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一章
学園祭【当日編 夜祭】
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「お、ユーリス!旨そうな物食べてんなー!」
「ポピールこそ美味しそうなの食べてるね。」
俺は肉の串焼きを、ポピールは揚げ物を持っていた所で出会った。
文化祭は2日目を迎えている。
時間はもう少しで日が暮れるぐらい。
オレンジ色と藍色がグラデーションになる空の下、学園祭はまだ続いていた。
学園祭は2日あり、2日目の夜は夜祭がある。
そのため屋台もそのまま夜遅くまで開いており、晩御飯を屋台で済ませる者も多い。
俺もその一人である。
「ユーリスも晩飯か?」
「うん。もう少し何か買おうかと思ってるんだけど、何か美味しそうなのあった?」
「俺も探してるとこなんだ。」
「そうなんだ。ならちょっと半分こしない?」
「お、いいな!」
二人で買うとなれば、食べられる種類が増えるというもの。
焼きとうもろこしに揚げ芋、一応サラダと、流石にスープは二人分買った。
野外にあるテーブルまで来た時には、もうすっかり空は藍色で染め上がったところ。
「流石に買いすぎたか?」
「食べてみないとわかんないね。」
二人でガツガツと食いつつ、駄弁る。
「劇見たぞ、まさか敵役をやってるとは思わなかった。」
「そんなに驚く?」
「まあ、主役とかやってると思ってたから。」
「へぇ、あ、俺もポピールの所の劇見たよ。迫力があってかっこよかった。」
「お、そうか?ありがとうな!」
とうもろこしに齧り付きながら笑うポピールは髪の毛がいつもと違う。
劇の時にセットしたままなのだろう、編み込み多めで一つ括りにされていた。
まあ、俺も解くのが面倒でそのままではあるんだが。
いつも一つ括りにされている髪が後ろで三つ編みにされて偶に視界の端に映る。
その三つ編みに銀の細い装飾がしゃらしゃらと括り付けられていて、全て取るのが億劫だったのだ。
クラスメイトにもそのまま今日は過ごしていいと言われたので、お言葉に甘えてそのままにさせてもらっている。
ふと、ポピールの手が止まった。
「…もう始まったみたいだぞ。音楽が聞こえる。」
「ああ、もうそんな時間なんだ。」
2日目の夜祭、メインイベントのダンスパーティーがもう始まってしまったらしい。
耳を澄ませば、微かに軽快なリズムの音楽が聞こえた。
カナド学園祭のダンスパーティーは、貴族などが開く夜会の様に堅苦しいものではない。
ただただリズムに合わせて、2人1組で腕を組んでステップを踏むだけである。
友人恋人、はたまた先生とでも踊れてしまうパーティーだ。
「文化祭も今日で終わっちまうなぁー。」
ポピールは名残惜しそうにスープを飲み干す。
「後3回は俺達経験するけどね。」
「風情ってものがあるだろー?」
まさかポピールに風情について説かれるとは…。驚きである。
ケラケラ笑うポピールに驚きの目を向けつつ、俺もスープを飲み干した。
「…じゃ、食べ終わったし俺たちも行く?」
「…うっし、踊りまくるか!」
ポピールと二人で着いた頃には、広場は既に大勢の人で賑わっていた。
「すごい人だね。」
「あそこ踊れそうだな、あそこも埋まっちまう前に行こう!」
ガシッとポピールと腕を組む。
反対方向にそれぞれ向いたまま、ぐるぐるとその場で動いて二人で回る。
音楽に合わせて前に進んで、偶に後ろ向きに回って。
「ぜぇ、ぜぇ、…ちょ、ちょっと休憩……。」
10分ほど経った所で俺の体力は尽きた。
端っこに座って、肩で息をする。
「ユーリスって意外と体力ないんだな…。」
「…意外とは余計だよ。」
全く息の切れていないポピールは、流石騎士科である。
「____おーい!ポピール!踊ろうぜ!」
そこにお呼びがかかった。
相手は俺が端に居るせいで見えないが、ポピールの知り合いらしい。
「…俺、ちょっと体力が回復するまでここに居るから踊って来たら?」
「あー…、なんならこっから別れとくか?」
「たしかにそれがいいかも。俺はこの後踊るかわかんないし。」
「じゃ、また明日な。」
「また明日!」
大きく手を振って去っていくポピール。
まもなく楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
久々に全身運動をしたが、本当に自分の筋肉のなさを痛感する。
