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第七章 天竜国編

第30話 新生ポンポコ商会1

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 青竜族の役所を出た史郎は、商業地区へとやってきた。

 三軒に増えたポンポコ商会の前は、相変わらず行列ができていた。

「あ、お兄ちゃん!」

 イオの言葉でお客がばっとこちらを向く。
 俺の姿を目にした彼らは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 あちゃー、これじゃあ、商売の邪魔になるだけだな。
 俺は仕方なく、イオの家に瞬間移動した。
 俺の気配を感じたナルとメルがキッチン棟から出てくる。

「パーパ、おかえりー」
「おかえりー」

 町の人々からの冷たい反応の後では、娘たちの言葉が心に染みる。
 後から出てきたネアさんが、少し涙ぐんでいる俺を目にし、心配そうに尋ねる。

「何かありましたか?」

 俺が町であったことを話すと、彼女は微笑んでこう言った。

「今は、どう挨拶したらいいか、みんなも分からないのでしょう。
 天竜様でさえ、我々にとっては雲の上の存在。 
 真竜様の、しかも竜王様のご友人ともなると、想像を超えていますから」

 ネアさんは俺の肩をそっと抱きよせてくれた。母の愛を知らない俺には、それが胸に響く。
 ネアさんが、涙を流しはじめた俺を椅子に座らせるとナルとメルが頭を撫でてくれる。

「いい子いい子ー」
「いい子ー」

 史郎はしばらく顔が上げられなかった。

-----------------------------------------------------------------------

 次の日。

 朝、店を開けにいったポル達が、なぜかすぐに戻ってきた。
 俺? さすがに今日はイオの家で料理を手伝うだけにしているよ。

「ポル、いったいどうしたんだ?」

「シローさん、それがいつも店を開いている区画が工事中で入れないかったんです」

「工事中? 
 道でも直してるのかな」

「お兄ちゃん、道を直すのは一年に一度で、今じゃないよ」

 イオが教えてくれる。

「ふーん、じゃ、何だろうね」

 その日は、急な休みになったので、みんなで蜂蜜採りに行った。イオ、ネアさん、リニア、エンデにもやり方を教えておかないとね。
 それぞれの防護服もシールドで作ってやった。これにはアクティブな機能が付いていないから俺がこの世界を去った後でも使える。

