上 下
453 / 607
第十章 奴隷世界スレッジ編

第64話 終わりと始まり2 

しおりを挟む


「ど、どうなってる!?」

 加藤は自分が空に浮いてるのを知り、驚きの声を上げた。
 足元には毛皮が敷いてあり、置かれたテーブルの上には冷えたグラスと生ハムやフルーツ、パンとチーズが置かれている。

「ああ、これね、ボーに頼んでおいたのよ」

「お、おい、あいつ一体なにやってる……」

「心配したのよ」

 畑山の声が、急にしんみりしたものになる。

「えっ?」

「あんたが行く先もはっきりしないポータルを潜ったって聞いて」

「ああ、ボーが一緒だから、どの世界に行ったとしても帰ってこれるだろ」

「馬鹿っ!
 それでも心配なものは心配なの!」

 畑山がその体を加藤にぶつける。
 加藤は、反射的に彼女を抱きしめた。

「ごめん、心配かけちゃったね」

「こちらに来てから何があったか、話してくれるんでしょ?」

「あ、ああ」

 点魔法で造られた箱の中で、二人はテーブルをはさんで座り、上等な食べものと飲みものに舌鼓を打った。

「そう、あなたらしいわね。
 ところで、その助けようとしたエンデって人には会えたの?」

「あ、ああ、城にいたみたいだ」

「そう……まさか、さっきいた女の中に、その人がいるなんてことはないわね?」
 
「あ、ああ……」

 加藤には、そう答える以外に道がなかった。
 
「こっちに来て」

 畑山が加藤の手を取り、彼をソファーに誘導する。

「最高の座り心地ね。
 ボーって、こういうところは手を抜かないわよね」

 二人が座るソファーからは、月明かりに照らされた夜の海が見下ろせた。
 
「あいつも、ルルさんとのことで、こういう技を使えって言いたいよね。
 それを――」

 加藤が何か言いかけたが、その口を畑山のそれが塞いだ。
 スレッジ世界に浮かぶ大きな銀色の三日月が、無言で熱い二人を見おろしていた。

 ◇

 アリストの冒険者パーティ『ハピィフェロー』がスレッジ世界にやって来た。
 彼らが訪れた場所は、ドワーフ皇国王城だ。

「シロー、元気そうだな!」

『ハピィフェロー』のリーダー、ブレットが手を差しだす。
 俺はその手をぐっと握りかえした。

「遥々来てくれてありがとう」

「ガハハハ!
 またでかい事やらかしたな!」

 大男マックが俺の背中をバンバン叩く。
 彼もブレットたちと一緒にこの世界へ来たのだ。

「今回は大事な任務があるからな。
 ところで、デデノたちは準備ができてるか?」

 マックが言っているのは、ルルと一緒にスレッジ世界へやってきた獣人冒険者のことだ。

「ええ、全員集めてあります」

 俺は彼らを城の一室に案内した。

 ◇

 その部屋には、デデノたち冒険者が四人と初老の男が二人いた。
 一人はドワーフで、俺が知っている顔だ。

「シロー、こちらの二人は?」

 ブレットが初老の二人を指さす。 
 俺が紹介する前に、男たちが口を開いた。

「ギルドの方々ですな。
 初にお目にかかる。
 ワシはセルゲじゃ」 
「同じく初めましてだな。
 私はミャートと申す」

 名前を聞き、もう一人の素性も分かった。
 そういう事か。

「シロー、このやけに貫禄がある爺さんたちは誰だ?」

 ブレットの質問に俺が答える前に部屋奥の扉が開き、三人の竜人護衛と侍女ローリィを連れ、女王シリルが入ってきた。

「長旅ご苦労であった」

 シリルはそれだけ言うと、すっと長テーブルの奥に座った。
 彼女は、すでに女王としての威厳を身にまとっている。

「シ、シ、シロー、こちらの方は?」

 相変わらずブレットは女性の前で弱くなるな。

「ドワーフ皇国の女王陛下だよ」

「げっ!」

 相手が誰か分かった『ハピィフェロー』の面々が席を立ち、膝を着こうとする。

「そのままでよい。
 この度は、父上たちに連絡があるそうだな」

 シリルがマックの方へ鷹揚に頷く。

「はい、ギルド本部長ミランダ様からこれを預かっております」

 マックが厚い胸板のところに手をつっこみ、羊皮紙のようなものを二枚取りだした。
 太く良く響く声で、それを読みあげる。

「セルゲを、ドワーフ皇国中央ギルドのギルドマスターに任命する。
 また、ミャートを帝国中央ギルドのギルドマスターに任命する」

「「謹んで承る」」

 初老の二人が頭を下げ、声を合わせた。 
 
「シロー、これってどういうことだ?」

 まだ事情がよく呑みこめないブレットが俺に尋ねる。

「ああ、前国王二人がギルドのマスターになったってこと」

「げっ! 
 ぜ、前国王……」

 さっき、前国王二人を「貫禄ある爺さん」呼ばわりしたブレットが青くなっている。

「父上、本当によいのですか」

 シリルが、父であり前王であるセルゲに話しかける。

「女王陛下、我らの不徳から世界群崩壊の危機を招いたのですから、神樹様をお守りする仕事に就くことこそ、その償いなのです」

 人前であることもあり、セルゲは実の娘シリルに対し、あくまで恭しい態度を崩さない。

「父上……」

 シリルのつぶらな目が、涙で一杯になる。

「組織運営のプロである前国王がやってくれるんなら、この世界のギルドは安心だな、ガハハハ」

 さすがにマック、場の緊張感に呑まれていない。

「各々方、以後よろしくお願いいたす」
「いろいろご指導たまわりたい」

 二人の前国王は、あくまでも腰が低い。

「おう、デデノよ。
 お前ら、二人ずつ分かれて、しばらく両ギルドのサポート頼めるか?」

 マックが、ざっくばらんに獣人冒険者に話しかける。

「ええ、そりゃ、構いませんが……」

 彼らも一旦は獣人国へ帰りたいのだろう。
 
「ここだけの話だが、お前らこの任務果たしたら金ランクだぜ」

 マックの言葉を聞き、デデノたちが驚く。

「き、金ランク……」

「おうよ、それ以外にもグレイル世界に帰った日にゃ、お祭り騒ぎが待ってるぜ」

「ど、どうしてそんなことに?」

「どうしてだろうなあ」

 マックが意味ありげに俺の方を見る。
 俺は慌ててブレットたちに話しかけた。

「ブレット、みんな、グレイルまで大聖女様の護衛よろしくたむよ」

「うん、まかせて」
「ええ、分かってる」
「あいよ」
「大丈夫なんだな」

「ところでシロー、お前、この世界からは、かわい子ちゃんを連れかえったりしないよな?」

 最後にブレットが導火線に火を点ける。

「シロー、それはどういうことじゃっ!?」

 ほら、シリルが食いついちゃったよ。やれやれ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

優しさを君の傍に置く

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:587

最弱ステータスのこの俺が、こんなに強いわけがない。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:38

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:145

【R18】伯爵令嬢は悪魔を篭絡する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:6

悪役令息なのでBLはしたくないんですけど!?

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:553

黄金郷の白昼夢

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:73

先輩の旦那さんってチョロいですね~♪

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:1

生まれながらに幸福で

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...