上 下
15 / 27
一章

学園祭【準備編 本番前】オレンチュ視点

しおりを挟む
「なんだって!?セウ、君手を捻ったのかい!?」
「すまない…。一人で剣を振る練習してたら…。」
「ちょっとっ!!あなたは主役の一人なのよ!?本番は明日なのに!!どうするって言うの!!!」
 ルーンさんが金切り声を上げる。
 めでたくヒロイン役となり、今日は本番前の通しだからと衣装に身を包んだ彼女は、セットした髪を今にも振り乱しそうな勢いだ。
 いつも我儘ばかりで皆んなから遠巻きにされている彼女だが、今回ばかりはそう言いたくなる気持ちがわかる。
 
「誰も彼もダメじゃないっ!!全員台詞くらい覚えておきなさいよ!!」
 代役としてヒーロー役候補だった者達で一度通してみるも、誰一人として台詞を覚えている者はいない。
 それもそうだ。皆本当はヒーローの役をしたくなかったのだから。
 【ミレンブ・ルーン】艶のある真紅の髪を持つ彼女は、伯爵家のお嬢様だ。
 彼女はとにかく周りを仕切りたがる。自分が決めないと納得しないのだ。
 そんな彼女をクラスでは皆刺激しない様にしている。よくある事勿れ主義というやつだ。
 大体取り巻きの人と一緒に居て、その人達が機嫌をとるし、反対してまで押し通したい意見というのもなかったからそうなっているだけだけど。
 その彼女が、目の敵にしている人が一人。
「…っ!!!ダンツ!!貴方ならどうせ台詞も覚えてるんでしょう、貴方がやりなさい!!」
 キッと切れ味の良いナイフの様に鋭利な言葉をルーンはその人へと送る。
 急に怒鳴られたその人に視線が集まった。
「…もしやったとして、悪役の代わりを探す方が難しいと思うよ。」
 呆れた様に返事をする彼__ユーリス・ダンツがルーンはやはり気に入らないらしい。
「…っ!!!貴方が分裂でもしなさいよ!!」
 ぐうの音も出ないのか捨て台詞を吐いてから教室から出ていくルーン。
 
「…どうしようか。」
「すまない、俺が手首を捻ったばかりに…!」
「本番もすぐだ。練習してたのは素晴らしい事だよ。今回はただの事故さ。」
 主人公役だったセウ君は、ダンツ君に駆け寄って謝る。気にしない様にと慰めるダンツ君は、とても優しくて気遣いの出来る人だ。
 僕が急に話し合いの司会を任されて固まってしまった時も、さりげなく助け舟を出してくれたし、僕の剣のデザインを褒めた事でルーンさんに悪役にされても気にしていなかった。
 きっと目立つ事が好きではないのだろうに、よりにもよって悪役なんていう役で劇に出されるのだ。
 学園祭では多くの人が来る。
 その人々の前で悪役をすれば、いくらかイメージが定着してしまう。
 それに今回の台本は本当に悪い事をして居る悪役だ。実は誰かのために、なんて言うどんでん返しなんてない。
 ヒロインに恋をして、応えてくれなかったと言う理由でヒロインもヒーローの邪魔をするという役だ。
 全てルーンが監修したストーリー。
 台本係のおかげで面白くはなったが、悪役の設定は変えられなかった。
 ルーンは多分これを狙ったのだろう。
 気に入らないダンツに悪いイメージがつけばいいと。

 彼が一言、『別にこの剣は趣味じゃないし、劇にも出たくない。』と言ってくれれば、別の誰かが悪役になったのだろう。
 けれど、ダンツ君はそれを良しとしなかった。
 多分だけど、ダンツ君は自分がしなければ次になるのは身分の低い子達だと思って受け入れたんだ。
 身分の低い子達は、その分学園祭でのイメージ付けに必死になる。悪いイメージがついてしまうと言うのは、貴族社会では致命的だ。
 …特に、僕みたいな取り柄もない奴はもっとそう。
 
 取り敢えず台詞と動きの確認をできる範囲でして、いつもより早めに解散した。
 僕は落ち着かなくて、一人中庭に行く。
 中庭はいつも人が少なくて、一人になれる場所だ。
 青々とした生垣に隠れる様にして座り込む。
 いつも僕はどこか勇気が足りない。
 いつも誰かに見つけてもらうのを待っている。
 誰かに褒められるのを待つだけになっている。
 ____………………本当は、台詞も全部覚えているんだ。
 でも、言い出せない。
 言い出したところでだ。
 いつも鏡で見る僕は、ボサボサの髪の毛で、背筋が曲ってて。
 鬱々とした雰囲気の僕は、まるで空気に溶け込むみたいに生きている。
 脇役にすらなれないのだ。
______「オレンチュ君、こんなところでどうしたの?」
「……っうわぁあっ!!?」
 急に誰かに話しかけられた。
 情けない僕はびっくりして飛び上がった拍子に後ろに転ぶ。
「……大丈夫?」
 転んだ僕を声をかけてきた誰か、ダンツ君が上から覗き込む。
「わわっ!だ、大丈夫っ!!あ、ありがとう。」
 ダンツ君が差し出してくれた手を借りて起き上がる。
 そこで気づいた。さっき地面に手をついたせいで、僕の手は土だらけ。
 勿論助けてくれたダンツ君の手にも土が…。
「ご、ごめん、僕のハンカチでよければ使って…!」
「いいよ、これくらいすぐに落ちるし。」
 そう言ってダンツ君はさっさっと土をはらった。
「で、どうしたの?落ち込んでるみたいだったけど。」
「えっ、あ、…ちょっと、劇のことで…。」
「そっか。…オレンチュ君は主人公の役とかに興味ないの?」
「うえええっ!?ナ、なんで!?」
 思わずのけぞった。
 な、なんでそう思ったんだろう。僕、あんまりダンツ君と話した事ないのに…。
「…いや、セウ君とオレンチュ君は背丈が近いから、衣装はピッタリだと思っただけだけど…。」
「あっ、そっか、そうだよね…!」
 早とちりみたいだ。勘違いしてしまって恥ずかしいっ…!
 今すぐ忘れて欲しいくらいだ。
「………オレンチュ君は、主人公がしたかったの?」
「……えと、うん。似合わないけど、ネ…。」
 流石は冷酷公爵と話のできるダンツ君だ。全部バレてる。
 僕が主人公だなんて、一番僕自身が想像できないくらいだ。

「意外と似合う気がするけどな。」

「え、…。」
 とても、びっくりした。
 そんな事、お世辞でも言われると思っていなかったから。
 ぽろっとこぼしたみたいに話すダンツ君に、空いた口が塞がらない。
「ねぇ、ちょっと試しになってみない?」
 ____主人公。
 
 ずっと、手を引いてくれる人を待っていた。
 勇気を出してクラス長になってみたけど、できる事が増えるわけじゃなくて。
 だから、そんな事を言われて返す言葉は僕から一つしか出てこない。

「______うん。」
 
 僕は、ダンツ君の手を取った。
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが

ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク 王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。 余談だが趣味で小説を書いている。 そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが? 全8話完結

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

処理中です...