光っている。

『ワレは今、神樹と一つになる』     

 何かを悟ったのだろう。巨人たちから嗚咽が漏れる。

『ワレが生きるために、この神樹には負担をかけておったでな』

 おばば様の顔が俺の方を向く。

『英雄シローよ。
 里への助力、感謝する。
 近く聖樹様を訪れよ』

 おばば様の言葉が続く。

『力ある白きものよ』

 その言葉を聞いたブランが、俺の肩からぴょんと跳びおりると、器用に神樹を伝いおばば様の右肩に乗る。
 おばば様が首を傾げ、顔をブランに近づけた。
 ブランが体を精一杯伸ばし、その右前足でおばば様の額に触れる。

 彼女はおばば様の肩から跳びおりると、空中でくるりと回り着地した。
 俺の肩に戻ってくると、肉球で俺の額に触れる。
 その瞬間、俺はおばば様が伝えたかったことが分かった。

『みなのもの、これからもこの杜を守ってたもれ』

 巨人の皆は、すでに号泣している。   

『点の子よ。
 お主も、主人と共に世界群を守っておくれ』

『(^▽^)/ うん、分かったー!』

『聖樹の巫女様、みなの者、いざさらばじゃ』 

 おばば様は、そう言うと琥珀色の目を静かに閉じた。
 その大きな体が、ゆっくり神樹に沈んでいく。

「「「おばば様ーっ!」」」

 巨人たちの叫び声が重なる。
 降りしきる小雨の中、俺たちは、おばば様の体が神樹の中に完全に消えるまで見守った。

 ナルとメルがルルにしがみつき、涙を流している。
 いつの間にか雨があがったのだろう、木漏れ日が澄んだ光を杜の中へ運んでくる。
 他のみんなは、日暮れまでおばば様が二百年を過ごした社の前を動かなかった。 
 
 おばば様の最期のお心を果たすため、俺だけは点ちゃん1号で東へ飛んだ。 
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