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第十章 奴隷世界スレッジ編

第14話 奴隷と闘士5

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 俺と加藤は、貴族から招かれ、石造りの大きな屋敷に来ていた。

 玄関ホールのようなものはなく、いきなり十二畳ほどの部屋になっている。ソファーやテーブルがあり、どれも低く作られている。

 俺たちを案内した初老のドワーフは、二人をソファーに座らせると、奥の扉から姿を消した。

 低すぎるソファーは、座り心地が悪かったので、俺と加藤は立ちあがり、部屋の調度を見てまわる。
 今まで見たことがない小物も多く、飽きがこない。

 夢中で見ていると、肩を叩かれ振りむく。
 茶色いワンピースを着た、小さなドワーフ女性が立っていた。

「ご案内します」

 彼女はそれだけ言うと、それ以上話すものかという風に口を引きむすび、歩きだす。
 天井が低い廊下を進むと、大きな木の扉があった。それが左右に開くと、明るい部屋が広がっていた。   
 広さが小さな体育館ほどあり、この部屋だけは、天井も三メートルくらいはありそうだった。
 テーブルが十脚ほど置かれており、それぞれ四五人ずつ着飾った人々が座っていた。
 全員ドワーフだ。

 俺と加藤は、部屋の中央にある、一番大きなテーブルに案内される。
 他の者は椅子に座っているが、俺たちは、小さな箱のようなものに腰を降ろした。

 ドワーフたちは俺と加藤を見て、口々に何か話している。テーブルが比較的離れているから、何を言っているかは聞こえなかった。

 やがて、俺たちが入ってきたのとは別の扉から、金ぴかのボタンがたくさんついた、いかにも貴族ですという服を着たドワーフのおじさんが入ってきた。
 彼は、ドワーフにしては大柄で、百五十センチくらい身長があった。

「みなの者、本日は、このグラゴーの屋敷へよう参られた。
 今宵は、特別な料理も用意してあるから、楽しんでくれたまえ。
 なお、本日のゲストは、武闘で華々しいデビューを飾った闘士二人だ」

 グラゴーが、俺と加藤の方へ手を広げると、広間は靴で床を踏みならす音で満たされた。これが、この世界の拍手にあたるのだろう。

 彼が俺たちのテーブルに着き、足を鳴らすと、料理を載せたワンゴンを押した人が入ってきた。
 おそらく、この世界のメイド服だろう、地球では幼稚園児が着ているような服だ。そのくすんだ青い服を着た人々には首輪がついていた。
 恐らく奴隷だろう。八人ほどいる奴隷は、人族が多いが中にはドワーフもいた。
 そして、一人だけだが、竜人の奴隷もいた。三十才くらいだろう赤竜族の女性だ。
 俺はすかさず、彼女に点をつけておいた。
   
 点ちゃん、あの首輪、調べてくれる?

『(^▽^)/ はいはーい』
   
 調査結果はすぐに出た。

『(Pω・) ご主人様、あれは機能が劣るけど、学園都市で使ってたのと同じ首輪だよ。
 あと、小さな鉱物が、一つはめこんであるよ』

 なるほど、やはりそうか。
 きっと竜人から力を奪うというドラゴナイトだな。
 しかし、学園都市世界から首輪の供給は、すでに途絶えているはずなのだが、その辺はどうしているのだろう。

 いつの間にか、部屋の一角に、青いローブを来た数人のドワーフが座り、音楽を奏でていた。楽器は中国の胡琴に似た弦楽器だ。
 名手ぞろいなのか、その音楽はなかなか心地よいものだった。

 ただ、俺の隣に座る加藤は、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。
 こういう席では、がつがつ食事に手を伸ばす彼は、汚いものにでも触れるように皿を自分から遠ざけると、黙って奴隷たちの方を見ていた。

 俺は多言語理解の指輪を外す。それを見た加藤も俺に倣(なら)った。
 
「加藤、あの首輪だが、点ちゃんによると、学園都市のものとほぼ同じらしいぞ」  
   
「全く、胸糞が悪くなるぜ。
 今すぐあれを全部ぶっ壊したいところだ」

「リニアとエンデにたどり着くまで、少し待てよ」

「ああ、分かってる」

 俺たちは、内緒の話が終わると、指輪を再びつけた。

 音楽が陽気な軽い感じのものに変わると、ドワーフたちは、席を立ち、他のテーブルの者と酒をかわしたり、立ち話をしている。
 俺たちのテーブルにも、何人かのドワーフがやってきた。

