噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠

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二章

口説きテク

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 全く読み進められない本を閉じる。
 ふう、と一息ついた時だった。

「………今日は、…ご機嫌ななめ、だな。」

 そう話しかけられただけで、すぐに誰かわかった。
 声だけで恥ずかしくなるほどの甘さを含むその人に、目線を合わせられない。
 そんな俺はお世辞にも態度が良いとは言えないのに、その人物は怒ることなく対面に座った。

「………何があった、か、…俺に、教えてくれないか?」
 何故か陽だまりに居るように微笑むフランネル先輩に、俺のなぜかきゅっと体を縮こめてしまう。
 ここは、図書館でもなければ、いつも会っていた中庭でもない。
 学園の中にある休憩スペースのような場所。
 その中でも人気のない静かな場所である。
 白い丸テーブルが幾つか置かれて、その周りに四から三個ほどの椅子が並べてあるそこで、向かい合う席に先輩は座った。
 
「…………。」
 告白を断ってから、俺はそれとなく先輩を避けていた。
 元々直属先輩でもなければ、関わりもこれといって無かった俺たち。避けようと思えば、周囲に違和感なく避けるのも簡単だった。
 理由は、なんとなく気まずくて、告白を断った手前のこのこ先輩の前に現れるのもどうかと思って、先輩も気まずいだろうから、…。あげ出せばキリがない。
 ごちゃごちゃと考えて一人気まずくてなり、無言を返すことしかできずにいる。
 先輩の事を直視できなくて、手元の本へと目線を落とした。
 そんな状態で読み進められることはなく、ただ意味もなく見つめるだけ。


「…………少しは、…俺を、……意識したか。」
 
 少しの、沈黙のあと。
 先輩は、どこか愉しげに言った。
 それに、そろりと目線を上げる。

「………やっと、…ダンツと、…目が合った、な。」
 
 ぶわりと、顔に熱が集まった。
 顔を合わせた。たったそれだけで、何故それほど幸せな顔をするのだろう。
 わからない。俺には理由がわからない。
 先輩が俺を好きになる理由が、理解できない。
 俺が先輩と話せるから?そんなものこれから話せる人なんて増えていく。
 シンプルに容姿が好み?ならば他を当たって欲しい。歳とともに劣化していくものを求められても困る。
 もう朧げな前世の記憶と、少しの価値観の名残り。それが若さゆえの突っ走りを許さない。自分にも、他人にも。
 その決断で、傷つくかもしれないと知っているから。
 なにより俺が好きだなんて、先輩は趣味が悪い。
 俺は取り繕っていることも多いのだ。話し方だって大体の人には猫をかぶっているし、嫌われないように、めんどくさくないように行動する。
 そりゃあ、それでも感情はあるから、とりあえず動いてみる、や、理屈抜きにして考えることだってあるが。
 
 ああ、顔が熱い。
 どうしたらいい。
 ここまで、俺のことを好きだと見るだけでわかってしまう相手に、どう接すればいい。
 いくら先輩がイケメンであろうと、いくら先輩が俺を好きでいてくれようと。
 ____そもそも、俺は女の子が好きなんだが…!?

 それはそれとして、ここまで露骨に好き好きされると普通に照れる。恋愛経験は少ないので。

「……今日も、…ここに、居ていいか。」

「……面白い、本が…あった。…また、…紹介したい。」

「…今日は、調理する、授業が…あったんだ。」

 毎日、毎日。
 先輩は、本を読んでいる俺の隣に来た。
 毎回毎回、場所を変えて読んでいるのに、先輩は必ず見つけてくる。
 それも、俺が一息ついた間だけ。  
 俺が本当に本人集中すれば、話しかけることもなく、立ち去っていたりもするらしい、とはカイが教えてくれた。
 俺は、何もその時話さない。そうですか、と短く答えるだけだ。
 まるで最初の関係が逆転したようだと思う。
 
 
「……。」
 今日は、先輩が来なかった。
 そろそろ飽きたか、と思うだけ。
 飽きてくれれば、元に戻って、本の話をするだけの関係になれる。
 少しだけ、心が冷たくなったのには、気づかないフリをした。自分勝手な俺だ。
 よくある、自分は好きじゃないけど、好きになってくれた相手が自分に好意を抱かなくなったり、別に好きな相手ができたりするとモヤモヤするあの現象だろう。
 こんな俺と付き合わなくて、先輩は正解である。


 そう思った次の日、何故か先輩は葉っぱをつけて俺に会いに来た。
「…、葉っぱ。」
 イケメンで、サラサラな銀髪を持った男の頭に、ちょこんとのる葉っぱ。
 俺の呟きに、キョトンとした先輩。
「………葉っぱ、付いてますよ。」
「……っ!??」
 自分の頭を指差して、頭についていると教えれば、しゅばっ、と先輩は頭に手をやった。
 はらりと小さな葉っぱが落ちて、先輩は恥ずかしそうに顔を赤らめてそっぽを向く。
 これまで散々振り回された先輩の幼い一面が、なんだか無性に面白かった。
「……ふ、っ。」
 笑いを悟られないように噛み殺すが、バレてしまって睨まれる。
 それも、先輩につけられたあだ名のように怖いものではなく、なんだか可愛らしい睨み方で。

「………、失礼。」
 むっとした先輩が、俺に近づく。
 何かと思えば、どこからか出した花を俺の耳元にさした。
「………ダンツに、似合うと思って、…つい買った。
 ……保護の魔法、を掛けてある。…暫くは持つだろう。」

 俺にはよく見えないが、コスモスのような花だ。色は淡いピンク。
 やはり、こんな可愛いものが俺に似合うだなんて先輩は趣味が悪いんじゃないか。
 花が似合うと言われても、いまいち嬉しくは無かった。
 意地悪くこちらを見つめる先輩を、半目で見つめる。
 にんまり、と笑う先輩に、本当に似合っていると思ってるのかと問い詰めたい。
 
「…これで、ダンツも葉っぱを、…つけたな。」

 そら見たことか。さっき葉っぱが付いているのを笑った仕返しだったのだ、これは。
「…先輩も、さっきの葉っぱは似合ってましたよ。」
 気づいた時には、俺も意地悪く先輩に返していた。
 実に大人げない。俺が年下だけど、精神は大人のつもりであるというのに。
 
「……それは、嬉しくない。…が、ダンツが、…かっこいいと言ってくれるなら、あの、格好も、…悪くはない。」
 
 本当に、俺はなんて返せばいいんだ。
 俺は先輩と付き合えるわけではないのに。

「……ダンツが、花なら、…その葉になって、ダンツのためだけに生きれる、と考えれば…まったく、悪くない話だ。」

 んきゅ、と喉で言葉が詰まる。

「………先輩、口達者になりましたね。」
 苦し紛れにそう口走る。
 先輩は、不満そうに眉根を寄せた。

「……君を、口説くには、……まだまだ足りない。」

 一体どこでどう育てば、そんな口説きテクが手に入るんですか。
 思わずまた黙った俺に、先輩は、また、と言って去っていった。
 本当に、俺はどうすればいいんだ…。
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