屋台まだ開いてるかな、動いたらお腹空いたなぁ。
~デンベル・フランネル視点~
「……………………ダンツ?」
「あ、フランネル先輩。こんにちは。」
ダンツを見つけたのは、広場の端の方。少し奥まった所だった。
広場の方の熱気とは隔離され、涼やかな空間。
何故か一人でそこにいるダンツは、俺に気づくとひらひらと手を振って挨拶をくれた。
「…………………一人で、…何をしてる。」
ダンツは劇の時の髪型のままだった。
少し緩んだ三つ編みから、銀の飾りがのぞく。
先程までの喧騒と対比して、静かな夜そのもののようだった。
「踊ったら疲れてしまって、少し休んでたところです。先輩はどうしてここに?」
一人でこんな所に居たら、誰か不埒な輩に絡まれるのでは、という俺の心配を他所に、ダンツはさらりと休憩中だと言う。
そして俺がここにいる理由を聞いてくるダンツ。
「……………不審者が、…居ないかどうか、……見回りだ。」
「そういえば、3年生からは見回りがあるんでしたね。」
学園祭では大勢の来客があるため、3年と4年の生徒は見回りを変わるがわる行う。
このダンスパーティーの時間は希望者が少なく、いつもシフトの押し付け合いらしい。
俺は踊る予定の相手がいないのでシフトを請け負ったが。
…それも気を使われたのか短く、もう少しでシフトも終わる。
まだまだ、ダンスパーティーの終わる時間までは余裕があるのだ。
ちらり、とダンツを見れば、立ち上がって裾の土を落としていた。
……ダンスに誘ってもいいのだろうか。
さっきダンツは疲れたからここで休憩していると言っていた。
なら、誘うのは無理をさせてしまうのではないか。
ダンツのことだ。俺が誘えば、きっと嫌とは言わない。優しいからな。
「先輩はもう踊りました?」
どきり、と胸が鳴った。
もしかして、バレてしまっただろうか。
気を使わせてしまうんだろうか。
「…………………まだだ。」
「デュリオール先輩とは踊らないんですか?」
「……………ミズルは、……仕事中だ。」
「仕事?見回りですか?」
不思議そうなダンツを手招いて、広場の見える方へと行く。
広場真ん中の方、2メートルほどの台の上で、ミズルが生徒の誘導をしているのを見つけた。
手でミズルの方を示す。
「……………見えるか?」
「見えます。デュリオール先輩、交通整理してたんですね。」
「…………………ここまで、……人が居ると………よくぶつかる。」
「それで揉め事に発展するから、それを予防するための仕事なんですね。」
俺の拙い説明でよくわかってくれていると思う。
少し話せる様になったとは言え、今でも話すことがある相手と言えばミズルとダンツ、あとはペラットぐらいである。
それに、ミズルもペラットも話すとは言えここまで会話がするすると繋がっていくことはあまりない。
ダンツが優しいのは、その観察眼で他人の機敏がよくわかってしまうからかもしれないな。
無言の中で、大人数と踊るペラットが見えた。
ペラットは気さくで誰とでも仲良くなれるし、大雑把な様で人に配慮するのが上手い。
そのペラットとダンツが仲がいいのだから、類は友を呼ぶと言うやつだろうか。
「…………………帰るなら、……送っていく。」
結局ダンスに誘うことなく、俺はダンツにそう言った。
「見回りがあるんじゃないんですか?」
「………………もう、……終了の時間だ。」
もう直ぐ終わるのだから、後輩一人を送っていきながらでも見回りはできるし終わる。
「…先輩、踊りませんか。」
急なことに、思考が止まる。
「……………………疲れた、のでは………なかったか?」
「ポピールがあれだけ元気なのに俺だけ帰るのもなんだか体力が無くて情けなくなってきたので踊ります。」
息継ぎなしで話すダンツは、歳の割に落ち着いているとは思っていたが意外と年相応だったらしい。
「……………………俺で……いいのか?」
「俺は意外と友人が少ないので、先輩が踊ってくれないと一人で踊ることになりますね。」
「………………ふっ。」
笑いが溢れる。
ダンツは随分と嘘が下手らしい。
図書館のキンモクセイとも呼ばれるダンツに誘われて、踊らない相手が居るとは思わないのに。
…でも、意外とダンツは自分の容姿に無自覚なところがある。
指通りの良さそうな髪はまるで夜空を何回も染み込ませた様に綺麗な黒だし、瞳は花が咲く様な桃色だ。
人の機敏によく気がついて、優しさを振り撒く。
その優しさで何人が彼を好きになっていったのか。
