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第八章 地球訪問編
第7話 家庭訪問 畑山家2
しおりを挟む昼食は、四人で街に行き、ラーメンを食べた。
外食の間、白猫は畑山さんの弟、翔太君が面倒を見てくれている。
お金は、畑山さんがおやじさんからもらってきた。
ラーメン屋で、お店の人やお客さんが俺たちの方を見ていたが、それは主に俺のせいだ。
加藤、舞子、畑山さんは、実家にあった服に着がえているからよいのだが、俺は冒険者の格好だからね。
加藤が服を貸してくれようとしたが、前回地球に帰ったときも冒険者の格好で済ませたから、断っておいた。
頭に巻いた茶色い布と冒険者の格好は、残念なコスプレイヤーに見られるらしい。
食事の後、俺たち四人は、町をぶらつき、久しぶりの日本を楽しんだ。
夕方、畑山邸に帰ると、ブランを抱いた翔太君がすごくいい顔をしていた。
「ブランちゃんは、すっごくかわいいね。
僕の言うことが、よく分かるみたい」
まあ、本当は特殊なスライムだからね。
「翔太君、ブランの世話ありがとう。
はい、これお土産」
中華街で買ってきたお菓子を渡す。
「ボーさん、ありがとう!」
これ畑山さんのお金で買ったんだけど。
いや、こんなに純真でいいのかね。
『(・ω・)つ いいに決まってるでしょ。
ご主人様も見習ってください』
へいへい。
『(; ・`д・´)b 返事は、「はい」一回』
あれ? 前にもこんなやりとりしなかったか?
◇
夕食は、長テーブルがある、例の大広間に用意された。
黒服たちも何人か一緒するようだ。
テーブルの上に、卓上コンロが四つ置かれた。
具材が入ったボウルがあるから、どうやら鍋のようだ。
そう思ってると、白い調理服を着た男性が三人、部屋に入ってきた。
七十才くらいの痩せた老人と、四十代だろう真面目そうな二人だ。
「おやっさん、わざわざ済まねえな」
老人は畑山さんの父親が贔屓にしている料理人らしい。
「いえいえ、いつもお世話になってますから、このような時に恩返しさせていただきませんと」
「すまねえ。
まあ、気張らず、この若えのを楽しませてやってくれ」
「へい!」
三人の料理人は、キビキビ動くと、座敷用のカウンターを組みたて、そこに鮨だねを並べはじめた。
「始めるか」
おじさんの一声で、黒服がばっとテーブルに着く。
俺たちは、二人ずつに分かれておじさんの左前と右前に向きあって座った。
俺と加藤、畑山さんと舞子が並んで座る。
畑山さんとおじさんの間には、翔太君が座った。
「いただきます」
黒服で一番上座に着いた男が、太い声で言う。
「「「いただきます」」」
他の黒服達が、ピタッと声をそろえた。
食事が始まるとすぐ、加藤は鮨職人のところへ行った。
その空いた席に、さっき「いただきます」の音頭をとった年配の黒服が来る。
向こう傷があるその顔に、俺はちょっとびっくりして、体を遠ざけてしまった。
「オジキ、どうぞ」
酒が飲めない俺に、ジュースを注ごうとする。
それも問題だが、この場合、他に訊くべきことがあった。
「あの『オジキ』って、何です?」
「へい。
貴方は、親分の兄貴分ですから、そういうことになります」
えっ!
俺は一瞬言葉を失った。
いつの間にそんなことに?
「あのー、ちょっとすみませんが……」
俺は、畑山のおやじさんに話しかけた。
「なんでござんしょ、史郎さん」
ござんしょ、じゃありませんよ。
「あのー、この方から、今、オジキと呼ばれたのですが……」
「ええ、あんたは、命懸けで麗子の言伝を持ってきてくんなさった。
そのうえ、翔太の命まで助けてくだすった。
それで、あん時の気風の良さ。
あっしは、感服しましたぜ」
いえ、それでは「オジキ」と呼ぶ理由にはなってませんよ。
「てぇことで、こいつらには、あんたを俺の兄貴として扱えって言ってあるんで」
おやじさん、あんたが原因か!
