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第十章 奴隷世界スレッジ編
第17話 皇女のわがまま1
しおりを挟む神託武闘の翌日、闘士の宿舎を一台のカバ車が訪れた。
ピンクのカバに牽かれた白い客車には、大きな紋章が描かれていた。たまたま客車の到着に居合わせた俺は、その紋章が、武闘で使われていた旗の模様と同じだと気づいた。
客車のドアが開くと、白い塊が飛びだしてきて俺にぶつかった。
「シロー!」
「ええと、あなたは?」
「シリルよ、さあ、一緒に遊んで!」
身長が一メートルほどしかないドワーフ族の皇女は、よく見ると、とても可愛い顔をしていた。
何か期待しているのか、目がきらきら輝いている。
「シリル様、そのようなおいたは、およしください」
客車から、竜人の女性が出てくる。白竜族の彼女は、とても美しく、族長であるジェラードの面影があった。
「あなたも、姫様に近づかないで」
女性がこちらを睨みつける。
「おい、何の騒ぎだこりゃ」
俺の後ろから加藤が現れた。
「カ、カトー様!」
つんけんしていた白竜族の女性が、頬だけでなく耳まで赤くしてモジモジする。
「カトーも一緒に遊ぼうぞ」
「誰だこりゃ?」
「加藤、武闘場に来てた皇女様のようだ。
あまり失礼がないようにな」
「そ、そう?
皇女様、カトーです」
「そんなことは、知っておる。
早う、遊んでくりゃれ」
「遊ぶって、何をして?」
「何でもよい、わらわはいつも退屈しておる。
あの『ドーン』というやつでもよいから」
ああ、花火の事だな。
「そうですね、じゃ、ちょっと近くまで出かけますか」
俺は皇女シリルの手を引き、近くの草原に向かった。
◇
皇女と竜人の侍女から見えないうちに、草原の一部を土魔術でならしておく。
「なんじゃ、ここは?
お前たち二人で、武闘でもするのか?」
そこだけ草がなく、土がならされた四角い土地を見て、シリル皇女が俺と加藤を見る。
「乗り物を用意しますから、少しお待ちを」
ここに来る途中で作っておいたボードを出す。ボードには木目が刻まれており、いかにも木で作られたように見える。ボードの前と後ろには、鉄棒のようなものが立っている。
「皇女様、ここに乗ってみてください」
「こうか?」
シリルは、ならした地面から十センチくらい浮いたボードに上がる。
「この横棒をお持ちください」
シリルが、両手で棒を握ったのを確認する。
「絶対に手をお放しにならないように。
怪我をしますよ」
「ワクワクするのお!
城ではこんなことできぬからの」
竜人の女性が口を挟みそうなので、加藤に声をかける。
「加藤、皇女様が乗ったこのボードを、後ろから押してくれ」
「ああ、こっちの棒は、俺が押すためか」
皇女様の背後にある棒を、ボードの外から加藤が握る。
「よし、加藤、押してみろ」
加藤が棒を押すと、ボードは音もなくスーッと動いた。
「おお、凄いな!
これはよいぞ!
カトーとやら、早う押せい」
「シリル様、この者がボードを押しますから、好きな方へお進みください」
「なんと、そのような事ができるのか?
カトー、もっとスピードを出せ」
皇女シリルは、ボードが気に入ったようで、しきりに加藤に指示を出している。
「ほう、いいぞ、カトー。
ほれ、そこを右、次は左じゃ。
あはははっ、これはいいの~。
もっと飛ばさぬか!」
しばらく、加藤にボードを押させていたシリルは、やっと彼を解放してくれた。
「カトー、大儀であった、褒めてつかわす。
シロー、わらわは空腹じゃ」
皇女と侍女が目を離した一瞬の隙をつき、土魔術でテーブルと椅子を立ちあげる。
「ど、どうして、こんなところにこんなモノが……」
侍女が驚いている間に、お茶と焼きたてクッキーを出す。
「おお、いい匂いじゃの。
むぐっ、なんじゃこれは、ものすごく旨いの。
それにこの茶の味……このように旨い茶は初めてじゃ。
鉄茶は好かぬが、これは気にいった」
シリルは、出しておいたクッキーを、あっという間に全部食べてしまった。
「クッキーに掛かっておった、あの甘いものは何じゃ?」
「蜂蜜でございます」
「蜂蜜?
わらわも食べたことがあるが、これほど旨くはなかったの。
どこのものじゃ?」
「私とカトーは、迷い人でございます。
これは、他の世界よりお持ちしました」
「おおっ!
外世界か。
わらわも、一度行ってみたいのお」
シリルは夢見るような表情をした。
「あのう……カトー様も、異世界からいらっしゃったのですね?」
竜人の侍女が、赤くした顔で加藤に話しかける。
「ああ、そうだよ。
ドラゴニアにも行ったことがある」
「ド、ドラゴニア……」
白竜族の侍女は、その名前を聞いた途端、暗い表情になり黙りこんだ。
「皇女様、もう一度、さっきの乗り物にお乗りになりませんか?」
「おお、是非とも乗りたいのじゃ」
「というわけだ。
加藤、頼むぞ!」
「ボー!
お前、厄介ごとを俺に押しつけてないか?」
「それじゃ、詳しい説明を彼女にする役を代ろうか?」
俺が侍女を指し、そう言うと、加藤がブンブン両手を回す。
「さあ、皇女様、今度は飛ばしますよ」
「おお、やってくれ!」
二人が手押し車ならぬ手押しボードで遊んでいる間に、侍女に俺たちの目的を明かすことにした。
「あなた、お名前は?」
「ローリィですが」
「ローリィさん、俺と加藤がこの世界に来たのは、さらわれた竜人をドラゴニアに帰すためです」
「ええっ!?」
「声を上げないように。
皇女様に聞かせないほうがいいでしょうから」
「でも、これにはドラゴナイトが使われていて、我々にはどうすることもできません」
ローリィは、首輪を指さした。
「分かっています。
それは、俺が何とでもできます」
「では、本当に故郷に帰れるんですね」
ローリィの目が涙で一杯になる」
「ええ、帰れますよ。
ただ、この世界にいる竜人全員を一度にと考えていますから、ちょっとだけ待ってください」
「そ、そんなことを、どうやって」
「スキルに関わることですから、詳しくは話せませんが、とにかくそれが可能だということはお伝えしておきます」
「ドラゴニアに帰れる……」
ローリィの涙が止まらなくなる。
「あっ、シロー!
お主、見かけによらず、やるのお。
こんなに短時間で、堅物のローリィを泣かすとはな」
皇女シリルを乗せた手押し車が、ちょうど帰ってきたようだ。
「ははは、俺にそんな甲斐性はありませんよ」
ローリィが、慌てて涙を拭く。
「シリル様、そろそろ帰りませんと」
「そうじゃな、明日からも遊べるしな、フフフ」
皇女は意味ありげな笑いを浮かべると、ローリィの手を取り、即席の遊び場を後にする。
どうも厄介事が起こる予感がした。
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