それだと言うのに、まるでそれを認識していない。
学園祭の劇でも、敵役ながら客席の中では彼の話で持ちきりだった。
「…踊るのは嫌ですか?」
しおらしく尋ねられて、断れる人間がこの学園に何人居るだろう。
「………………転けてしまっても、…………許してくれ。」
「こちらの台詞ですよ。ふふ。」
くすくす笑うダンツと腕を組んで、人の輪の中に入る。
一気に喧騒が戻ってきた。
今まで学園祭にはあまり参加せずに居た。
一人で居る方が気を使われなくて気楽だったから。
そんな俺を、ダンスに誘ってくれる人ができた。
きれいで、優しくて、……大好きな人。
ダンツと踊れるなんて、俺はとても恵まれているみたいだ。
よかった。社交界の様な向かい合って踊るダンスではなくて。
きっと向かい合って踊ったら、心臓が大変なことになってしまう。
一際大きく音楽が鳴った。
皆が一斉に、大きく跳んだり回ったり、軽快にステップを踏む。
「……わっ!」
「…………………っ!!」
ダンツが何かに蹴躓いた。
咄嗟に傾いたダンツの体を抱き寄せれば、手をつこうとしたのだろうダンツの腕が体に回される。
ダンツの旋毛が、ちょうど顔の前あたりにきた。
「「っっ!!」」
息を詰める。
俺は、ダンツを抱きしめるようにして支えていた。
すっぽりはまるように俺の腕の中にダンツがいて、珍しく動揺していようにワタワタと手を動かしている。
「す、すみませんっ!」
ガバッと勢いよく後ろへ下がるダンツ。
「…………………すまん。」
なんというか、混乱しすぎて逆に言葉が出ない。
今にも沸騰しそうなほど顔が熱いし、なんなら手も汗ばんでいる。
「………………疲れている、なら、…………早く帰った方が、……いい。」
そうだ。きっとダンツは疲れていたから転けたのだ。
さっきのはただの事故だ。
そう自分に言い聞かせる。
「………あはは、そうですね。今日はもう帰ります。」
明るく笑うダンツは、いつも通りに見えた。
広場の出口までしか見送らない。
今は、どんなふうに話せばいいかわからないから。
三つ編みの解けかけているダンツが手を振る。
「おやすみない、先輩。」
「……………………いい夢を。」
未だにドキドキと鳴る心臓がうるさい。
……今日、寝れるのか俺は。
ダンツにおやすみと言われたが、今夜は眠れなさそうな気がしている。
「ポピールこそ美味しそうなの食べてるね。」
俺は肉の串焼きを、ポピールは揚げ物を持っていた所で出会った。
文化祭は2日目を迎えている。
時間はもう少しで日が暮れるぐらい。
オレンジ色と藍色がグラデーションになる空の下、学園祭はまだ続いていた。
学園祭は2日あり、2日目の夜は夜祭がある。
そのため屋台もそのまま夜遅くまで開いており、晩御飯を屋台で済ませる者も多い。
俺もその一人である。
「ユーリスも晩飯か?」
「うん。もう少し何か買おうかと思ってるんだけど、何か美味しそうなのあった?」
「俺も探してるとこなんだ。」
「そうなんだ。ならちょっと半分こしない?」
「お、いいな!」
二人で買うとなれば、食べられる種類が増えるというもの。
焼きとうもろこしに揚げ芋、一応サラダと、流石にスープは二人分買った。
野外にあるテーブルまで来た時には、もうすっかり空は藍色で染め上がったところ。
「流石に買いすぎたか?」
「食べてみないとわかんないね。」
二人でガツガツと食いつつ、駄弁る。
「劇見たぞ、まさか敵役をやってるとは思わなかった。」
「そんなに驚く?」
「まあ、主役とかやってると思ってたから。」
「へぇ、あ、俺もポピールの所の劇見たよ。迫力があってかっこよかった。」
「お、そうか?ありがとうな!」
とうもろこしに齧り付きながら笑うポピールは髪の毛がいつもと違う。
劇の時にセットしたままなのだろう、編み込み多めで一つ括りにされていた。
まあ、俺も解くのが面倒でそのままではあるんだが。
いつも一つ括りにされている髪が後ろで三つ編みにされて偶に視界の端に映る。
その三つ編みに銀の細い装飾がしゃらしゃらと括り付けられていて、全て取るのが億劫だったのだ。
クラスメイトにもそのまま今日は過ごしていいと言われたので、お言葉に甘えてそのままにさせてもらっている。
ふと、ポピールの手が止まった。
「…もう始まったみたいだぞ。音楽が聞こえる。」
「ああ、もうそんな時間なんだ。」
2日目の夜祭、メインイベントのダンスパーティーがもう始まってしまったらしい。