俺は、その呼び方をやめてもらうよう言おうとした。
しかし、その時、畑山さんと目が合ってしまった。
彼女は真剣な顔で、頷くジェスチャーをしている。
あれは、「受けいれろ」のサインだな……。
俺は絶望の淵に沈んだ。
それから、黒服全員が俺の所にジュースを注ぎにきた。
俺の胃袋は、ジュースでちゃぷちゃぷだ。
「おい、ボー、あそこの鮨、むちゃくちゃ旨いぞ」
くそう、加藤のヤツ。俺が食べられない状態だと分かって言ってないだろうな。
こうして、鍋と出張握り寿司の豪華な夕食は、俺にとってジュースで腹を膨らませるだけの結果に終わった。
◇
食事の後、テーブルの上が綺麗に片づけられ、鮨職人と黒服が出ていくと、座敷は俺たち四人と畑山の父親だけとなった。
さっきまで賑やかだっただけに、静かになると妙な緊張感が漂う。
「麗子、向こうでどうしてた」
父親の問いかけに、畑山さんが、アリストであったことをおおまかに話す。
異世界転移した後、城に招かれたこと。
国が戦禍に巻きこまれそうになったこと。
ごたごたの中で、国王が殺されたこと。
そして、自分が新しい国王に選ばれたこと。
おじさんは、腕組みの格好で、それをじっと聞いていたが、畑山さんが話しおえると俺の方を向いた。
「で、史郎さんから見て、麗子の国王ぶりはどうなんで?」
ここは言葉を飾る必要はあるまい。
「それは、見事なものですよ。
女王としての彼女を悪く言っている臣下、国民を見たことがない。
これは、並大抵の事ではありません。
私も彼女の国に住んでいるから分かりますが、すばらしい女王陛下です」
畑山さんは、途中から赤くなってうつむいてしまった。
「そうか、そうか」
おじさんが、心から感心したような声を出した。
「あんたが言うんなら、娘は国王として立派にやっておるのですな。
ワシがこのような仕事をしとるから心配しておったのですが、トンビが鷹を生んだようです」
その言葉には、おれもグッときた。
しかし、問題は、おじさんが次に口にした言葉だった。
「ところで、史郎さんが以前おいでになったとき、麗子には心に決めた人がすでにおるとうかがっていたのですが。
相手は、どんな男です?」
俺の前に座る畑山さんが息を飲むのが分かった。
隣にいる加藤の事は、見る必要もないだろう。
「えー、いい男ですよ。
人が困ってると放っておけない。
いつも弱い者の味方をする。
それは凄い奴です」
俺は正直に答えた。
「ほう。
向こうの世界には、気骨のある男がおるのですな。
で、何をしている男なんです?」
これには俺も困った。ここで勇者と答えていいのかどうか難しいところだ。
おじさんは、加藤が勇者だと知らないから、言っても問題は無いと思うのだが……。
そこに、意外な伏兵が現れた。
翔太君だ。
パジャマを着て、ブランを抱いている。
「お父さん、お休みなさい」
「ああ、お休み」
どうやら、畑山家では、寝る前に父親に挨拶する習慣があるらしい。
「ねえ、ボーさん。
今日はブランと一緒に寝てもいい?」
点ちゃん、ブランに今日は翔太君と寝るように言ってくれる?
『(・ω・)ノ 分かったー』
翔太君は、ブランを抱いたまま、おじさんの膝にこちら向きに座った。
「加藤のお兄ちゃんは、お姉ちゃんの事、どう思ってるの?」
「ちょ、ちょっと翔太!
何を言ってるの!」
畑山さんが慌てる。
「だってお姉ちゃん、加藤さんの事が好きなんでしょ」
「ど、どうしてそれを……」
語るに落ちるとはこのことだ。
「だってお姉ちゃん、加藤さんの写真、いっぱい持ってるんだもん」
万事休すだな。こうなれば、ジタバタしても仕方あるまい。
「おじさん、さっき畑山さんの相手が何をしてるか尋ねていましたよね。
彼は、勇者をやっています」
俺が隣の加藤を指さす。
「ほうっ!
すると、その男が、麗子の思い人ですか」
『(((;゜Д゜))) ご主人様ー、勇者カトーは、ガクブルが板についてきたね』
よく見てるね、点ちゃんは。
そうだね、ガクブル専門になってきてるね。
ガクブル勇者だね
おっと、今はそれどころではなかった。
「お父さん、もうやめてあげて。
その人が、私の好きな人。
幼稚園の頃からずっとね」
畑山のおやじさんが、翔太君を立たせ、自分も立ちあがる。
ゆっくり、俺の方、つまり加藤の方に近づいてくる。
加藤の肩に左手を置いたと思った瞬間、右手が彼の顔に飛んだ。
加藤は余裕がある動作で、それを受けとめる。
「ほう。
あんた、ただ者じゃねえな」
立っているおじさんが、座った加藤を見下ろす。
加藤も、覚悟を決めたようで、おじさんから目を離さない。
「お父さん、もうやめて!」
畑山さんが立ちあがり、机を回りこんで、加藤の横に座る。
おじさんが、その畑山さんに、右手で張り手を放った。
俺は、それが寸止めされると分かっていたので、動かずにいた。
しかし、そうは思わなかったのが加藤だ。
すごいスピードで振られるおじさんの右手を左手一本で軽々と止める。
加藤が握ったおやじさんの手首が締めつけられ、骨がゴリッと音を立てた。
「いい加減にしろっ。
自分の娘に何てことしやがる!」
加藤が声を上げる。
俺が肩をポンポンと叩くと、彼は手を放した。
「なるほど、ちったあ気骨があるようだな」
おやじさんが、ニヤリと笑う。
加藤が握っていた右手には、くっきりと指の痕がついていた。
おやじさんは、自分の席にもどると、一つ息をついた。
「さっき史郎さんが言ってた事が本当なら、麗子に相応しい男かもしれん。
だが、ワシはまだ認めとらんからな」
「ああ、それで結構だ」
加藤が、普段通りの声で答えた。
「ボク、もう寝るね」
全ての元凶である小悪魔翔太君は、トコトコと部屋から出ていった。
悪意がないって、時に悪意があるより恐ろしいな。
『(・ω・) 全くです』
お、珍しく点ちゃんが同意してくれたか。
『(・ω・)つ それ、ご主人様にも当てはまるから、誤解しないよーにー』
えええっ、自分も小悪魔してる時があるってこと。
俺もは思わず頭を抱えるのだった。
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