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第十章 奴隷世界スレッジ編

第29話 ルルの捜索

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 ルルとアンデは、数人の冒険者と一緒に山道を進んでいた。シローがギルドに伝えた隠しポータルを目指しているのだ。 

 アンデがケーナイの街から連れてきた冒険者の一人は、時々地面に鼻を近づけ匂いを嗅いでいる。彼の手には、ルルが渡したぬいぐるみがあった。その小熊のぬいぐるみは、シローが地球からのお土産で買ってきたもので、寝る時メルがいつも抱いていたものだ。男は、その匂いを追っていた。

「うーん、どういうことだろう」

 犬人冒険者は、納得いかないという表情をしている。

「おい、デデノ、どうしたんだ?」

「はい、それが恐らく娘さんたちだろう匂いは残ってるんですが、それが迷いなく俺たちと同じ道を通ってるんですよね」

「それがどうした?」

「いえね。
 シローさんの匂いは、残ってないんですよ。
 娘さんは、どうやって彼の後を追ってるのかってことです」

「なるほど……ルルさん、何か心当たりがありますか」

 ルルは、もしかしたらという予想はあったが、ここでいい加減なことを言うべきではないから、次のように答えた。

「娘たちがどうやってシローを追いかけているか、私にもまだ分かりません」

「そうですか」

 一行は、途中で一度キャンプし、さらに山道を進んだ。
 足場が悪く、ルルの肩が揺れるからか、黒猫がそこから降り、みなの前を歩きだした。
 道は、とぎれとぎれになってきた。
 
「娘さんたちが通ってから、大きな雨が降ってないようで助かりました」

 匂いを追っているデデノが、ルルに話しかける。
 
「雨が降ると、匂いが追えなくなるのですか?」

「その通りです。
 だから、こういう天気だと、急がなくてはなりません」

 デデノが空を指さした。そこには黒い雨雲があった。

「しかし、シローが通ってから、何度か雨が降ってる。
 ナルちゃんたちは、匂いじゃない何かを追ってるのかもしれないな」

 アンデがそう言った時、小雨が降りだした。
 それは、すぐに本格的な雨となった。

「やばいぞ、こりゃ。
 匂いが消えちまう」

 もちろん、ナルとメルが、シローが渡った隠しポータルに向かっているなら心配いらないのだが、途中で別の場所へ行っていたなら、匂いが追えないと困ったことになる。
 彼らは、雨で滑りやすくなった山道を、どんどん進んでいった。

 打ちつける雨に体の芯まで冷えたころ、彼らはやっと洞窟の入り口にたどり着いた。
 入り口を塞いでいる岩を前足で叩くことで、黒猫が、隠されていた洞窟を教えてくれたのだ。
 その岩を横にずらし、中へ入る。

 洞窟の奥には広い空間があり、そこには何かの機械がいくつかと、石造りの祭壇のようなものがあった。
 人の背ほどの祭壇には、緑色の扉が付いていた。

「おそらく、これがポータルでしょう」

 ルルは、コルナから、マスケドニアの小島にあるポータルの様子を聞いたことがあった。
 ポータルには、いくつかの決まった様式があるのだ。

「ふむ、問題は、ここからどうするかだな」

 アンデは、思案顔だ。
  
「デデノさん、娘たちの匂いは?」

 ルルの落ちついた声が洞窟にこだました。

「ええ、ここで途絶えていますね」

「アンデさん、皆さん、ここまでありがとう。
 後は、私とこの子だけで行きます。
 行く先も分からないポータルへ、みなさんを入れる訳にはいきませんから」

 ルルは、再び肩に乗ってきた黒猫を撫でた。

「ルルさん、オレはギルドとの連絡もあるから、どうしても同行できない。
 本当は、一緒にシローを追いたいのだが、申しわけない」

「アンデさん、あなたには、この世界に居てもらわないといけません。
 私の仲間が連絡を取るのを、ギルドで助けてください」

「……ルルさん、すまない」

「ギルマス、俺はルルさんについて行きますよ」

「何を言ってるのか分かってるのか、デデノ。
 命懸けになるぞ。
 二度とこの世界に帰ってこられんかもしれん。
 それでも、いいのか?」

「ははは、俺、そんなこと思ってませんよ。
 だって、これを渡った先には、『黒鉄シロー』がいるんでしょ?」

「まあ、そうだが……」

「彼は、何度も獣人のために命をかけてくれた英雄ですよ。
 ここで彼を追わないと、俺は一生後悔します」

「……そうか、分かった。
 だが、無茶はするんじゃないぞ。
 必ずケーナイに帰ってこい」

「分かってますよ」

 結局、六人いる冒険者の内三人が、ルルと一緒にポータルを潜ることになった。

「では、アンデさん、行ってきます」

「ルルさん、みんな、気をつけてな」

 二人の冒険者が緑色の石でできた扉に手をかける。
 それが開かれると、黒い靄が渦巻くポータルが現れた。
 デデノがまずポータルに入る。続いて黒猫を連れたルル、二人の犬人がポータルを潜った。

「神獣様、彼らをお守りください」

 ポータルから少し離れたところで、膝をついたアンデが祈りを捧げた。

 ◇

 ルルがポータルから出ると、そこは暗闇だった。
 突然環境が変わったせいか、黒猫が「ミー!」と高く鳴いた。
 冒険者の一人が、手探りでカバンから灯りの魔道具を取りだし、それに灯をともす。
 照らしだされたのは石造りの小さな部屋で、そこは湿っぽく、かび臭い匂いがした。

 狭い出口を潜りぬけると、上に向かう階段があった。
 それを登りきると、石造りの古い遺跡のような場所に出た。周囲は森に囲まれている。

「デデノさん、娘たちの匂いは分かりますか?」

「ええ、微かですが、残っています」

 もしかすると、こちらの世界では、娘たちが通った後、雨が降ったのかもしれない。
 ルルは、ためらいなく、娘たちの匂いを追うことにした。

「では、それを追ってください」

「はい、分かりました」

 デデノを先頭に、ルルと三人の犬人冒険者は、森の中を歩きはじめた。

 ◇

 ルルたち四人と一匹は、木立の向こうに道を見つけた。
 そのことで気が緩んだのだろう。
 彼らは、狼型の魔獣が周囲をとり巻いているのに気づくのが遅れた。
 
「フーッ!」

 珍しく唸り声をあげた黒猫に、ルルたちは、やっと周囲の異変に気づいた。

「だめだ……囲まれちまってる」

 冒険者の一人が、絶望の声を上げる。

「気をしっかり持って!」

 冒険者に声を掛けると、ルルは腰のポーチから使いこんだ投げナイフを取りだした。
 投げナイフは、四本。魔獣は、十体以上いる。
 命懸けの戦いになりそうだ。

 魔獣は、ルルたちを中心に円を描くように歩きながら、その包囲の輪を次第に縮めはじめた。
 
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