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第八章 地球訪問編

第6話 家庭訪問 畑山家1

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 朝食の席では、舞子のご両親を前に、俺たちはいささかばつが悪い思いをしていた。
 昨日、自分が話したいことだけしゃべりまくったからだ。だから、林先生の事もまだ伝えていない。
 朝食後、舞子がそのことに触れると、おじさんは少し目を閉じ考えていたが、静かな声でこう言った。

「舞子、林先生が学校にいられるようにしてあげなさい」

 それを聞いたおばさんは、ニッコリ笑っただけで何も言わなかった。

 手を振るおじさん、おばさんに別れを告げ、「初めの四人」は点ちゃん1号で畑山さんの実家に向かった。
 彼女の実家は、学校がある街から南東方向に200kmほど離れた、中規模の地方都市にある。港湾都市として有名な街だ。
 そこに向かう点ちゃん1号からは、瀬戸内海はもちろん、はるか四国まで見渡せた。

 俺たち四人は、上空からボードで畑山家の広い庭に降りた。凝った造りの日本庭園だ。
 枯山水を壊さないよう、ボードに乗ったまま庭に面した廊下まで横滑りする。
 畑山邸が初めての加藤と舞子は、目を丸くしている。

 「こ、ここが、畑……いや、麗子さんの家?」
 「……こんなすごいところに住んでいたのね」

 呆れ顔の二人が、棒立ちしていると、障子が開き、黒服を来た若い衆が顔を出した。

「お嬢様、お帰りなさい」

 恐らく、邸内にある監視カメラが俺たちの姿を捉えたのだろう。

「田中、久しぶり。
 父さんは?」

「へい、広間にいらっしゃいます」

「これ、私の友達。
 上がるわよ」

「どうぞ、こちらへ」

 黒服が、俺たちを奥の座敷に案内する。
 座敷には相変わらず長いテーブルがあり、床の間に背を向けて畑山さんの父親が座っていた。
 今日は黒服の姿は、他に見えない。
 畑山さんの父親が、俺たちを案内した黒服に耳打ちすると、彼はすぐに出ていった。

「お父さん、ただいま帰りました」

 畑山さんが、三つ指をついて頭を下げる。
 俺たちもその後ろで正座した。

「麗子、よく帰ったな。
 ところで、史郎さんとおっしゃったか、何でそんな格好してるんで。
 どうか足を崩しておくんなさい」

「いや、俺はこのままでいいよ」

「ボー、あんた前にここに来た時、なんかやったでしょ」

「い、いや、特に何もしてないんだけど」

「お父さん、その床の間に飾ってあるテーブルは?」

 言われてみれば、なぜか床の間に、テーブルが立ててある。

「ああ、これは史郎さんが上を歩きなさったテーブルでな。
 皆がその時のことを忘れんように飾ってんだ」

 俺は、絶望から天井を見あげてしまった。

「ボー、若い衆に手を出さないでって言ったでしょ!」

「いや、俺は別に……」

「麗子、史郎さんに滅多な事言うもんじゃねえ。
 ウチの家族にとっちゃ大恩あるお方だぞ」

「誘拐された翔太を助けてくれたっていうのは聞いたけど、それとテーブルがどんな関係があるの?」

「いや、それはこちらの落ち度でな。
 お前の言伝を持ってきてくださったのに、散々失礼しちまったんだ。 
 史郎さん、あの時は済まなかった。
 改めて謝らせてくだせえ、このとおりだ」

 おやじさんが、頭をテーブルにつける。
 お手上げ状態の俺は、何か言う気力も失せていた。

「ボー、お前一体何やったんだ?」

 加藤がそうささやいて俺の服を引っぱる。

「いや、見事な啖呵だったよ。
 若い衆のいい勉強になった」

 その時、「入ります」という元気な声がすると、フスマが開いた。
 そこには、畑山さんの弟、翔太君が立っていた。
 おかっぱ頭にした、色白の少年だ。白いシャツを着て、半ズボンをはいている。
 畑山さんの弟らしく、すでに美男子の片鱗がうかがえた。
 確か小学五年生のはずだ。