 それぞれが蜂蜜採取をずいぶん楽しんでいた。
 せっかくだから、森の外に広がる草原でランチにする。

 時間遅延の点収納から出した焼きたてクッキーに、蜂蜜をたっぷり垂らして食べる。
 こうなると、「付与 時間」の有難さがわかる。

「パーパ! 
 熱いクッキーに蜂蜜つけるといつもより美味しいね」

 メルが大喜びしている。

「本当ですね、これはすごいです」

 エンデも感心している。
 その言葉に商売のアイデアが湧いたが、今はランチ中なので黙っておく。
 エンデとリニアに今後の事を尋ねてみる。

「エンデ、君はこれからどうしたい?」

「私は……」

 彼女は頬を染め、加藤の方を見る。ああ、そういうことか。全く、どこに行ってもモテる奴だぜ、加藤は。

「君がやりたいようにすればいいよ。
 俺達と一緒に行きたいというならそうすればいいからね」

 畑山さんと、ミツさんには叱られそうだが、彼女には恐らく黒竜族における居場所はもう無いだろう。

「できるなら、ご一緒させてください」

 彼女はきっぱりそう言った。住むところなどは後で心配しよう。

「リニア、君は?」

「私は、許されるならこの地でポンポコ商会の運営に関わりたいと思います」

「俺の友人ならその腕を治せるが、紹介しようか?」

「いえ、これは私が自分の為に人を苦しめた報い。
 このままにしておこうと思います」

「分かったよ。
 ポータルが開いたら、向こうにいる竜人の仲間も連れて帰るといいね」

「シローさん……。
 本当に、本当にありがとうございます」

 彼女は涙ぐんでいた。

 こうして、史郎たちは、思わぬオフをくつろいで過ごした。

-----------------------------------------------------------------------

 商店街の工事は、三日間もかかった。

 俺は仕事の空きを利用し、ナルとメルを連れ、ジェラードの知人が経営する店にメードという貝を食べに行ったりした。一度そこの貝を食べて味を知っている加藤もついてくる。当然、エンデも一緒だ。
 途中、突然ジェラードが入ってきて、貝を思いっきり食べていくという一幕もあった。支払いの段になって勘定書きを見た時、あまりの金額に驚いたほどだ。
 まあ、前回は彼にご馳走してもらったからいいんだけどね。

 工事が終わった知らせを受け、俺達は店を開けにいった。
 俺は仕方なく、自分と肩の猫に透明化の魔術を掛けている。
 いつも俺達が商売している区画まで来た。

『(@ω@) なんじゃこりゃー!』  

 点ちゃんの決まり文句が出る。
 通いなれた商業地区は、全く別のものに変わっていた。

 がっしりした頑丈な造りの店が軒を並べている。看板や売り場まで、全て新品のピカピカだ。これをたった三日で行うには、竜人達が総力を挙げたに違いない。
 一際大きい門構えの店があり、大きな看板には次の文字があった。

 ポンポコ商会 天竜様御用達

 あちゃー、やってくれたな。ジェラードの仕業だな、こりゃ。

 俺達が店の前で呆然としていると、店主達がそれぞれの店から出てくる。

「ポンポコさん! 
 なんとお礼を言っていいのか」

 お礼?

「天竜様にゆかりのある店の周辺がみすぼらしくちゃいけないってんで、俺達の店まで、こんなにしてもらって。 
 本当にありがてえこった」
「そうだぜ。
 イオちゃんには足を向けて寝られないな」
「ネアさん、ウチの商品が欲しいときは言ってね。
 全部タダにするから」

 隣近所のおじさん、おばさん連中がニコニコしている。
 イオも、ナルとメルと手を繋いで笑っている。

「そうそう、イオちゃんだけでなく、メルちゃん、ナルちゃんも天竜様のご加護を頂いたんだって? 
 真竜様のお姿に変身することもできるんだってね。
 ありがたや、ありがたや」

 おばさんが、ナルとメルに手を合わせている。
 本当は、二人がもらっているのは真竜の加護で、二人は本物の真竜なのだが、ここは誤解しておいてもらおう。

「そうだ。
 ナルちゃんとメルちゃんのお父さんは、竜王様のご友人っていうじゃないか。 
 畏れ多くて近寄れないね」

「ああ、なんでも、平伏とあと一つ何かも許されないんだろう?
 畏れ多すぎて、見たら逃げるしかないわ、それは」

 俺は、そう発言したおじさんとおばさんの間に姿を現し、逃げられないよう二人の肩を抱いた。周囲の店主達がぎょっとして動きを止める。

「どうか、今まで通りお付きあいいただけますか」

 少し低い声で言う。

「わ、分かった、分かりましたから、放しておくれ」
「俺達だけこんな目に遭ったんじゃ割に合わねえ。
 おい、お前らも、同じような態度をとれよ」

 俺に肩を抱えられたおじさんが他の店主に恨めしそうに言葉を掛ける。

「みんなで、パーパをいじめてるの?」
「いじめてるの?」

 ナルとメルが腕組みをしてすっくと店主達の前に立つ。

「ち、違うんだよ、ナルちゃん。
 お父さんと仲良くしたいだけなんだよ」

 ごつい髭のおじさんが猫なで声を出す。

「そうだよ、みんなお父さんのことが大好きなんだよ」

 ポンポコ商会の常連客でもある貫禄のある女性店主も必死だ。

「ふーん、そうかー」
「分かったー」

 こうして、ひとまずご近所の店主達とだけは、元のつきあいを取りもどした史郎だった
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