噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠

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二章

告白?

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「あの、今少し宜しいですか。」
 
 今日も今日とて、先輩から逃げていた俺は、ある少女に話しかけられた。
 淡い空色の髪をハーフアップにしたその子。
 出会ったのは、人通りの少ない階段だった。
「……えと、お名前を伺っても?」
 恐らく制服から見て2年生。
 しかし見ず知らずの少女に、ありきたりな質問を投げかける。
 それにきょとんとした少女は、びっくりしたように焦り出した。
「あわ、私ったらまた名乗るのを忘れて…っ!?」
 …また?
 この子と会ったことなんてあったっけ?
 不思議な言葉選びをする子である。
「ごめんなさい、今度こそ名乗ろうと思っていたのに忘れていました。
 私、ニゲラ・プリムラと言いますわ。
 この間お手紙を送ったの者ですの。
 ついうっかり名前を書くのを忘れてしまって、というか、…ちょっとその、出来心であのような書き方を…。」
 鈴を鳴らすような可愛らしい声で語るところによれば、この間の差出人不明の手紙は彼女が送ったものなのだとか。
 彼女は綺麗なカーテンシーを行う貴族然とした態度だったが、後半はとてももしょもしょと恥ずかしげに話した。
「なにぶん、会ったこともない方にお手紙を送るのは初めてだったもので…。
 御本で書いてあった書き方に憧れてあのようなことを…。
 急に怪しげな手紙を送ってしまって申し訳ございませんでしたわ…。」
「…あはは…。…それで、お話ししたいこととは?」
 申し訳なさそうな彼女に苦笑いを返すしかできない。
 結局要件はなんなのかと問い掛ければ、またテレテレと頬を赤らめた彼女は、その場で話し出した。
 
「フランネル様との、話し方をお聞きしたいんです…。」

「…話し方?」

 話し方とは?
 ぽかんとなった俺。
「そ、その、ダンツさんは、よくフランネル様とお話しされていますでしょう?わ、私、どうすればフランネル様とお話しできるかわからなくて…!
 お聞かせくださいませんか…!」
 ずいっと両手を手前に握ったまま近づいてきたプリムラさんに仰け反る。
「は、話し方って言われても…?」
「フランネル様が嫌がっているかどうかだけでもわかりたいのです。
 話しかけられて嫌なそぶりがあるかどうかすら私にはわかりませんの…!
 き、嫌われたりしたら、私…!」
 必死にうるうると目を潤ませながら懇願してくるプリムラさん。
 ね、熱烈に好かれてますねえ、フランネル先輩…。
「お願いします、お師匠様…!」
 ガッシリと両手を掴まれて頼まれる。


「……お、お役に立てるかはわかりませんけども…。」
 押しに負けた俺は、プリムラさんを弟子にすることになってしまったのであった。



「…また、話せませんでしたわ…。どうして…。」
 階段で座り込むプリムラさん。
 またあの人気の少ない階段である。
 落ち込むプリムラさんの横に座りながら、この会合も何回目だったかと考えた。
 あれから数日しかたっていないが、このように落ち込むプリムラさんを何度も見た気がする。
「…そもそも何をお話しすれば良いのでしょう、話しかけるだけで緊張してしまって頭が真っ白になりますわ。」
 頬に手を当てて、悩ましげにため息を吐く彼女は、誰が見ても恋する乙女だ。
「お師匠様はなんて話しかければと思います?」
 彼女の中では、俺は師匠で決定しているらしい。
 期待を込めた眼差しでこちらを見る彼女に、苦笑した。
「今日はいい天気ですね、とか、ですかね?」
「あまりにも定型分ではございませんか?対して親しくもない私がそう言っても、何が目的かわからない人物になってしまいませんか?」
「じゃあ、ご機嫌麗しゅう、とか。」
「その後なんと話しかければ良いのです。もっとしっかり考えてくださいませ。」
 見事にダメ出しばかりである。
 アイデアを出せと言われたって、俺は先輩との会話で意識していることなんてない。
 強いて言えば、前は【はい】か【いいえ】で答えられるもの、というのを意識してはいたが、今となってはそれもないし。
「…こんにちは、とか。挨拶だけでもしてみたらどうですか?」
「……私は、フランネル様と話したいのですわ……。」
 プリムラさんは下を向いてしまった。
 毎日綺麗に結ばれている髪の毛は、多分フランネル先輩と会うからだろう。
 こんなに一生懸命に頭を悩ませてくれる子に好かれる先輩は、やっぱり魅力的なのだ。
 …ほんとうに、俺を好きにならなくてもいいじゃないか…。
 
「どうして、プリムラさんはフランネル先輩の事を好きになったんですか?」

 少しだけ、プリムラさんは顔を上げた。
 それでも未だ表情は見えない。
「…もともと、フランネル様とは婚約する予定でしたの、私。」
 目を見開く。
 …そんなの、聞いた事なかった。
「お祖父様が言ってらしたんです。お酒の席で、双方の孫が産まれた時に歳の差が2歳以内なら婚約させようって約束したと。
 その約束はお父様達が反対なされて、無くなったと聞きます。
 それを聞いた時に、私、フランネル様の事が気になりました。
 もしかしたら、婚約者になってたかもしれない人。
 会ってみたら、とても活発で、勇気のある優しい方で……。私はすぐに好きになってしまったんです。」
 そこで、プリムラさんは言葉を切った。
 ふっと顔を上げたプリムラさんは、空を見上げる。
「それが確か、7年ほど前のことでした。
 そこから、仲良くなれないまま1年が過ぎて、フランネル様は変わってしまわれたんです。
 笑うことも、話すことすら無くなりましたわ。
 私、その時フランネル様が何を思っているのかわかりませんでした。」

