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二章

恋したキンモクセイ

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「…?…どうした、ダンツ。」
 フランネル先輩が俺を抱き込んだまま、俺が固まったのに気づき心配してくれる。
 こうやって心配してくれたことも、話しかけられたこともある。だから、いつも通り対応できるはず。

「な、なんれもないれしゅ。」

 ダメだった。
 動揺しすぎて呂律は回らず、心配してくれる先輩がかっこよすぎて好きが溢れる。
 今の俺の語尾にはハートが三個ぐらいついてると思う。
 それくらい、甘ったるい声が自分から出た事に驚いた。
「…!?!?」
 顔を真っ赤にした先輩が目を見開いて固まる。
 パクパクと口を動かす先輩に、ああ、いつもの先輩だ、なんて思うけれど、それにすらかわいい、という感想が湧き出た。
 ううぅ、俺は多分笑顔の可愛らしい女の子とかが好きだったはずなのに…!
 ところ構わず叫び出したい衝動に駆られて、両手を自分の方に押し付けた。
 熱い、とても熱い。頬というか、顔全体が熱くて堪らない。
 手までいつもより熱い。
「………だ、ダンツ、…ね、熱でも、あるのか。」
 急にハッとして焦り出した先輩は頓珍漢なことを言う。
 ひたり、とおでこにつけられた先輩の手は、俺と同じくらい熱かった。
「せ、先輩の手だって同じくらいあついですけど…。」
「…そ、そうか。」
 二人して顔を真っ赤にしたまま固まってしまう。
 まだ俺は先輩の腕の中にいる状況で、がっしりと安心感のある抱かれ方をしている。
 先輩の鍛えてる故の分厚い胸板に頭を預けて、安心感と自分にはない体格の良さにドキドキきゅんきゅんしていた。

「…あの、とりあえず保健室に行かれた方がよろしいのでは…。」

「「…っ!!」」
 ぷ、プリムラさんが居たの忘れてたっ!
 さ、さっきの声聞かれた!?もしかしなくてもばっちり聞かれたよね!?
 あの甘ったるい声を?パンケーキどころか砂糖そのものすら逃げそうになるくらいのやつを…?
 ぷしゅう、と自分の体から湯気が立つほど、照れの温度が沸点を超えた。
 もう両手で顔を覆うしかない。
「……そ、うだな、保健室に、行こう。」
 ふわりと浮遊感がする。
 もしかしなくてもこの体制のまま保健室に連れて行かれるらしい。
「………。」
 コツ、コツ、コツ、
 辺りに響くのは先輩の足音だけ。
 ただ、俺の耳の側からはドクドクという些か早めの鼓動音が聞こえていた。
 先輩の心臓の音が、俺が頭を預けているせいで聞こえてくるのである。
 …めっちゃ、どきどきしてる。
 顔を覆ったままでも、わかった。
 それも他人事ではなく、俺自身もいつもより何倍も速い速度で鼓動が波打っている。
 このままでは、俺の心臓が持たないことは明白。
「…先輩、も、もう、大丈夫ですからおろしてください…。」
 蚊の鳴くような声で進言する。
「…だめだ。」
 すげなく断られた。顔を覆っているせいで、先輩がどんな顔をしているかわからない。
「な、なんでですか、重いでしょ、俺。」
「…逃げるだろう、今、離したら。…それに、愛する人の、…重みは、幸せの重みだ。
 …もっと重くても、いい、くらいだ。」
 きゅ、と先輩の抱きしめる力が強くなる。
 それでもさっきみたいに痛くは無くて、力加減されているのだときゅんとした。
「…すごく、怖かったんだ。…ダンツが、落ちてきて…、心臓が、潰れるかと…。」
 沈んだ声で言われて、流石に心配をかけてしまったとわかった。
「…心配をかけてしまって、すみません…。」
 俺の不注意で要らぬ心配をさせてしまった事に、罪悪感を抱く。
 水溜りでこけるなんてうっかりにも程があるだろう、と一人落ち込んだ。
「…怪我が、無くて、よかった。」
 ほっと声を緩めた先輩の顔が気になって、顔を上げる。
 思ったより近くにあった銀の目と、目線がかち合った。


 

_____「先輩、好きです。」

 ぽろっと、口から出ていった言葉は、帰らせようにも一方通行なやつで。

「……うれしい。」

 俺がしのごの言う前に、
 

「…俺も、好きだ。」
 
 ばっちり受け取られてしまった。
 
 ひまわりみたいに笑う先輩に、目を合わせていられずに顔を背ける。
「………なんで、そっちを向く。」 
 
 先輩が俺と顔を合わせようと体を動かすのに、抵抗して顔を背け続けた。
 だって、顔を向けたら、

「…なぜ、何も言わない。」

 不思議そうな先輩に黙りを返す。
 だって、喋ってしまったら、

 今だけは、物凄く恥ずかしいことを口走ってしまいそうなのだ。
 
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