「お姉ちゃん、お帰り。
 ボーさん、あの時はありがとう!」

 翔太君は、畑山さんの横に座るとキラキラした目をして、俺を見ている。
 彼の純粋な視線が痛いよ。

『( ̄ー ̄) ご主人様は、不純ですからねー』

 えっ! 俺って、点ちゃんから不純って見られてたの? 
 そ、そんな……。

 点ちゃんからのクリティカルヒットが、俺の心に突きささる。

「まあ、いいわ。
 あとで、きちんと映像を見せなさいよ」

 畑山さんが、俺の目をじっと見る。
 クリティカルヒットを受けたばかりの俺は、それで心が折れてしまった。

「は、はい……」

「父さん、今日、この三人を泊めてもらってもいいですか?」

「それは、もちろん構わんぞ。 
 史郎さんとは少し話があるから、そのときはこちらに来てもらってくれ」

「はい、分かりました」

 俺たちは、畑山さんに連れられ、廊下を何度も曲がり、そこだけ西洋風になっている区画に来た。
 彼女がドアを開けると、二十畳くらいある広い部屋があった。部屋の片隅には巨大なベッドが置いてあり、しわ一つなく、シーツが掛けられていた。
 他には、黒い木材で作られた、重厚なデスクが置いてある。
 非常によく片づけられている。

「ここが畑山さんの部屋?」

 あまりに驚いた加藤が、「麗子さん」呼びを忘れている。

「そうよ。
 あまり広くないけど。
 寝起きするには十分ね」

 これで広くないなんて、どういう感覚よ。

「畑山さん、本や洋服はどうしてるの?」

 読書家らしい、舞子の質問だ。

「ああ、そういうものはね……」

 畑山さんは、つかつかと、奥の壁に近づくと、それをパッと開けた。
 壁だと思っていた扉の後ろには、たくさんの本が並んでいる。これは羨ましいな。

「服はこっち」

 畑山が、奥のドアを開ける。
 覗きこむと、八畳ほどの部屋に、ハンガー台やタンスが置かれている。大きなハンガー台には、その八割くらい、洋服が吊るされていた。

「おれ、この広さなら十分住めるぞ」

 加藤が、貧乏くさいことを言っている。

「うわー、すごい。
 素敵だね」

 舞子は、純粋に感動しているようだ。

 畑山さんは、ウォークインクローゼットの隅に立てかけてあった、ちゃぶ台のようなものを片手で持つと、元の部屋に戻った。
 ちゃぶ台を床に置き、俺たちをその周りに座らせる。
 床は毛足の長い絨毯が敷きつめられているから、座ると気持ちがいい。

「さあ、ボー、前にここに来た時の映像出しなさい」

 俺は仕方なく壁にスクリーンを貼りつけ、映像を流した。
 

 黒服が横に控えたテーブルの上を俺が歩いている。

『てめえ! 何のつもりだ!』

 末席の黒服が叫んで立ちあがる。懐に手を入れている。

『え? これって廊下じゃないの?』

 黒服達が、ガタっと立ちあがる。

『これの何処が廊下に見える!』


「……もういいわ。
 なんでこんなことやったの?」

「いえ、実は、このことがある前に……」

 俺は、物置に連れこまれ、五人の黒服から問答無用で殴りかかられた話をした。
 それで彼女もやっと納得してくれたようだ。

「まあ、事情は分かったわ。
 そのことは不問にしてあげる」

「ボー、前から思ってたけど、お前って時々、驚くほど度胸があるよな」

「そうか? 
 自分では、そんなことを言われる覚えはないんだがな」

「史郎君、危ないことはしちゃだめよ」

「ああ、舞子。
 そうするよ」

「ところで、明日は、ボーの所に行くの?」

 加藤と舞子が顔を見合わせる。彼らは、俺ん家の事情を少し分かってるからね。

「いや、畑山さん。
 それは不要だよ」

 俺は子供時代の話はせずに、前回地球に帰還した時、実家を訪れた話をした。

「あんた、それでいいの?」

「ああ、本当に心の底からそう思ってる」

「やっぱり、家族って最初から家族であるわけじゃなくて、家族になっていくものなのね」

 畑山さんが、深いことを言う。

「俺たちだって、ボーの家族みたいなもんだろ。
 それでいいじゃないか」

 加藤も俺を慰めようとしている。

「史郎君、いつでもウチに来ていいんだよ」

「舞子っ! 
 ボー、今のは無しだからね!」

 最後に、舞子が大胆なことを言い、畑山に止められた。
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