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第十章 奴隷世界スレッジ編
第33話 王女の理由
しおりを挟む周囲の景色がいきなり変わったことで、加藤を除く全員が驚いている。
「シリル様、大丈夫ですか?」
俺は説明より前に、まずシリルに声をかけた。
彼女は、見るからに打ちのめされた表情をしていた。
「姉さま……姉さまは、なんであんなことを……」
ローリィが、後ろからシリルを抱きしめている。
「シリル様、人の心というのは、近くにいても分からないものですよ」
俺は、そう言ってシリルの頭を撫でると、竜人たちの方を向いた。
「ローリス、その二人にも、俺の目的を話してやってくれ」
「え、ええ」
腕の骨を折った、白竜族の闘士に治療を施す。
俺は、次に、ぼーっとした表情で座っているチビの所に行く。
「チビ、驚かせてすまなかったな。
武闘でがんばってくれたのに、こんなことになって残念だ」
「ボク、がんばった?」
「ああ、すごかったぞ」
大きめの樽に入れた、蜂蜜水を出してやる。
「わーい、蜂蜜のお水だ!」
彼は、さっそく大きな手でそれを持ちあげ、飲みはじめた。
そんな彼の足に、カバ型魔獣ポポが頬ずりしている。
こいつらは、いい友達になれそうだな。
「ねえ、これ、どういうこと?」
血相を変えてズンズン俺に近づいてきたのは、殴られた頬を腫らしたデメルだ。
彼女も、ついでに瞬間移動させておいたのだ。
「お前、あのままあそこにいたら、どうなってたと思う?」
「……そ、それでも、予め知らせてくれてもいいじゃない?
これって、転移魔術?」
彼女のことは放っておき、シリルの所に行く。
シリルは、ローリィの胸に抱かれ、気を失うように眠っていた。
「あまりに色々ありすぎて、お疲れになったのでしょう」
ローリィが、優しくシリルの髪を撫でる。
「それより、これからどうしますか?」
彼女は、気持ちがしっかりしているようだ。
「そうだね。
まずは、今晩泊まれる宿かな?」
「しかし、王都に帰れば、すぐに捕まってしまいますよ」
「ああ、だから、ここに家を造る」
俺は足元の地面を指さした。
「えっ?!」
俺は、土魔術を駆使し、一気に二棟続きの家を造った。
加藤を除き、皆が驚いている。
「じゃ、チビとポポは、こっちね。
他の人は、こちらの家に入って」
「私、柔らかいベッドじゃないと寝られないわよ」
デメルが、俺をにらんでから家に入っていった。
◇
突然姿を消した妹たちに、一瞬我を忘れたソラルだったが、すぐに兵士に命令を下した。
「貴族は全て捕え城へ。
民衆は、家に帰しなさい。
歯向かう者は、私に刃を向けたも同然。
全て、その場で処断なさい」
一部予定とは違うことがあったが、計画していたクーデターが成功し、ソラルは一息ついた。
長い間、計画していた事だから、準備は万全だ。
彼女は、最初に心を決めた時のことを思いだしていた。
◇
彼女は、幼いころからその優しい外見からは想像できないほどの情念を内に秘めていた。
妹が生まれるまでは、それが父母への愛情として現れた。
「お姫様は、本当に陛下とお后さまがお好きですね」
彼女の侍女が、呆れるほどその気持ちは強かった。
第二皇女デメルが生まれ、自分に向けられる父母の時間が減ると、まるで石塊のようなものが胸の所に生まれるのを感じた。
そして、その石塊は第五皇女シリルの誕生で、高い熱を帯びた。
父も母も、シリルを溺愛したのだ。
国民までも惹きつけるシリルに、ソラルが胸に秘めた石塊は、黒くくすぶり始めた。
ある日、彼女は、国王から次のような言葉を聞くことになる。
「ソラルよ。
お主は、賢い姉だ。
ワシは、次期国王としてシリルがふさわしいと考えておる。
そうなったときは、宰相として妹を支えてほしい」
国王は、日頃からシリルに甘えられ、彼女に優しくしているソラルが、まさか胸の中に燃えるようなものを抱えているとは、夢にも思わなかった。
「……お父様、もちろんですわ」
そう答えたソラルは、いつも通り、優しく微笑んだ。
ただ、彼女の胸に秘めた情念の炎は、この瞬間に出口を見つけてしまった。
妹が国王?
冗談じゃない。
この国は、誰にも渡さない。
穏やかな彼女の笑顔は、揺るぎない決意に支えられていた。
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