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第九章 異世界訪問編
第47話 イリーナの決断
しおりを挟むイリーナを連れかえってから、俺は、日本列島を北へ南へ跳びまわっていた。
まあ、「飛ぶ」じゃなくて、「跳ぶ」だから、瞬間移動を使ったんだけどね。
そして、忙しさの合間を縫うように、家族を東京の下町や大阪に連れていった。
京都? 京都は次に来るときに取ってある。
最低一週間くらいは滞在したいからね。
ナルとメルはお好み焼きが凄く気に入ったようで、俺たちは二人に引きずられてお好み焼き屋のはしごをする羽目になった。
二人によると、ジューっと焼ける音と、ソースが「スゴイ」らしい。
ナルもメルも、なぜか青のりだけは苦手みたいだけど。
お土産も十分買ったので、『地球の家』に帰る。
ミミとポルは、なぜかたこ焼きプレートを買っていた。
直火にかけられるやつだから、まあいいけどね。
俺と家族は、地球を発つ前の挨拶回りをしていた。
ハーディ卿は、俺が頼んでおいた、異世界へ派遣する科学者の人選をひとまず終え、『地球の家』に滞在している。
エミリーに気づかないよう、なるべく彼女の仕事を減らし、父親との時間が取れるようにした。
イリーナがハーディ卿に懐き、三人はいつも一緒にいる。
『地球の家』に来てから、イリーナが余りにも元気なのでターニャさんは手持ち無沙汰のようだ。
ターニャさんには、『エミリー研究所』のスタッフとしての席も用意してある。
彼女が希望したらだけどね。
異世界に持ちかえるものを並べて確認していると、背後から声が掛かった。
「シローさん」
振りかえると、イリーナが立っていた。
「イリーナ、どうしたの?」
彼女はすっかり顔色もよくなり、この前まで病院で寝たきりだったと思えないくらいだ。
「えとね、えーっと……」
イリーナは、何か言いよどんでいる。
「イリーナ、俺には遠慮しなくていいんだよ。
何でも言ってごらん?」
「シローお兄さんや皆は、もうすぐ異世界に帰っちゃうの?」
「……うん、帰るよ」
「私……、私、一緒について行っちゃだめ?」
「そうだね、それを君とターニャさんに相談しようと考えていたんだよ」
話を聞いていたようなタイミングで、ターニャさんが部屋に入ってくる。
「ターニャさん、イリーナ、ちょっと座ってくれるかな」
部屋にあるテーブルの所に二人を案内した。
エルファリアのお茶と、ドラゴニアの蜂蜜クッキーを出す。
二人が食べおえたところを見計らい、今後の事を話しておく。
「ターニャさん、イリーナ。
大事な話ですからよく聞いてください。
俺たちは、もうすぐ異世界に帰ります。
イリーナの病気は、異世界なら完治する可能性があります。
だから、彼女は異世界に連れていくつもりです。
ターニャさんは、俺たちが向こうへ帰った後、二つの道があります。
一つは、ご自分の国に帰るというものです。
もう一つは、アフリカにある世界最高の研究機関で働くというものです。
俺は二つ目の道を選んで欲しいのですが、全てはターニャさん次第です」
ターニャさんは目を閉じ、少し考えていた。
「シローさん、お世話になった上、こんなことを言うのは心苦しいのだけれど、私はどちらの道も選びません」
ターニャさんは、俺の目をじっと見てそう言った。
「イリーナが本当に元気になるまで、彼女の側にいるつもりです。
ですから、私も異世界に行きます」
「えっ!
そんなことをしたら、定期的にお子さんに会いに行けませんよ」
「息子、娘たちは、もう自立しています。
きっと分かってくれるでしょう。
それに、異世界の医療に触れることは、私自身にとっても無駄ではないでしょうから」
さすがターニャさん。プロ意識が高い。
しかし、思いきったものだ。
「とにかく、一度お国に帰って、お子さんたちと会ってきてください。
出発まで間が無いので、スケジュールはぎりぎりだと思いますが」
「分かりました。
そうさせてもらいます。
飛行機の予約は自分でしますから」
「あー、それは大丈夫です。
俺が向こうに送りますから、お子さんとの話がついたら、俺のスマートフォンに連絡ください。
持っていく荷物はありませんか?」
「ああ、このハンドバッグがあれば十分です」
ターニャさんに、俺の電話番号を書いたカードを渡しておく。
「では、送りますよ」
俺が指を鳴らすと、彼女の姿は消えた。
今頃、勤めていた病院の玄関に現れているはずだ。
「シローさん!
