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第八章 地球訪問編

第34話 委託販売

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 同窓会があった日から三日後、史郎たちが通っていた学校がある町でのこと。

 白神酒造は、この町で古くから酒屋を営んでいる。
 三代ほど前から酒造りはしなくなったが、今でもこの辺りで親しまれている店だ。

 白神は、自分の実家「白神酒造」のロゴがついた自転車に乗り、得意先へビールを届けて帰ってきた。

 母親が店先に出ているのが見える。
 きっと、どこかからクレームが来たのだろう。
 彼は暗い気持ちになり、自転車から降りた。

「達夫、あんた、一体何やらかしたんだい?」

「かあちゃん、どうしたの?」

「ほれ、世間で有名になってる『異界』だの『妖怪』だのがあるだろう」

「ああ、『異世界』のことかな?」

「そうそう、その『異世界』からあんたに電話があったわよ」

 うーん、異世界から電話って、どういう意味だろう。
 異世界に行ってた同級生はいるが、異世界にいる知りあいはいないはずだが。
 だいたい、異世界から電話って通じるのか?
 彼がそういうことを考えながら店に入ると、電話が鳴った。

「もしもし、白神酒造ですが」

「こちら、異世界通信社です。
 私、後藤というものですが、達夫さんいらっしゃいますか」

「私が達夫ですが……」

「リーダーと替わりますから、少々お待ちください」

「リーダー?」

「もしもし」

「もしもし、白神ですが」

「ああ、白神か。
 俺だよ、ボーだ」

「ああ、電話はお前んとこだったのか。
 母ちゃんがよく分からんこと言ってな」

「今日は、お前に商談があって連絡した。
 ちょっと大口の取引だから、お前、こっちまで出てこられるか?」

「こっちって、どこだ?」

「〇〇県の〇〇って町、知ってるか?」

「ああ、知ってるが、割と遠いな」

「いいか、よく聞けよ。 
 その町のホワイトローズって喫茶店に今日三時に来い」

「でも、それだと今から駅に急いでぎりぎりだぞ」

「いいから、すぐ来い。 
 俺がお前にやれるチャンスは一度きりだ。
 それを生かすか殺すかは、お前次第だ」

「分かった。
 間に合わなくても文句言うなよ」

「間に合わなかったら商談は無しだ。
 急げよ」

「ああ」

 白神は、狐につままれたような気持で外出着に着替えた。

「かあちゃん、今から商談に行ってくる」

「商談って、あんた、相手は誰だい?」

「たぶん『異世界通信社』ってところ。
 大口の話らしいよ」

「ふーん、でもまだ高校も卒業してないようなあんたと、大口の商談なんか本当にしてくれるもんかね」

「まあ、とにかく行ってくるよ」

「しょうがないねえ。
 午後の配達は私が代わっとくよ」

 白神は、こうして『ホワイトローズ』へと向かった。

 ◇

 店に着いたのは、約束の十五分前だった。

 ツタの絡まる落ちついた外観の店で、昔からやっている雰囲気がある。
 室内も落ちついた色調だった。
 やけに姿勢がいい、イケメンのマスターが、グラスを磨いている。

 右奥のテーブルに、茶色の布を巻いた頭が見える。
 白神は、マスターに会釈すると、そのテーブルに歩みよった。

「おい、ボー。
 用件はなんだ?」

「お、間にあったな。
 とりあえずは合格と。
 用件か、用件は電話で話した通り商談だ」

「商談たって、相手は誰だ?」

 史郎が自分の顔を指さす。

「おい、冗談はやめてくれ。
 どうやってお前と商談するんだ」

「ああ、同窓会では言わなかったがな。
 俺は、店を七軒持ってる」

「店って、『お店が繁盛してますね』の店か?」

「ああ、その店だ」

「よく分からんが……」

「そこに立たれてたんじゃ落ちつかない。
 とにかく座れ」

「あ、ああ」

 白神が向かいに座ると、史郎は話しはじめた。

「さっきも言ったが、俺は各世界ごとに支店を作ってるところでな。
 いままで、五つの世界で七つの店を開いてきた。
 地球でも、すでに開店の準備に入ってる。
 今日はその店とお前んところの商談だ」

