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第十章 奴隷世界スレッジ編

第3話 建てまし

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 俺たちが住む『くつろぎの家』から庭をはさんだ、向かいの家が売りに出されることになった。

 そこには老夫婦が住んでいたのだが、地方の村に住む息子夫婦と一緒に暮らすことになったらしい。
 そのことを知ると、俺はすぐにその家と土地の購入手続きを始めた。
 最初、土地だけは残しておこうと考えていた老夫婦だったが、俺が三割増しの金額を提示すると、あっさり土地ごと売ってくれた。

 老夫婦が引っこすとすぐ、俺は二軒の間にあった塀を取りはらった。
 新しく買った家にあった裏庭と、こちらの庭が一続きとなり、かなり広くなった。

 古くなっていた隣の家屋は、まるごと点収納し、『土の家』を立ちあげる。
 地上二階、地下二階の構造にすることで、庭をさらに広げた。
 家には、『やすらぎの家』という名前をつけた。

 広くなった庭に、ナル、メル、猪っ子コリンが喜んだのはもちろんだが、ルルが笑顔になった。
 彼女が好きな花を植える区画や、家庭菜園を俺が整備しておいたからだ。

 彼女は前から家庭菜園が欲しかったようで、さっそくコルナ、コリーダと頭を突きあわせて何を植えるか話しあっている。

 イリーナとターニャは、まだ、『くつろぎの家』の客室にいるが、こちらの生活に慣れたら、『やすらぎの家』に移ることになる。まあ、彼女たちは、それまでにすべきが色々あるから、おそらくそれはかなり先になるだろう。

 俺が『やすらぎの家』を建てたのには、他にも理由がある。竜人の国で、こちらに来るのを待っている黒竜族の女性、エンデを迎えいれるためだ。
 神樹様の件と先に取りくんだので、彼女をドラゴニアでずっと待たせているから、そろそろ迎えに行かなくてはならない。

 また、比較的狭い部屋に住んでいた、デロリンとチョイスにも、それぞれ普通サイズの部屋を用意した。彼らが今まで使っていたパントリー奥の部屋は、壁を抜き、全てパントリーとした。
 棚や物置の設計に関わったデロリンとルルが、目を輝かせていたから、かなりいい改造ができたと思う。

 そして、客室は、全て『やすらぎの家』に移すことにした。こうすることで、『くつろぎの家』が、完全にプライベート空間になった。
 よく遊びにくるキツネたちは、『やすらぎの家』を訪れることになる。

 庭の一角には特別なスペースを設け、そこに聖樹様から頂いた神樹の種を一つ植える。
 『地球の家』では、『光る木』の神樹様が生えたが、この種が何になるか、今から楽しみだ。

 ◇

『やすらぎの家』のハウスウォーミングパーティーは、参加者をごく内輪だけにとどめた。

 すでに、キツネたちは普通にこちらを訪れているからね。 
 一階にある広い食堂兼キッチンに、俺の家族、ミミ、ポル、『初めの四人』、イリーナとターニャが集まる。
 今回は二人だけゲストがいて、それは地球世界からアリストの魔術研究所に来ている研究者二人だ。

 二人ともまだ二十台で、サイモンがオーストラリア、ローズがイギリス出身だ。

 彼らは、同じテーブルに畑山さんが着いているのを見ると、目を丸くしていた。
 二人は、こちらに来た時、お城で女王様に謁見しているからね。  

「私たち家族の新しい家、『やすらぎの家』によくいらっしゃいました。
 みなさん、今日はお楽しみを。
 乾杯!」

 リーヴァスさんの音頭で、食事が始まる。今日は、デロリンの他に、カラス亭の女将とその旦那さんまで手伝いに来てくれている。先日、カラス亭にお邪魔した時、近々、パーティーを開くと話したら、おかみさんが手伝わせてくれと言いだしたので、そのお言葉に甘えることにした。
 後で、『フェアリスの涙』を渡しておこう。
 