「ねえ、カトー、剣技はどこで習ったの?」
「明日は、私のお家へ来てくれないかしら?」
「ねえ、この衣装、どうかしら?」

 加藤は、さっそくドワーフの女性に囲まれている。ドワーフにまでモテるとは、まったく勇者のリア充ぶりには呆れるほかない。
 一方、俺の方はと言うと……。

「隣町で武闘に関わる仕事をしております。
 いつか、ウチでも、あの『ドーン、バーン』というヤツをお願いできませんか?」

 ヒゲもじゃのおじさんが、話かけてくる。『ドーン、バーン』というのは、俺の花火パフォーマンスの事だろう。

「ウチの孫が、もうすぐ誕生日での。
 その席であれを頼めぬか」

 これは、白い髭を伸ばした老ドワーフだ。
 なぜか、俺の方には、おじさんとおじいさんが集まっている。
 俺は、うんざりして、適当に頷いておいた。

 とどめを刺すようにグラゴー伯爵が俺の所に来る。彼の後ろには、例の竜人女性が控えている。

「五日後に、神託武闘がある。
 この街の代表として二人にも出場してもらうぞ」

「神託武闘って何です?」

「ああ、お前たちは、迷い人だったな。
 この世界で、どちらの言い分が正しいか、神にうかがいを立てる儀式だ」

「具体的には、どんなことをするんです?」

「同数の闘士を出しあい、戦わせる。
 勝ち数が多い方が正しいことになる」

 優秀な闘士を手に入れられるのは、より大きな権力を持つ者の方だから、神託武闘はこの世界の支配構造と深い関係がありそうだ。

「お前たちなら、必ず勝てるだろう」

 伯爵は、こちらを見てニヤリと笑うと去っていった。
 俺は、グラゴーの目に映っている自分が、人ではなく、ただの道具であると確信した。

 ◇

 赤竜族の女性ゾーラは、奴隷部屋に戻ると寝床に横になり、さっき目にした少年の事を考えていた。

 彼女の部屋は、他の奴隷とは別で、個室を与えられている。ただ、その部屋は殺風景で、なんの装飾もなかった。

 伯爵は、彼のことを「迷い人」と呼んでいた。つまり、彼は異世界から来たのだろう。
 ゾーラは、故郷ドラゴニアの空や森を思いだしていた。
 帰りたい。
 その渇望は、胸を焦がすほどだった。
 十年前、追放処分を受け、獣人世界に追いやられるとすぐ、ドワーフにさらわれ、この世界につれてこられた。
 王都で十年近くを過ごし、仕えていた貴族からグラゴーに売られ、ここに来た。

 彼女は、いつも忍ばせているナイフで自分の首を突こうとした。しかし、途中で手が停まりそこから動かない。彼女の首輪には、自殺を禁ずる機能があった。
 
 彼女は、どこからか声が聞こえてきた時、かつて王都で見た竜人たちの様に、自分も精神に異常をきたしたのだと確信した。

『こんにちは、俺、シローと言います』
 
 彼女は、その念話の声をどこかで聞いたような気がしたが、それは狂気が生みだす妄想かもしれなかった。

『とうとう、私も狂ったわね』  
 
『えっと、今、あなたにお話しをしているのは、俺の魔法なんです』

『頭の中で自分とおしゃべりする羽目になるとわね』

 次の瞬間、ゾーラは落ちついた色調の部屋にいた。
 ソファーに座っているのは、今日目にした人族の少年だった。頭に茶色の布を巻いているから見間違えるはずもない。隣には、やはり、大広間で見た、黒髪の少年もいた。

「とうとう、幻覚まではっきり見えるようになったわね」

「ははは、幻覚ではありませんよ」

 少年の声は、やけにはっきり聞こえた。

「あの、あなたは?」

「俺は、シロー、こっちがカトーです。
 先ほどグラゴー伯爵の所でお目にかかりました」

「こ、ここは?」

「俺が作った魔法の乗り物です」

 どういうことだろう。あまりにリアル過ぎる。
 私が狂っているんじゃないの?

「あなたは正気ですよ。
 それより、どうして竜人のあなたが、こんなところで奴隷をしているか、話してください」

 ゾーラは、まだ、夢見心地のまま、自分の身に起こったことを話しはじめた。
 自分の父が四竜社の頭ビギの不正を告発しようとして、追放処分を受けたこと。それに抗議した彼女も、飲み物に何かを混ぜられ、気がついたら知らない場所にいたこと。そこでドワーフに捕らえられ、この世界につれて来られたこと。 
 この世界で十年の月日が過ぎたこと。

 彼女が話すのを黙って聞いていた少年は、どこからともなくお茶のセットを出すと、湯気が立つカップを彼女の前に置いた。
 それに口をつけた彼女は、余りのおいしさに驚いた。

「美味しいわ」

 ゾーラは、これが現実であると、やっと思えてきた。

「そのお茶は、エルファリアという世界のものです」

 ぼーっとした少年の表情が、嬉しそうなものに変わる。
 
「他の竜人は、どこにいるか分かりますか?」

「そうですね。
 ほとんどが王都で奴隷となるか、闘士になっているようです」

「やっぱり、そうですか」

 少年は真剣な表情に変わり、頷いた。

「ゾーラさん、今しばらくの間、奴隷のふりをしてもらえますか?」

「ふりをする?」

「ええ、あなたの首輪は、偽のものをつけておきます。
 今まで通り、行動してください」

「その後は?」

「俺は、全ての竜人を解放するつもりです」

「ええっ!?」

 余りに非現実的な意見に、今度は少年の精神を疑う。
 しかし、落ちついた表情は、狂気から最も遠いものだった。

「ほ、本当にそんなことが……」

「ええ、可能です。
 そのためにも、まずは不自然ではない形で俺たちが王都に行く必要があります」

 そういえば、稀人の人族がもう一人いたわね。

「何かお手伝いできることがありますか?」

「そうですね。
 貴方が最初に救出される竜人となりますから、後から救出された仲間の面倒を見てやってください」

「……分かりました」

「よく十年も頑張りましたね」

 少年のその言葉で、ゾーラは前が見えなくなる。
 意識しないうちに、涙があふれていたのだ。

「もし、王都へ行くまでに、どうしても我慢できないことがあれば、その時点で解放しますから、遠慮なく言ってください」

「ありがとう。
 何と言えばいいのです?」

「言葉に出して、『シロー、助けて』と言ってください」

「分かりました」

「では、元の部屋に戻しますよ」

 次の瞬間、ゾーラは殺風景な奴隷部屋にいた。
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