耳を澄ませば、微かに軽快なリズムの音楽が聞こえた。
カナド学園祭のダンスパーティーは、貴族などが開く夜会の様に堅苦しいものではない。
ただただリズムに合わせて、2人1組で腕を組んでステップを踏むだけである。
友人恋人、はたまた先生とでも踊れてしまうパーティーだ。
「文化祭も今日で終わっちまうなぁー。」
ポピールは名残惜しそうにスープを飲み干す。
「後3回は俺達経験するけどね。」
「風情ってものがあるだろー?」
まさかポピールに風情について説かれるとは…。驚きである。
ケラケラ笑うポピールに驚きの目を向けつつ、俺もスープを飲み干した。
「…じゃ、食べ終わったし俺たちも行く?」
「…うっし、踊りまくるか!」
ポピールと二人で着いた頃には、広場は既に大勢の人で賑わっていた。
「すごい人だね。」
「あそこ踊れそうだな、あそこも埋まっちまう前に行こう!」
ガシッとポピールと腕を組む。
反対方向にそれぞれ向いたまま、ぐるぐるとその場で動いて二人で回る。
音楽に合わせて前に進んで、偶に後ろ向きに回って。
「ぜぇ、ぜぇ、…ちょ、ちょっと休憩……。」
10分ほど経った所で俺の体力は尽きた。
端っこに座って、肩で息をする。
「ユーリスって意外と体力ないんだな…。」
「…意外とは余計だよ。」
全く息の切れていないポピールは、流石騎士科である。
「____おーい!ポピール!踊ろうぜ!」
そこにお呼びがかかった。
相手は俺が端に居るせいで見えないが、ポピールの知り合いらしい。
「…俺、ちょっと体力が回復するまでここに居るから踊って来たら?」
「あー…、なんならこっから別れとくか?」
「たしかにそれがいいかも。俺はこの後踊るかわかんないし。」
「じゃ、また明日な。」
「また明日!」
大きく手を振って去っていくポピール。
まもなく楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
久々に全身運動をしたが、本当に自分の筋肉のなさを痛感する。
屋台まだ開いてるかな、動いたらお腹空いたなぁ。
~デンベル・フランネル視点~
「……………………ダンツ?」
「あ、フランネル先輩。こんにちは。」
ダンツを見つけたのは、広場の端の方。少し奥まった所だった。
広場の方の熱気とは隔離され、涼やかな空間。
何故か一人でそこにいるダンツは、俺に気づくとひらひらと手を振って挨拶をくれた。
「…………………一人で、…何をしてる。」
ダンツは劇の時の髪型のままだった。
少し緩んだ三つ編みから、銀の飾りがのぞく。
先程までの喧騒と対比して、静かな夜そのもののようだった。
「踊ったら疲れてしまって、少し休んでたところです。先輩はどうしてここに?」
一人でこんな所に居たら、誰か不埒な輩に絡まれるのでは、という俺の心配を他所に、ダンツはさらりと休憩中だと言う。
そして俺がここにいる理由を聞いてくるダンツ。
「……………不審者が、…居ないかどうか、……見回りだ。」
「そういえば、3年生からは見回りがあるんでしたね。」
学園祭では大勢の来客があるため、3年と4年の生徒は見回りを変わるがわる行う。
このダンスパーティーの時間は希望者が少なく、いつもシフトの押し付け合いらしい。
俺は踊る予定の相手がいないのでシフトを請け負ったが。
…それも気を使われたのか短く、もう少しでシフトも終わる。
まだまだ、ダンスパーティーの終わる時間までは余裕があるのだ。
ちらり、とダンツを見れば、立ち上がって裾の土を落としていた。
……ダンスに誘ってもいいのだろうか。
さっきダンツは疲れたからここで休憩していると言っていた。
なら、誘うのは無理をさせてしまうのではないか。
ダンツのことだ。俺が誘えば、きっと嫌とは言わない。優しいからな。
「先輩はもう踊りました?」
どきり、と胸が鳴った。
もしかして、バレてしまっただろうか。
気を使わせてしまうんだろうか。
「…………………まだだ。」
「デュリオール先輩とは踊らないんですか?」
「……………ミズルは、……仕事中だ。」
「仕事?見回りですか?」
不思議そうなダンツを手招いて、広場の見える方へと行く。
広場真ん中の方、2メートルほどの台の上で、ミズルが生徒の誘導をしているのを見つけた。
手でミズルの方を示す。
「……………見えるか?」
「見えます。デュリオール先輩、交通整理してたんですね。」
「…………………ここまで、……人が居ると………よくぶつかる。」
