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空知音

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第十章 奴隷世界スレッジ編

第36話 人族の王国(3)

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「おお、いい具合に、人が集まってるな」

 人族の都にある、大きな武闘場にたくさんの人が集まっているのがスクリーンに映しだされている。
 俺は、別の位置に設置した点からの視界に切りかえた。
 そこには、キラキラした椅子に座った若い男が映っていた。

「おや、おかしいのお」

 シリルが、怪訝な顔をする。

「シリル様、どうされましたか?」

「これは、確か第二皇子のガーベルのはずじゃ。
 国王は、どうしたのじゃ」

 スクリーンには音を着けていないから、何が起こったか知らないらしい。

「この催しは、彼が国王になったお祝いのようですよ」

「なんじゃと?
 前国王は、どうしたのじゃ?」

「この王子が、クーデターで王位を簒奪したようです」

「……むう、我が国と同じことが、人族の国でも起こるとは」

 俺は、すでに得ている情報をある程度、シリルに教えることにした。
  
「彼は、あなたの姉上と結んで、この事を計画していたようです」

「なんじゃとっ!」

「シリル様は、『巨人の里』の事をご存じで?」

「シローっ!
 なぜ異世界人のお主が、それを知っておるのじゃ?」

「それは、また今度、詳しくお伝えします。
 とにかく、今は目の前の事に集中してください。
 改めてお尋ねしますが、『巨人の里』の事を、ご存知ですか?」

「……ふう。
 お主がどうして我が国が最も秘しておることを知ったか分からぬが、確かにその場所の事は知っておる」

「その場所に、どんな意味があるんです?」

「その場所は、我が国では、『大きなるものの国』と言われ、聖地とされておる。
 国が、その存在を隠しておる」

「なぜですか?」

「……かつて、人族の国と我が国が同盟して、ある行動を取ったことがあるのじゃ」

「ある行動?」

「外世界への侵略じゃ」

 おそらく「外世界」と言うのは、異世界のことだな。

「……もしかして、攻めたのは、竜人や竜がいる世界ではありませんか?」

「ああ、その通りじゃが、お主、なぜそのようなことまで知っておる?」

 シリルが、初めて見る鋭い視線を俺に向ける。

「俺は、少し前に竜人たちの世界を訪れて、彼らから、その歴史を聞かされたんですよ」

「ほう!
 お主、やはりただ者ではないな。
 あの地を訪れる手段は、すでに失われておるはずじゃぞ」

「ええ、俺も最初は意図せず、偶然その世界に跳ばされたんですよ。
 ただ、今は、そこに友人もたくさんいます。
 俺がこの世界に来た本当の理由は、さらわれた竜人の友達を探すためです」
 
「なんと、そういうことじゃったか!」

「シローさん、加藤さんは?」

 侍女のローリィが、口をはさむ。

「ああ、あいつも、俺と同じ目的でここに来た。
 さらわれた竜人と言うのは、彼にとっても友人なんだ」

「そ、そうでしたか。
 もしかして、その方は、女性ですか?」

 俺はそれには答えず、シリルに話しかけた。

「シリル様、あなたは、奴隷制について、どう考えていますか?」

「……この世界に昔からある伝統かの」

「では、質問を変えましょう。
 貴方は、首輪を着けられた事がありますか?」

「馬鹿な事を聞くな。
 わらわは、皇女ぞ。
 首輪など着けたことないわ」

「では、自分がそれを着けられたら、どんな気持ちになるか、考えたことはありますか?」

「ありもしないことを考えても、仕方あるまい」

 シリルの首に、首輪が現われる。
 俺が点魔法で作った、偽物だ。

「なっ、なんじゃこれはっ!」

 シリルがそれを外そうと、手で引っぱっている。

「お気をつけて。
 それを外すと、あなたは死にますよ」

「な、なんじゃと!
 シロー!
 なぜ、わらわにこのような無体をするのじゃ!
 お主、いつも優しかったではないか!」

 シリルが、涙目になっている。

「首輪を着けるという事がどういうことか分かってもらうには、この方法が一番なんです。
 特に、時間がないこの状況ではね」
  
「シロー!
 シリル様になんということを!
 許しませんよ!」

 どこに隠していたのか、ローリィが右手に短剣を持ち、それを俺の首につきつけている。

「早く、首輪を外しなさい」

「イヤだね。
 シリルが、首輪の意味について考えるまで、それは外さないよ」

「くっ!」

 彼女は、短剣で俺の肩を刺そうとした。

 カキン

 俺が持つ物理攻撃無効に阻まれ、短剣が床に落ちる。
 ローリィが、痛めた自分の手を押さえる。

「うろたえるな!
 これは、お前たち竜人が救われる、最初の一歩だぞ」

 いつもより低い俺の声に、反対の手で床の短剣を拾おうとしたローリィの動きが止まる。
 彼女は、そのまま床にうずくまってしまった。

「シリル、俺の前にひざまずけ」

「なんじゃと!」

 シリルの顔が、驚きと怒りで歪む。

「早くしろ、このノロマめ!」

 俺の冷たい声に、彼女が青くなる。

「早くひざまずけ!」

 シリルはブルブル震えるその体を無理に動かして、ローリィが落とした短剣を拾った。
 それをこちらに向ける。

「わらわを侮辱したな!
 許さぬ!」

 その言葉が終わると同時に、彼女が悲鳴を上げる。

「きゃっ!」

 手の短剣が、ポロリと落ちた。

「い、いらい、ろーひぃ、いらい」(い、痛い、ローリィ、痛い)

「どうですか、首輪を着けられた気持ちは?
 ちなみに、今、あなたが身に受けた電撃ですが、本物の十分の一以下に抑えてあります」

「ろ、ろーひぃ、ほ、ほんろうか?」(ロ、ローリィ、本当か?)

 まだ痺れたままの口から発せられた、シリルからの問いに、呆然とした顔のローリィが、こくんと頷く。

「どうです、シリル様。
  それが一生外れぬとなると」

「シロー、早う、早う外してくりゃれ」

 やっと舌が回るようになったシリルが、そう訴える。

「どうしたのです。
 まだ、わずかしか時間がたっておりませんよ。
 ローリィはこの世界に来てから、ずっと首輪を着けたままです」

 シリルは、やっと黙りこんだ。

「とにかく、しばらくは、その首輪を着けたままでいてもらいますよ」

 まるでシリルとローリィがそこにいないかのように、俺はソファーに座ると、お茶の用意を始めた。
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