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第二章:route虎次郎

06:願わくば

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「なんだ知らなかったのか」

蓮子を助手席に乗せ、車を走らせるのも既に日常となってきた。
今日もいつもと変わらず、彼女は逃げる様子もなく車へと乗り込んでくる。

「まぁ、付き合い出したのはついこの間だろ。まだ査定中なんじゃないか?」
「査定…」

先ほどの栞那の様子からするに、心底惚れているといったようなテンションでない事は事実だ。
もしかしたら、本当にただの情報収集のためだけに近づいたのかもしれない。

けれどどちらにせよ、さして興味のない虎次郎にとって、今のこの状況は実に楽しくないものだった。
何故彼女はさっきから自分以外の男の話をしているのか。

イラついた衝動のままに口付けると、彼女は驚きこそしたが、拒む様子はない。
女心がわからない奴だと散々喚いていたいつかの妻の言葉を思い出しながらも、あの頃に少しずつ近づいている気がしてしまう。

そんな気持ちのまま車を走らせ、最近人気なレストランへと向かった。
まさか、そこで彼女が酔い潰れるとはこの時点では全く想定していなかったのだけれど。






◆◆◆◆◆






意識を失った彼女を抱え、上階の部屋へと運び込んだ。
冗談で部屋を用意するとは言ったが、まさかこんな形で本当に取ることになろうとは。

ふかふかのベッドで寝息をたてる蓮子を見ながら、虎次郎は溜息をつくように柊を呼んだ。

「はい、ここに」
「蓮子の世話を頼む」
「旦那様はどちらへ、……あぁ、どうぞごゆっくり」

ワイシャツの首元のボタンを外す仕草を見て、柊は全てを理解し、風呂場へと向かう虎次郎を見送った。
有能な家政婦は、彼の妻への心遣いを悟り、まずは意識を失っている蓮子の着替えから始めた。





◆◆◆◆◆





「…体調は大丈夫なのか?」

風呂から戻れば、そこでは紅茶を入れる柊と、それを受け取り洋菓子を口にしている蓮子がいた。

「酔い覚ましにはケーキでしょ?」
「甘味好きも変わってないな。お前は酔い覚ましには必ず……蓮子、」
「…そのまさかみたい」

言わんとした事が伝わったその瞬間、虎次郎は蓮子へと駆け寄る。

つまりは、つまりだ。

雰囲気といい、この態度といい、記憶を思い出したという事なのではないだろうか。

「蓮子…!」
「ちょ、触らないで!また一時的かも!」
「どのくらいだ、記憶が戻ってから」
「30分程かと」

淡々と答える柊に、虎次郎は更にテンションを上げた。

「30分で一時的か?」
「それは…まだわからないわ」

何やら煮え切らない様子の妻に少し引っかかりつつも、とにもかくにも目の前には愛しくてたまらない妻の姿。
しかも自分を思い出して”夫”として認識しているかつての妻の姿だ。
蔵ではすぐに気を失い、ろくな会話もなかったのだから、喜びも倍増する。

「蓮子…」
「ふふ、さっきから名前を呼んでばかりね」
「お前は呼んではくれないのか?」

嬉しくて嬉しくて、すぐにでもこの手で抱きしめてしまいたいのに、触れたら再び消えてしまうのではないのかと、少しの恐怖が虎次郎の動きを止める。

「…虎」

近づいたのは蓮子から。
そっと頬に触れ、唇に触れ、少しかさついているそこに自分から口づけをした。

「私だって、ずっと会いたかった」

僅かに離れた隙間さえも惜しむように、虎次郎は今度こそ離さぬようにと蓮子を抱き寄せ、深い口づけを交わす。
そのままベッドにもつれ込み、組み敷かれている状況であると理解した蓮子が慌てて目の前の男を止めた。

「ちょっと…ダメ…だって…ば!」
「何をだ」
「何って、…!」

首筋、胸元、遠慮なく口付けていくその行為は段々とエスカレートしていく。
このままでは非常にまずい。
止まる様子のない虎次郎に、焦る蓮子は着替えたバスローブに侵入しようとするその手を必死で阻止する。

「何回言わせるのよ、ダメだってば…!」
「何故だ」

本当に理由がわからない、と少し機嫌の悪ささえ見せる虎次郎に少し言葉が詰まりつつも、蓮子は拒否する姿勢を崩しはしない。
ぐぐぐ、と違いに力を緩めずに押し問答が続く。

「記憶が戻ったのは、一時的かもしれないって言ってるでしょ」
「仮にそうだとして、なんの問題がある」
「はぁ?問題に決まってんでしょ!嫌よ、意識ない間に襲われたなんて思うの!」
「…なるほど」

それは確かに、また記憶がなくなった場合、その後の展開に大いに影響しそうである。
栞那にも「夫婦でも強姦罪は成立する」と言われたばかりだ。
そう納得した虎次郎は仕方なく蓮子のバスローブから手を離し、その代わりに強く抱きしめてベッドへと横になった。

「…これくらいは許してくれ」
「ふふ、明日の朝記憶なくしてたら、私の叫び声が目覚ましね」
「そうでないことを祈る」

勘弁してくれ、といいながらもどこか満たされた様子の虎次郎に、蓮子はここ数日の彼の様子を思い浮かべた。
どれもこれも、記憶のない自分への態度は、不器用な彼なりに愛のある行動だ。
もちろん褒められたものではないものも多々あったのだが。

「…山茶花が一番嬉しかった」
「そうか」
「今も、あの家は山茶花がいっぱいね」
「柊が世話をしているからな」
「柊も風吹も、変わらずね。元気そうで良かった。また庭でお茶したいわ」
「あぁ、いくらでもできるさ」

ぴったりとくっつく二人は、かつての時間を懐かしみながら、互いの温もりを感じあう。
けれど同時に、何故自分たちのかつての時間が終わってしまったのか。それを思い出すと、蓮子は隙間をさらに埋めようと虎次郎へとくっついた。

「……サテツに会った」
「あぁ…お前の胸元の痣、あいつが原因だった」
「キスマークだって襲われかけたアレね」
「……あの時はすまなかった」

柊が止めに入らなければ、力づくで事に及んだかもしれない。
本来無理強いをするような男ではなかったはずの虎次郎にそうさせたのは、長い年月の想いがあってこそだ。

一体あれから虎次郎はどうやって過ごしてきたのか。
何故今こうして再び触れ合うことができるのか。
疑問だらけではあるものの、今の蓮子にはまだ、このまま虎次郎との時間を取り戻していいものか、戸惑いが残っていた。

「…あなたのことを思い出すことがきっかけな気がするの、記憶が戻る時の」
「きっかけ?」
「えぇ、少し前から時々記憶が混在してた。それは、全部あなたを思い出す時。山茶花だったり、簪だったり」
「…また記憶がなくなるような言い方だな」

思考がふわふわとしてくるその感覚は、ただの眠気やアルコールのせいなのか。
意識を失っていく蓮子を腕の中で見つめ、虎次郎がゆっくりと髪を梳く。

「目を覚ましたら、また目の前にはあなたがいるといいのに」

混濁する記憶は過去と現在。
最後の別れが迫っているように感じてしまうのは、一体いつの記憶か。

「あぁ、だからどうか…俺をおいてどこにも行くな」
「…愛してるわ、虎」

そのまま目を閉じ、寝息が聞こえると、虎次郎はその額に口づけ、暫く寝顔を見つめていた。

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