「それで揉め事に発展するから、それを予防するための仕事なんですね。」
俺の拙い説明でよくわかってくれていると思う。
少し話せる様になったとは言え、今でも話すことがある相手と言えばミズルとダンツ、あとはペラットぐらいである。
それに、ミズルもペラットも話すとは言えここまで会話がするすると繋がっていくことはあまりない。
ダンツが優しいのは、その観察眼で他人の機敏がよくわかってしまうからかもしれないな。
無言の中で、大人数と踊るペラットが見えた。
ペラットは気さくで誰とでも仲良くなれるし、大雑把な様で人に配慮するのが上手い。
そのペラットとダンツが仲がいいのだから、類は友を呼ぶと言うやつだろうか。
「…………………帰るなら、……送っていく。」
結局ダンスに誘うことなく、俺はダンツにそう言った。
「見回りがあるんじゃないんですか?」
「………………もう、……終了の時間だ。」
もう直ぐ終わるのだから、後輩一人を送っていきながらでも見回りはできるし終わる。
「…先輩、踊りませんか。」
急なことに、思考が止まる。
「……………………疲れた、のでは………なかったか?」
「ポピールがあれだけ元気なのに俺だけ帰るのもなんだか体力が無くて情けなくなってきたので踊ります。」
息継ぎなしで話すダンツは、歳の割に落ち着いているとは思っていたが意外と年相応だったらしい。
「……………………俺で……いいのか?」
「俺は意外と友人が少ないので、先輩が踊ってくれないと一人で踊ることになりますね。」
「………………ふっ。」
笑いが溢れる。
ダンツは随分と嘘が下手らしい。
図書館のキンモクセイとも呼ばれるダンツに誘われて、踊らない相手が居るとは思わないのに。
…でも、意外とダンツは自分の容姿に無自覚なところがある。
指通りの良さそうな髪はまるで夜空を何回も染み込ませた様に綺麗な黒だし、瞳は花が咲く様な桃色だ。
人の機敏によく気がついて、優しさを振り撒く。
その優しさで何人が彼を好きになっていったのか。
それだと言うのに、まるでそれを認識していない。
学園祭の劇でも、敵役ながら客席の中では彼の話で持ちきりだった。
「…踊るのは嫌ですか?」
しおらしく尋ねられて、断れる人間がこの学園に何人居るだろう。
「………………転けてしまっても、…………許してくれ。」
「こちらの台詞ですよ。ふふ。」
くすくす笑うダンツと腕を組んで、人の輪の中に入る。
一気に喧騒が戻ってきた。
今まで学園祭にはあまり参加せずに居た。
一人で居る方が気を使われなくて気楽だったから。
そんな俺を、ダンスに誘ってくれる人ができた。
きれいで、優しくて、……大好きな人。
ダンツと踊れるなんて、俺はとても恵まれているみたいだ。
よかった。社交界の様な向かい合って踊るダンスではなくて。
きっと向かい合って踊ったら、心臓が大変なことになってしまう。
一際大きく音楽が鳴った。
皆が一斉に、大きく跳んだり回ったり、軽快にステップを踏む。
「……わっ!」
「…………………っ!!」
ダンツが何かに蹴躓いた。
咄嗟に傾いたダンツの体を抱き寄せれば、手をつこうとしたのだろうダンツの腕が体に回される。
ダンツの旋毛が、ちょうど顔の前あたりにきた。
「「っっ!!」」
息を詰める。
俺は、ダンツを抱きしめるようにして支えていた。
すっぽりはまるように俺の腕の中にダンツがいて、珍しく動揺していようにワタワタと手を動かしている。
「す、すみませんっ!」
ガバッと勢いよく後ろへ下がるダンツ。
「…………………すまん。」
なんというか、混乱しすぎて逆に言葉が出ない。
今にも沸騰しそうなほど顔が熱いし、なんなら手も汗ばんでいる。
「………………疲れている、なら、…………早く帰った方が、……いい。」
そうだ。きっとダンツは疲れていたから転けたのだ。
さっきのはただの事故だ。
そう自分に言い聞かせる。
「………あはは、そうですね。今日はもう帰ります。」
明るく笑うダンツは、いつも通りに見えた。
広場の出口までしか見送らない。
今は、どんなふうに話せばいいかわからないから。
三つ編みの解けかけているダンツが手を振る。
「おやすみない、先輩。」
「……………………いい夢を。」
未だにドキドキと鳴る心臓がうるさい。
……今日、寝れるのか俺は。
ダンツにおやすみと言われたが、今夜は眠れなさそうな気がしている。
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