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第九章 異世界訪問編
第32話 エミリー研究所1
しおりを挟む異世界科の授業に参加した後、翔太、エミリー、ハーディ卿、ブランを連れ、アフリカに建てた『エミリー研究所』を訪れた。
当初、ハーディ卿の助力に感謝してつけた研究所の名前だったが、今となってはこれほどふさわしい名前はあるまい。
今、俺たちは、研究所のカフェで、先に送りこんでおいたジョイ、ステファンとテーブルを囲んでいる。
「ジョイ、ステファン、研究の調子はどうだい」
「シローさん、それはもう刺激的ですよ。
この世界の科学は魔法が無い前提で進歩してますから、私たちの科学とかなり違います。
学園都市と較べると、一見遅れているようにも見えますが、各分野で面白い研究が山ほどあります」
興奮した様子のステファンが、一息で報告する。
「ジョイ、君の方はどうだい?」
「はい、すでに『枯れクズ』からエネルギーを取りだす装置の大まかな構想はできています」
「本当かい!
凄いじゃないか」
ハーディ卿が興奮した声を上げる。
「シローさんと会うきっかけになった、神樹様の探索装置がありましたよね」
「そう、あれで君を引きぬこうと決めたんだよ」
「あの装置を改造すれば、エネルギーを取りだせそうなんです」
「いいね。
試作機はいつごろできそう?」
「そうですね。
いくつか技術的なハードルはありますけれど、ここには優秀な人材が揃っていますから、一か月は掛からないと思います」
アメリカから、ノーベル賞受賞者、候補者が大勢来ているからね。
「分かりました。
完成次第、『異世界通信社』に報告を入れてください」
二人から話を聞いた後、俺たちは『エミリー研究所』を見てまわった。
スタッフの中には、ハーディ卿の知りあいも多いから、皆は気楽に建物内を散歩している。
初期から較べると、研究所は三倍以上の人数に膨れあがっていた。
黒人が目立つのは、『枯れ枝』がアフリカを救う可能性があるからだろう。
一つの建物を訪れた時、数人の研究者を引きつれた高齢の白人が、俺たちに近よってきた。
老人は髪がとさかのように立っており、俺はベートーベンの肖像画を思いだした。
「あんたがシローかね」
当然、俺は返事もしない。
ジョイと先ほどの装置の話を続けている。
「おい、聞こえんのか!」
俺は全く耳を貸さない。
横で翔太がクスクス笑っている。
「君、ノーベル賞受賞者のノーティス博士に失礼だぞ!」
取りまきの若い研究者が俺に詰めよる。
「なるほど、その点がクリアされたら小型化もできるね。
ジョイ、他世界の研究所にもそれを知らせたいから、発表の用意をしてもらえるかな。
録画して各研究所に配るよ」
「分かりました」
「おい!
博士の言葉を聞かんか!」
取りまきの若い研究者がわめいている。
聞く必要はないのだが、とりあえず意識を向けてやる。
「あんた、誰?」
「馬鹿者!
こちらのお方は、量子力学でノーベル賞を取られたノーティス博士だ!」
「何の話?」
「私たちは、教授こそがこの研究所の所長に相応しいと考える有志一同だ。
博士を所長にするのに異存はないな?」
「で、その博士とやらは、『枯れクズ』の研究で、どんな成果を挙げたか聞かせてもらえるかな?」
「う、そ、それは……」
取りまきを押しのけ、博士が前に出てくる。
「そんなガラスの欠片なぞに何の価値がある?
これまでの実績こそ全てだ」
俺は先ほど話していた若い研究者に尋ねた。
「ところで、その有志一同とは?」
若い研究者が何人かの名前を挙げたので、俺はそれを点ちゃんノートに記録した。
最後にノーティス博士の名前を書きくわえる。
「ただ今をもって、ここに名前がある全員を当研究所の職員から外す」
俺はいつもの口調で、そう話した。
「「「えっ!」」」
教授の取りまきが、ギョッとした顔をする。
「まあ、当然の判断ですな」
そう言ったハーディ卿が、俺の横で口ヒゲを撫でている。
「お、おいっ!
ノーティス博士だぞ!
そんなことが許されるのか!」
「許されるも許されないも、もう決まったことだ。
即刻、この施設を立ちされ」
要所に待機している警備員の一人を呼びよせる。
文字を可視化した点ちゃんノートを彼に渡す。
「ここに名前がある者は、すでに当施設の職員ではない。
一時間以内に叩きだせ」
「はっ、了解です」
俺たちに詰めよろうとする研究者を、警備員が引きはなす。
「貴様、覚えておけ!
ただじゃ済まさんぞ。
ワシは我が〇〇国の首相とも友人だ。
断固として国から抗議してやる」
博士が口からツバを飛ばし、叫んでいる。
俺は懐から特別製のスマートフォンを取りだす。
ある番号を押した。
「ハインツさん?」
『これはこれは、シローさん。
初めて直接お話しします。
地球に帰られているのでしたね』
俺が電話を掛けたのは、〇〇国の首相だ。
〇〇国はヨーロッパの強国で、首相は女性だ。
「いま、目の前にノーティスという人物がいるのですが、たった今、研究所をクビにしたところです」
『なっ!
一体、彼がなにを?』
「お山の大将をしたかったようです。
この研究所には不要の人物ですね」
『し、失礼しました。
何とか我が国との関係だけは切らないでいただきたい』
「そんなことは考えていません。
ただ、研究者を派遣するときは、きちんと人物をチェックしてください」
『も、もちろんです!
彼はそこにいますか?』
「ええ」
『電話口に出してもらえますか?』
俺はオープン回線にしたスマートフォンをノーティス教授に手渡した。
彼が怪訝な顔で、それを耳に当てる。
『ノーティス!
あなた、やってくれたわねっ!』
「しゅ、首相、な、なんで……」
『あんた、自分が何をしたか分かってるのっ!』
「な、なにをと言われましても……」
『彼を怒らせてごらんなさい。
わが国だけ『枯れクズ』を売ってもらえないことになりかねないのよ!』
「そ、それがどういう……」
『あんた、馬鹿なの!?
世界中で我が国だけ『枯れクズ』を売ってもらえないとなると、世界で最も貧しい国に転落するのよ』
「な、なぜ……」
『さすがの友人でも、今回のミスばかりは、かばいきれないわ。
あなた、帰ってきてもまともな大学が相手にしないわよ。
いえ、それどころか世界中の大学で、あなたを雇うところは一つも無いはずよ』
「ど、どうして、そんな……」
『自分が招いたことだわ。
自分で責任を取りなさい。
我が国の公共機関には、一切接触しないで。
我が国とあなたに、まだ関係があると思われると困るから』
首相は別れの挨拶もせず、電話を切った。
俺は、ノーティス博士の震える手から、特別製スマートフォンを摘まみあげ、懐にしまった。
このスマートフォンは、ポータルズ条約加盟国首脳と俺だけのホットラインだ。
へなへなと床に座りこんだ博士と、呆然と立ちつくすその取りまきを放っておき、俺たちは、さらに施設をまわった。
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