ターニャさんが、消えちゃった」
イリーナが慌てふためいている。
俺はその頭を撫で安心させる。
「今頃、ターニャさんは病院についてるよ。
俺が魔法で送ったんだ」
イリーナがキラキラした目で俺を見る。
「魔法って本当にすごい!」
「魔術なら、翔太が凄いんだぞ。
いろいろ教えてもらうといいね」
「うん!」
イリーナの将来は、舞子に彼女の病気を治してもらってから考えよう。
「よーし、異世界に行くとなったらイリーナも基礎知識が必要だね。
ちょうどいい場所があるから行ってみようよ」
「うん、行ってみたい!」
「さあ、俺の腕につかまって」
「こう?」
「じゃ、行くよ」
俺はイリーナを連れ、高校へ瞬間移動した。
◇
俺とイリーナが現れたのは、異世界科教室前の廊下だった。
ノックすると、中から林先生の声がする。
「入っていいぞ」
俺たちが後ろのドアから教室に入ると、ちょうど教壇にはコルナが立ち話しているところだった。
黒板には、点魔術で作った狐人領の大きな写真がある。
「このように、狐人の家は独特の造りになっているのです」
うわー、面白そうな事やってるなあ。
彼女の講義、聞きたかったよ。
生徒たちがコルナに拍手した。
語りのうまいコルナには、こういう仕事はお手のものだ。
出発までの一週間は、各自が自由に過ごすことになっている。
コルナは異世界科のお手伝いを選んだようだ。
「シロー、その子は?」
林先生が話しかけてくる。
「ある事情で、異世界に行くことになったんです。
みなさん、いろいろ教えてあげてください」
「俺、俺、俺が教える!」
「あんたは黙っときなさい、私が教えるの」
「お前らうるさい!」
収拾がつかなくなった教室は、林先生が手をポンポンと叩くと静かになった。
「お前ら、せっかくだ。
一人ずつテーマを決めて発表しろ」
「えーっ!
準備もしてないのに?」
「シロー、何か言ってやれ」
「林先生がおっしゃるとおり、異世界では臨機応変に対応する力が求められるよ。
将来、君たちが異世界に行ったとき、いきなり国王の前で話さなきゃならないなんて事が、普通に起こるぞ」
「わ、分かりました。
やってみます」
「じゃ、白神。
まずポータルの説明からしてやれ」
授業は面白いほど順調にすすんだ。
ここぞというときにコルナが解説を入れたりするから、生徒にとっては、すごく刺激的な授業だったに違いない。
行間休みになると、みんながわっとイリーナの周りに集まった。
「ねえねえ、どこから来たの?」
「異世界に行くってホント?」
「異世界の人って、家ではどんな様子?」
最初は戸惑っていたイリーナだったが、多言語理解の指輪の力を借り、だんだん大きな声で受けこたえができるようになってきた。
俺はイリーナを生徒たちにまかせて、林先生に挨拶した。
「先生、もうそろそろ向こうへ帰りますね」
「大きな仕事ってのは終わったのか?」
「大体は。
次に来るときに詳しいことを話しますよ」
「なんでもいいから、異世界の資料を持ってきてくれ。
お前にとっては、ただのゴミでさえ、こいつらには宝物だからな」
「あ、そうそう、これ、俺からのプレゼントです」
俺は、点収納から、点魔法で作った大きめの青い箱を出した。
「この状態で、よく見えるところに置いておくといいですよ」
「よく分からんが、何か仕掛けがあるんだな」
「ええ、その時のお楽しみです」
青い箱には、土魔術で作った人数分のマグカップが入っている。俺が異世界に帰るタイミングで箱が開くはずだ。
イリーナを『地球の家』に連れかえるようコルナに頼むと、俺はある場所へ向かった。
家族のために用意したサプライズ・プレゼントのことを考えると、俺は思わず笑みがこぼれるのだった。
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