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第九章 異世界訪問編

第43話 赤いサソリ

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 裏社会で『赤いサソリ』と呼ばれる男がいる。

 彼は北方の大国出身で、元はその国の情報部員、いわゆるスパイだった。
 国がごたごたした後で、情報局は極端に力を失った。
 多くの人間が解雇され、その中にはこの男もいた。
 ただ、彼は情報局時代にある仕事についていたので、フリーランスで同じような仕事を続けることができた。

 その仕事とは、依頼主にとって不要な人々を消すことである。
 殺し屋という言葉を好まない彼は、自分の事をスイーパー(掃除屋)と呼んでいた。

 彼がそのような仕事に手を染めるには、それなりの理由があった。
 難病の娘が、よりよい施設で治療を受けるためである。
 そのためには、少なくない金が要る。

 顧客の金払いが良く、働く時間も少なくて済むこの仕事は、男にとっては願ったり叶ったりだった。
 そして、今回も、金払いのいい顧客から依頼があった。

  ◇

 『赤いサソリ』は、ほとんど人がいない公園に来ていた。

 彼の国では、五月と言えばまだ冬だ。
 広い公園の向こう端に犬を散歩させている老人の姿があったが、他に人影は無かった。

 彼が座るベンチの隣にロシア帽をかぶった男性が座った。
 一度見たくらいでは覚えられない、特徴が無い顔つきをしている。
 ロシア帽の男は、フランスの新聞ル・モンドを二人の間にパサリと置いた。
 発行の日付は一週間前だ。

 『赤いサソリ』は、その新聞を手にとり、それに挟まれていた茶封筒から資料を取りだす。

 ほとんど感情を動かすことがない彼の手がピクリと震えた。
 茶封筒の資料を読み終えると、資料を再び茶封筒の中に入れ、用意しておいたペンでその裏に×を三つ並べて書く。
 依頼を引きうけるが、通常の三倍費用が掛かるという意味だ。
 それを再びル・モンドに挟み、ベンチに戻した。

 隣の男は、それを再び手にすると、一言もしゃべらぬまま木立の中に消えた。

 大きな仕事になるな。

 『赤いサソリ』は、その報酬で、前から調べていた最新の治療を娘に施そうと考えていた。

 ◇

 屋久島で、神樹花子様を癒した俺たち一行は、沖縄に来ていた。

 二泊三日で、沖縄を楽しむ予定だ。
 本当は民宿が良かったのだが、宿の人に気を遣わせてもいけないから、結局ホテルに泊まることにした。

 予約は前後一日の余裕をもって取ってあるそうだ。柳井さんの配慮が嬉しい。
 親戚が沖縄にいるという事で、今回は土地勘のある遠藤に案内を頼んである。

 ホテルの前で遠藤の出迎えを受け、一行は別棟となっているヴィラに向かった。
 今回、俺たちは、八棟のヴィラを予約してある。四泊分の費用は七百万円ほどだったが、今の俺にとってはどうという事の無い金額だ。

 各ヴィラには専用のプールがついており、寝室に加え広い居住スペースがついているのが特徴だ。

 リーヴァスさん、ルル、ナル、メル、ノワール。
 コルナ、コリーダ、コリン。
 エミリー、翔太、俺、ブラン。
 ミミ、ポル。

 これで四棟。

 柳井さん、ヒロ姉。
 後藤さん、遠藤、サブローさん。
 黄騎士、緑騎士。
 黒騎士、桃騎士。

 これで四棟。

 今回は、『異世界通信社』『ポンポコ商会地球支店』の慰労も兼ねているからね。

 部屋に入り、青いウエットスーツに着替える。さあ、これから海へで出るぞというタイミングで、点ちゃんから報告が入る。

 『地球の家』に怪しい人影が近づいているというのだ。

 ◇

 素早く人数分の点ちゃんボードを出した俺は、後をリーヴァスさんに任せると、ブランだけ連れ瞬間移動で『地球の家』まで帰ってきた。

 服装は青いウエットスーツのままだ。
 俺は点が敷地全体に行きわたっているのを確認すると、建物と周囲の木立に挟まれた土地にも点を散布した。

 点ちゃん、そいつの様子はどう?

『(Pω・) 森の中に隠れてるよ』

 もうすぐ夕方だが、外はまだ明るい。
 おそらく奴は暗くなってから動きだすつもりだろう。

 点ちゃん、ブランに記憶チェック頼んでもらえるかな。

『(^▽^)/ はいはーい』

 相変わらずの、お気楽な点ちゃんが頼もしい。

 それから五分も掛からずに、ブランが俺の肩に飛びのる。
 雪に覆われた公園で、男が茶封筒を受けとる映像が見える。
 茶封筒から出てきたのは、俺と家族の写真だった。

 なるほどね。いつか来ると思っていた時が来たわけだ。
 俺は、男が病院に行き、娘の看病をする光景も見た。
 そして、薄暗い墓地で墓石を横にずらすと、そこから黒いアタッシュケースを取りだすところも。
 そのアタッシュケースを取りだすとき、男はなぜかエプロンのような服と、肩まである手袋をつけていた。

『(・ω・)ノ ご主人様ー』

 点ちゃん、なんだい?

『(Pω・) この男の人、すごく危ないモノ持ってるね』

 危ないモノ?

『前にアメリカって言う国で、いっぱい危険なモノ消したでしょ』

 ああ、核兵器ね。

『あの中に入っていたのと同じようなものを持ってるよ』

 俺はピーンと来た。
 彼が持っているのは、恐らく放射性物質だろう。
 だからエプロンと手袋が必要だったんだな。

 いつかニュースで見たが、北の大国が放射性物質を使い、都合が悪い政敵やジャーナリストを暗殺するという事件があった。
 男の記憶から考えても、彼は北の大国出身かもしれない。

 陽が落ち、辺りが次第に暗くなり、木立の木々が黒々としてきた時、男が動いた。
 ただ、なぜか俺には男が見えていた。

 パレットに映さずとも、人影がゆっくりと玄関に近づいてくるのが分かる。

 男は持っていたカバンらしきものの中から何かを取りだすと、それを玄関の取っ手に近づけた。

 魔術で灯りをともす。
 突然周囲が明るくなったため、男は立ちどまった。

 宇宙服のようなモノで着ぶくれた、暗視ゴーグルをつけた男が、左手で目を押さえている。
 右手には、注射器のようなモノを持っていた。

 俺は闇魔術で男を眠らせると、『地球の家』屋上から男の体を調べた。

『(Pω・)Q 危ないモノは、あの容器に入ってるね』

 俺の視界に点ちゃんの矢印が出る。
 それは注射器を指していた。
 注射器から噴射された放射性元素はノブに付着し、それを手で触った者の体に移る。
 被害者は、放射線障害を起こして死ぬという手はずだろう。
 しかし、そんなもの事を調べる医者も検視官もまずいないから、自然死として扱われるはずだ。

 点ちゃん、ドアには危険なものはついてないかな?

『(・ω・) 大丈夫、ドアにつける前だったみたい』

 俺は男がいる位置で注射器を点収納にしまうと、点ちゃんに周囲をチェックしてもらった。

『(・ω・)ノ ご主人様ー、大丈夫みたいだよ』

 男の記憶を見るかぎり、彼は一匹狼のようだし、周囲に仲間はいないようだ。
 さて、どうするかな。しかし、なぜ暗闇で、男の姿が見えたのだろう。

 とりあえず、男をある場所に運ぶことにした。
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