「店って、何の店だ」

「ああ、なんでも扱ってるから、なんでも屋かな」

「何ていう名前だ」

 史郎は、そこで少しためらうようなそぶりを見せた。

「名前か、名前はな……『ポンポコ商会』だ」
 
「えっ? 
 よく聞こえなかった。 
 もう一度言ってくれるか?」

「だから、『ポンポコ商会』だよ」

「……お前、俺を馬鹿にしてるなっ!」

 白神は、席を立とうとした。
 その時、史郎の手に突然グラスが現れる。

「悪いことは言わないから、帰るにしても、それを一口試してから帰れ」

 席を立ちかけた白神がドスンと腰を落とす。
 グラスには、一度も見たことがないような黄金色の液体が入っていた。

「貴腐ワイン? 
 いや、違うな、色がやや薄い」

「詳しいな。
 さすが酒屋の息子だ」

 白神は、高校生になる頃から、職人肌の父親の手ほどきで、散々利き酒をさせられてきた。
 グラスから立ちのぼる香りは、とてつもない可能性を感じさせた。帰りかけた彼が再び席についたのは、それが理由だ。

 ワインの要領で、すこしグラスを回してからもう一度香りを聞く。
 あり得ないような芳香が立ちのぼった。

 体が痺れるような期待が沸きおこる。
 最初は父親に無理に連れこまれた酒の世界だったが、白神は、いつの間にかその豊かな世界に魅せられていた。
 唇を軽く湿らせ、少量を口に含む。

 全身を衝撃が貫いた。なんだこの酒は……。

 いつも懐に入れている日本手ぬぐいを出し、それにそっと酒を吐きだす。
 俺が二十歳なら、こんなもったいないことしないんだが。
 酒が飲めない年齢であるのを、これほど悔しく思ったことはない。

 しばらく目を見開き呆然としていた白神だが、やっとのことで声を出した。

「お、おい。
 一体何なんだこの酒は?」

「ああ、ある世界にフェアリスって種族がいてな。
 彼らが造ってる『フェアリスの涙』って酒だ」

「とてつもない代物だな」

「そうか。
 お前、それが分かるか。
 これは異世界でも『幻の酒』って言われてる。
 どうせなら、価値が分かるやつに商ってもらいたいからな」

「お、お前、っていうことは、これをウチに卸してくれるのか!?」

「ああ、独占販売だ。
 物凄い利益が出るぞ」

「本当か! 
 で、いくらくらいで卸してくれる」

 喜んでいても、金額はきちんと確認する。
 さすが商売人の子だ。

「そうだな……」

 坊野少年は、少し考えていた。

「お前、その目の前にあるグラス一杯の酒がいくらくらいするか分かるか?
 もちろん、この世界の値段に換算してだ」

「うーん、このレベルの酒になると、利き酒したことがないから想像もつかんが……。
 ボルドーの極上のワインを基準にすると、三万円とかか?」

「お前、味はわかるが、値段はまだまだだな。
 そのグラスの中身だけで三百万円はするぞ」

「さ、三百万……」

「しかも、今回はお前んとこの独占販売だろうが、これだけで五百万以上で売れ」

「ご、五百万……」

「ああ、とりあえず、これだけ渡しとく。 
 言っとくが、この分の支払いは出世払いだ。
 儲かってから払ってもらったらいい」

 彼は、そう言うと、机の上に小型の樽をどすんと置いた。

「お、おい、これいくら分だ?」

「ああ、十億くらいはあるんじゃないか」

「……」

「いいか、チャンスはやれるが、あとはお前次第だ。
 思いっきり売ってみろ。
 絶対に値引きはするなよ」

「ボー、お前……」

 白神は、しばらく言葉を失った。

「俺、同窓会で、お前にあんなひどいこと言ったのに」

「お前、小学生の時、ときどき遊んでくれたな。
 お前は忘れても、俺は忘れない」

 白神は、落ちこみがちだった史郎少年をよく遊びに誘ってくれた子供だった。

「そんなことで、お前は……」

「おい、涙流してる時間があったら、汗を流せよ。
 これの売上は、俺の会社にも入ってくるんだ。 
 しっかり売ってくれ」

「あ、ああ! 
 売るとも、売る。
 ボー、俺はこの酒で、日本一の、いや、世界一の酒屋になってやる!」

「その意気だ。
 じゃ、後は、『異世界通信社』を通してやりとりしてくれ。
 こっちの『ポンポコ商会』が正式に立ちあがったら、そちらとの取引になる。
 頼むぞ」

「おう、任せとけ!」

 こうして、『ポンポコ商会』と『白神酒造』の商談は成立した。
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