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第二章:route虎次郎
04:決意
しおりを挟む「風吹」
「はい、ここに」
蓮子を寝室に残し、再び蔵へと向かう。
扉の前で風吹の名を呼べば、背後にすぐさまその存在は現れた。
「何故、蓮子にこの蔵のことを話した」
「今なら見えるかと思いましたので」
「見える見えないの話では、」
「蓮子様は今とても不安定です。当主の妻がそれでは困ります」
悪びれた様子のない風吹に、虎次郎の怒りは徐々に上がっていく。
「お前を消すことは容易いぞ」
「どうぞ、それがお望みとあらば」
「風吹、…」
「はいはい、そこまでにしておきなさい」
場にそぐわない声に、パチパチと手を叩き、軽やかな足取りで急に現れたのは虎次郎の兄、龍一郎だった。
急な登場にもさほど驚きを見せず、虎次郎は兄へも風吹に見せたものと同じ視線を送る。
「ちょうどいい、お前にも聞きたいことがある」
「簪のことか?」
まるでこうなることが分かっていたかのように、龍一郎は面倒臭そうに扉に手をかけると、何やら呪文を唱えた。
共鳴するように木々が揺れ、立派な蔵はその門を固く閉ざすと、あたりは静けさを取り戻した。
「ほら、鍵かけたぞ。これでいいだろ?」
「お前が開けたのか」
「いや。いつかは破られると思ったが、どうやらあのお姫様が取り戻そうとしているのは記憶だけではなさそうだ」
困ったな、と形だけのリアクションをとる兄を見て、虎次郎は大きな溜息を一つついた。
「…風吹、もういい下がれ」
「御意」
そうして風吹が消えるのを待つと、兄へと数時間前に起こった蔵での光景を口にする。
「ほんの短い時間だが、蓮子が記憶を取り戻した」
「ほぉ…それはまた、いい展開に見えるのに浮かない顔だな」
「そっとしておけと…言われた」
先ほどまでの怒りはどこへやら、妻に言われたのであろう言葉に、目の前の図体のでかい弟は傷ついたらしい。
その様子に龍一郎は声を上げ、吹き出した。
「あはは、お前はほんと、弱点が妻一択だな」
「俺がしようとしている事は間違ってるのか…?」
弱気な声に龍一郎は少しだけ過去を振り返る。
普段はこうと決めたら力づくでも推し進める気質なくせに、弱気な姿もこの長い期間内で何度か目にしてきた。
そういう人間らしいところを見ていると、かつての彼は妻により大分影響をうけていて、それが恋であると思うと微笑ましくすら感じる。
「言っただろ、隙あらば喰われると」
「俺が喰われると言いたかったのか?」
「そうじゃないが、今日の接待で思い出しただろう?ジジイ共は蓮子の記憶が欲しいわけじゃない」
接待と称された料亭での久しぶりの再会は、仲良しこよしの食事会でとは到底呼べず、ある種の宣言とも言えるものだった。
蓮子が見つかったと知り、向こうも動き出したのだろう。
「蓮子の記憶を戻したいかどうかは、お前の好きにしたらいい。ただ、今の彼女は何も知らないただの人間。無論、そんなこと周りには関係ないがな」
「…………」
そんなことは百も承知だ。
悩んでいる暇などないことを思い出した虎次郎は、今の一瞬の弱さをかき消すように、屋敷へ戻ろうと歩きだした。
「今の時代にあった、今風のデートをする価値もあるぞ」
そんな笑いまじりの言葉を背に受け止めながら、部屋へと戻り、蓮子の部屋の襖をそっと開ける。
既に眠りについている蓮子の側に腰を下ろし、顔にかかる髪を掬った。
恋焦がれたその存在を再びこの手で触れることができたというのに。
彼女の望まぬ方向へと進んでいるのは分かっている。
それでも、もう一度彼女を見つけると、誓ったあの日から後悔はしないと決めている。
逃げる道は全て捨てた。
だから必ず、また彼女を愛し抜く。
それだけだ、と。
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