「私、その時にフランネル様の考えていることがわかったら、と思います。
 ………………………だから、私、お師匠様が羨ましくてたまりません。」
 プリムラさんは、後悔を吐露するように俺を羨ましいと言った。
 くるりとこちらを向いたプリムラさんは、上品にニコリと笑う。
「私、知ってるんです。」

「フランネル様が、お師匠様に懸想なされていることも。
 お師匠様がそれをお断りなさっていることも。」
 ゆったりと立ち上がったプリムラさんに見下ろされる。
 お行儀よく手を前で組んで、こちらを見やる彼女の機嫌が良くないことはなんとなくわかった。
「私のこと、見下しているのかと思いましたわ、最初は。
 私はお師匠様に勝負を挑むつもりでお声がけしましたのに、あろうことか承諾なさるんですもの。」
「勝負?」
「ええ、勝負です。貴方からフランネル様のお心を奪う気で私はいるのですわ。
 それを知らない貴方は、私にフランネル様と話すための助言をなさる。
 まるで、フランネル様と話せる事が特別ではないみたいに。」
  
 初めて、プリムラさんは眉根を顰めた。
「………ほんとうに、羨ましい。」

 
 場に沈黙が落ちる。
 立ちったままのプリムラさんに、俺も立ち上がった。
「…今日はここら辺でお暇しますね。」
 帰ろう。もう今日は話せる状況ではないだろうから。
 そう思って踵を返そうとした俺に、プリムラさんは嫌そうな顔をした。
「私、お師匠様のそういう歯牙にもかけないところが、恋敵として一番嫌いでございますわ。
 恋敵としてすら見られていないみたい。」

「……俺は、別にフランネル先輩が好きな訳ではありませんから。」

「…………………っ、どうしてっ。何故貴方なんです、私では、私の方が…!」
 
___「ずっと前からお慕いしておりますのに…!」
  
 悲痛な恋する少女の叫びが、俺の耳を貫いた。
「……。」
 返す言葉なんて無く、黙りこくる俺は、もっと彼女の気に障ったらしい。
「なんとかおっしゃってください。
 …っ、黙りですか、ユーリス・ダンツっ!」
 ぱしゃり、足元に水溜りができる。
 彼女が魔法で飛ばした水球が、俺に当たることなく目の前の床に落ちた。
 靴と、ズボンの下の方が少しだけ濡れる。ほんのりと冷たさを感じた。
 そんなことより、ぼろぼろと泣き出してしまった彼女に何と声をかければいいかである。
 こつ、
「……何をしている。」
 彼女の泣き声しか聞こえない空間に、足音が響いた。
 聞き覚えのある声。
 …この声、フランネル先輩…!?
 驚いて辺りを見回せば、階段の下に先輩は居た。
 幸いプリムラさんの姿は先輩から見えない位置にある。
 今俺が誤魔化して仕舞えば…!
 急いで先輩の所に行こうとした俺は____
「あの、……あっ!」
 つるっ
 さっきの水溜まりで、足を滑らせた。
 プリムラさんが手を伸ばすのが見えたけど、掴めない。

「…ダンツっ!!!」

 ぎゅっと、目を瞑る。
 先輩の叫ぶ声が聞こえた。


「…っ、…っ、!」
 誰かの荒い息がすぐ近くに聞こえる。
 落ちた衝撃は思ったよりもなく、何故かトランポリンに落ちた時のような包まれる感じがあった。
 そろ、と目を開ける。

「…っ、何が、あった…!」
 盛大に息をきらせた先輩が、俺を抱きとめてくれていた。
 痛いほどに掴まれた肩が、ゆっくりと力を緩められる。
「…えと、あし、を滑らせて、しまって…?」
「………嘘だ。」
 胡乱げな目で見られ、俺は焦る。
「ほ、ほんとです!ほら、あそこに水溜まりあるでしょう、あそこで足を滑らせたんですっ!」
 俺が鈍臭いばかりにっ!あまり言わせないでほしい! 
 必死に言い募る俺に、先輩は納得いかない顔をする。
 本当にそうなんだけどな…!
 運動神経の無さが際立ったようで恥ずかしくなりながら思う。
「だ、大丈夫ですかっ!」
 たたっ、と軽やかに走る音が聞こえ、プリムラさんが階段を降りてきた。
「あ、だいじょ___。」
 紺色の布で視線を遮られる。
 先輩が俺をプリムラさんから守るように、腕で俺を隠した。
「え、あの、せんぱ……あ、」
 先輩の腕の中からは、先輩の顔がよく見える。
 すごく冷たい銀色が、先輩を彩っていた。
____氷みたい。
 
 剥き出しの鋭い氷のような先輩を見て、俺は________。


 きゅん

 可愛らしい心臓の音を立てた。

 やばい、惚れた。
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