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空知音

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第九章 異世界訪問編

第46話 フェアリスの星

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 神樹様の調査を残していたユーラシア大陸東部、中央部、南部、そして、オセアニアを、仲間と一緒に巡った。

 神樹様は、ツンドラ地帯、チベット高原、スリランカ、ニュージーランドにそれぞれ一柱ずつあった。
 俺たちが出会っただけで、十柱以上の神樹様がこの世界にいらっしゃったことになる。
 地球の凄さを感じる旅だった。

 この世界に神樹様が多く存在するのは、ポータルが滅多に開かないことと関係があるのかもしれない。
 まあ、とりあえず、これだけ多くの神樹様、それもバラエティに富んだ能力の神樹様が加わった訳だから、神樹様、聖樹様のお力が増したことだけは間違ないだろう。

 幾つか回っていない地域もあるが、それは次回の楽しみにとっておこう。

 俺は異世界に帰る準備に取りかかるのだった。

 ◇

 今日は、午後から白神酒造に来ている。

 新築の白神酒造本店ビルは、川沿いの広い敷地にあり、そこには立派な和風庭園が広がっていた。

 散歩がてら歩いてきた俺は、和風庭園の中を散策した。
 池の上に掛かる石橋に立って鯉を眺めていると、後ろから声が掛かった。

「おお、ボー、来てくれたのか」

 振りむくと、同窓生であり、白神酒造の若旦那でもある白神が立っていた。

「いい庭だな」

「建物が洋風になっちゃたから、せめて庭だけでもと思ってな」

 俺たちは、世間話をしながらビルの中に入った。
 エレベーターで最上階まで昇る。

 このビルは鉄筋コンクリート四階建てで、一階が店舗、二階が事務所、三四階が、研究所と居住スペースとなっている。

 白神は俺を四階に案内してくれた。
 大きな金属製のドアを開けると中は貯蔵庫になっていた。
 ありとあらゆる酒がずらりと並んでいる。

「こりゃすごいな」

「ああ、この部屋だけで、ビルがもう一つ建つくらい金が掛かってる」

「お前、本当に酒が好きなんだな」

「おいおい、まるで俺が呑兵衛みたいな言い方しないでくれよ。
 まあ、好きにさせてくれてる親父には感謝してるさ」

「うらやましいな」

「す、すまん。
 無神経なこと言っちまったな」

「気にするな。
 ところで、『フェアリスの涙』はどこだ?」

「ふふふ、驚くなよ」

 白神は酒棚の間を通り、奥へ入っていく。金庫室のような扉が現れた。

「おいおい、こりゃ、いくらなんでも大げさじゃないか?」

「いや、『フェアリスの涙』の価値を考えると、このくらい当然だよ」

 分厚い扉を潜った俺たちは、『フェアリスの涙』の樽が並んだ棚の前に来た。

「もう、ほとんど空だぜ。
 なんとか売りきらないようにしてたんだけどな」

「ああ、必ず在庫が残るように少しずつ売れよ」

「これからは気をつけるさ。
 それより、持ってきてくれたんだろう?」

「ああ、空いた樽は、外へ出してくれ」

 白神は素早く動き、どんどん空樽を部屋の外に出していった。
 残ったのは、二樽だけだ。

「じゃ、一つずつ出していくぞ」

 棚の上に樽が綺麗に並ぶように、俺はゆっくり樽を出していった。
 最後に黒い樽を出す。

「おい、ボー、これは?」

「ああ、『フェアリスの星』っていう酒だ」

「お、おい、試飲してもいいか?」

「ああ、そのために持ってきたんだ」

 白神は、俺が見たこともないような道具を使い、酒樽の栓を丁寧に抜いた。
 一滴もこぼさないよう、細心の注意を払っているのが分かる。

「これ、『フェアリスの涙』用に作ったんだぜ」

 白神は、通常の三分の一くらいしかない小さなお猪口を出した。

 大きなスポイトのようなモノで、フェアリスの星をそのお猪口に半分ほど入れる。
 彼は、すかさず樽に栓をした。

 お猪口を俺に渡す。
 鼻に近づけると、花のような、あるいはお香のような、なんともいえないよい香りがした。

「これは凄いな」

「凄いって、お前、まだ飲んでないのか?」

「ああ、酒は二十才を過ぎてからって決めてるからな」

「ボーらしいな」

 俺はお猪口を白神に返した。
 彼はその香りを聞き、目を大きく開いた。

「こ、こりゃ、とんでもないぜっ」

 世界中の酒を試している彼が言うんだから間違いないだろう。
 酒を口に含んだ白神の動きがピタッと止まる。

「……」

 彼は、涙を流していた。
 口に手ぬぐいを当て、酒を吐きだす。
 彼も未成年だからね。

「俺、この酒に出会うために生まれてきたんだ」

「おいおい、それは大げさすぎるだろう」

「いや、心の底からそう思う」

「白神、この酒は売るな」

「えっ? 
 じゃ、どうするんだ」

「お得意様がいるだろう。
 アメリカ大統領とか」

「ああ、あの人、一樽丸ごと買ってくれたもんな」

「そういうお得意様に、今お前が試飲した量くらいを飲ませるといい」

「おお! 
 そりゃいいアイデアだな」

「金持ちってのは、自分だけ特別ってのが好きだからな」

「お前、冒険者辞めて、商売人になった方がいいんじゃないか?」

「ははは、もうポンポコ商会で十分儲けてるよ。
 そうだ。
 白神商店の従業員も、パリの〇〇ホテル最上階スイートルームを使えるようにしておくからな」

「なんだそれは? 
 よく話が見えないが」

「ああ、ポンポコ商会で、パリの一流ホテルの最上階スイートルームを年間契約してるんだ。
 空いてるときならいつ使ってくれてもかまわないぞ」

「……お前、どんだけ儲けてるんだ」

「ああ、ホテルの費用はフランス政府持ちだから、気にするな」

「よけいに驚くわ!」

「広い部屋だから、ヨーロッパで『フェアリスの涙』をお披露目するときに使うといいぞ。
 そのとき、『フェアリスの星』を一ビン持っていくのを忘れるなよ」

「ああ! 
 いよいよ世界進出か。
 胸が弾むなあ」

「まあ、大統領が買ってるくらいだから、世界的な知名度はすでにあると思うぞ」

「よっしゃ! 
 こうしちゃいられない。
 さっそくパリ行きの計画を練るぜ!」

「日程を決める前にポンポコ商会に確認を入れるのを忘れるなよ」

「おおっ! 
 いやー、腕がなるぜ」

「次に来るときが楽しみだな」

「ああ、期待しといてくれ」

「滞在中、家族が世話になった。
 帰ったときはまたよろしくな」

「お前は、ウチの恩人だ。
 そんなことはお安い御用さ」

「ああ、そうそう、パリのホテルは小西も使っていいからな」

「そ、それはお前……」

 まっ赤になった白神をそのままにしておき、俺は店を後にした。
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