『初めの四人』は、テーブルの一番奥に、二人ずつ向かいあって座っている。

「相変わらず、ここの食事は旨いな」

 加藤は、がつがつ食事に手を出している。

「ところで、この前の事、何か分かった」

 畑山さんが声をひそめ、こちらに話を振る。
 俺も、他から聞こえないように小さな声で話した。

「ああ、そうだね。
 食事の後、ちょっと見てもらうかな」

 再覚醒については、それだけ言って話題を変える。

「舞子、イリーナのこと、考えてくれたかな」

「ええ、ピエロッティとも相談したんだけど、いつ来てもらってもいいわよ」

 俺が舞子に頼んだのは、『聖女』に覚醒したイリーナの弟子入りだ。
 
「しかし、まさか『聖女』に覚醒するとはねえ」

 畑山さんが、呆れたように言う。

「ケーナイは、大騒ぎになるね」

『聖女広場』に集まる群衆が目の前に見える気がした。
 
「ところで、畑山さんの話だと、お前も『再覚醒』とかいうのしたんだろ?」

「加藤!
 そのことは、極秘中の極秘だから、ここで話さないの」

「れ、麗子さん、知らなかったんだ、ごめんなさい」

 相変わらず、弱気な勇者だな。

「史郎君、本当は、何になったの?」

 舞子が上目遣いで俺を見る。

「しょうがない……」

 俺は、目の前にいる三人と念話のチャンネルを開いた。

『あー、本当に言いたくないんだけどなあ』 

『観念なさい、ボー』  
『史郎君、私、どうしても知りたい』 
『白状しろよ』
 
『……『英雄』だよ』

『ええっ!』
『なんじゃ、そりゃーっ!』

 舞子と加藤は驚いたが、畑山さんは、頷くだけだった。

『やっぱりね』
 
『畑山さん、ハートンさんから聞いたの?』

『違うわ』

『じゃ、どうして?』

『あんた、以前エルフのモリーネ姫を城に連れてきたことがあったでしょ?』

『……ああ、学園都市世界からエルファリアへ彼女を連れていく途中に立ちよったね』

『あのとき彼女から、そのうち、あんたが英雄になるだろうって教えてもらったの』

 そういえば、コルナも俺が英雄になったことを話しても驚かなかったな。
 神樹様繋がりで、そういう共通認識があったんだろう。

『とにかく、俺がそんなものになったことは、内緒にしておいてくれよ』
 
『分かってるわ』
『うん、分かった』
『まあ、知られたら騒ぎになるだろうからな』 

 畑山さん、舞子、加藤は、『英雄』の事を内密にすることに納得してくれたようだ。

 みんなの食事が終わり、お茶を飲む段になると、ルルが立ちあがった。

「今日は、ミミとコリーダの出し物があります。
 では、ミミ、お願いします」

 ミミは、ポルから渡された布で手をよく拭いている。靴を脱ぐと足もぬぐう。

「では、『パーティ・ポンポコリン』ミミが芸を見せます」

 彼女はそう言うと、テーブルから数歩離れた。

 身体を斜めにすると、掛け声をかける。

「はっ」

 ゴムまりのように飛びだし彼女の体は、部屋の壁のあいだをもの凄い勢いで行き来する。
 四つの壁を使い、縦横に弾む。

 地球から来た研究者はもちろん、カラス亭の女将さんやおじさんも、目を丸くし口を大きく開けている。

 ミミは、最初にいた場所に、音も立てずピタリと着地した。両手を挙げたグ〇コのポーズだ。
 一瞬の静寂のあと、みなが一斉に拍手した。
 ミミは、笑顔でみんなに手を振っている。
 彼女の新しい職業(クラス)「軽業師」がなせる業だ。

 みなの興奮が落ちついてから、コリーダが立ちあがる。
 部屋は、それだけで針の落ちる音が聞こえるほど静かになった。

 一曲目は、俺が大好きなエルファリアの鎮魂歌だった。
 静かに始まり、静かに終わるその曲に、みなが涙を流す。

 二曲目は、エルファリアの歌で自然を題材にした詩に曲をつけたものだ。
 あたたかな音の流れに皆がうっとりした顔になる。

 最後の曲は、アリスト王国の国歌だった。
 最初みんなが声を合わせ、最後コリーダの独唱で終わる。
 盛大な拍手が部屋を満たした。

 こうして、俺が作った新しい家のお披露目が終わった。
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