噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠

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一章

学園祭【準備編 練習】デンベル・フランネル視点

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「…………………『なにが、…目的だ。』」
「…『それくらい、自分で考えたらどうだい。勇者とやら。』」
 彼から出たとは思えない低い声。
 嘘だとわかっていても、ぞわりと心に不安が募った。
 思わず息を呑んだ俺と反対に、ふう、と息を吐く彼。
「…どうですか?」
 すっと彼から威圧的な雰囲気が消えた。
「……………………よかった、と思う。」
 俺は、ダンツの演技練習に付き合って居る。
 そういうことになっている。
 けれど、実際は少し違うと思う。
「ほんとですか?」
 嬉しそうに聞いてくるダンツは、練習などせずとも演技力があるのだ。
 そんなダンツが他ならない俺に練習相手を頼んだのは、俺が主人公をしてみたかったと零したからだろう。
 その証拠に、彼は物語上ライバルの役で、俺は主人公の役。
 主人公は台詞が多くて、ライバルが出て来たシーンだけを抜粋しても話す事が沢山ある。
 俺が台詞を速く読めなくても、ダンツは急かさない。
 彼の言っていた事を思い出す。
『治ってはいるんですね。』
______『きっと一言が一番大変です。二言目はすぐですよ。』
 その通りだった。
 治ってない訳じゃない。
 そうだ、俺は話せている。
 ちゃんと声が出せている。
 俺が思い込んでいただけなのだと。
 それを教えるために、彼は俺に練習相手を頼んだのだと思う。
 現にダンツと練習を始めてから少し話すのが速くなった。
 ダンツからは何も言われていない。
 練習に付き合ってほしいとだけ。
 俺が気にしない様にだろうか。
 なんだか気を使ってもらってばかりで情けない。
「話すのが速くなりましたね、先輩。
 このペースなら、このシリーズが終わる頃にはもう早口言葉も言える様になっちゃいますよ。」
 冗談混じりでそう笑うダンツ。
 本当にそうなればどれほど嬉しいか、彼は知らないだろう。
「…先輩、そろそろ6時なので帰ります。」
「…………………わかった。」
 もうそんな時間か。
 最近は陽が落ちるのが遅いから気づかなかった。
 練習していた中庭の入り口まで、ダンツを見送る。
 騎士科の寮は反対だから、ここまでだ。

「…………………気をつけて、……帰るといい。」
 名残惜しい気持ちになる。
 聡い彼のことだから、もしかしたら気づかれているかも知れないけれど、だからといって引き留める理由もない。
 
「はい。また明日。」
 片手がひらりと振られた。
「……………………また、明日。」
 俺が手を振り返したのを見届けて、彼は去って行った。
 

 
「最近、よく君の声を聞く気がするよ。」
 学園祭の準備だと言う書類を見ていたミズルにそう言われた。
 休憩時間だと言うのに書類に追われているミズルは、書類から視線はあげない。
 俺は読んでいた本から一度あげた視線を戻した。
「………………………特訓中だ。」
「ダンツくんと?」
「…ゲホッ、っ!……………………なぜ、?」
 間髪入れずに聞かれて思わず咽せた。
「いや、何となく。と言うか君の交友関係が狭過ぎるんだよ。」
「……………………。」
 しれっと答えられたが、その理由に釈然としない。俺が一人で解決したとは思わないのか。
 もやもやしている俺を他所に、ミズルは相変わらず書類から目を離さない。
 なんだか少し癪に障ったが、書類を持っていたので何もしない。…書類を持っていなければ小突いてやったのに。
 肩肘をついて優雅に書類を見続けるミズル。
「…まあ、よかったよ。」
 言葉少なに呟いたのち、ミズルは黙った。
 俺も、さっきの様に軽口がたたけるようになって安心した。
 あの事故を一番気にしていたのはミズルだったから。
 
 ダンツには自分で使った氷の魔法のせいで重傷を負ったと言ったが、少し伏せた部分がある。
 あの時、俺はミズルと一緒に母さん達のお茶会を抜け出していた。
 母親同士が仲が良く、幼馴染だった俺とミズルは大の親友だった。
「母上達、今日はずーっと服の話ばかりだ。」
「旅行の話とかお菓子の話なら聞いていられるのにね。」
 そんな事を言い合って、茶会を抜け出した。
 こういうのはいつもの事だ。お互い屋敷の中は把握していて、信頼もして居るので基本的に好きにさせてもらって居る。
 今回はミズルの屋敷だったけど、俺の家の時も勿論あって、お互い家の中は全部知っていると思う。
「何もする事がないな…。」
「そうだね、あっ、近くでお祭りがあるんだ。そこに行こうよ!」
「危なくないか?それにきっと怒られるぞ。」
「ちゃんと父様に許可を貰いに行くよ。付き人も用意してもらうし。」
「…まあ、それなら大丈夫か。」
 ミズルの誘いにのった俺は、ミズルと何人かの護衛の人と共に祭りに行った。
 その帰り道だった。

 ____馬車に、火をつけられたのは。
 
 祭りで遊び疲れた俺とミズルはうつらうつらと寝かけていて、馬車に火をつけられた事自体は覚えていない。
 起きた時には周りが真っ赤で、無意識のうちに氷の魔法を使った。
 馬車全部を凍らせ、護衛の人も、ミズルさえも氷で覆った。
 すぐに来た魔法士が氷を溶かしてくれて、ミズルも護衛の人も無事だったと後から聞いた。
 
 けれど、俺はいつまでも内側から氷の魔法を発動し続けた。
 火が無くなっても、自分の家に戻っても、ずっと。
 次第に魔力が切れた。
 3日ほどだったそうだ。
 母上と父上が変わる変わる回復魔法や炎の魔法で俺を生かしてくれたらしい。
 目が覚めた時には、まだ氷の魔法の余波で体は冷えていたが、魔法をかけ過ぎるとそこから魔力を吸収してしまいかねないために、自然治癒に頼ることになった。
 
 後から聞いた話によれば、馬車と一緒に眠り薬も燃やされていたらしい。
 次にミズルの所へ行った時には護衛の人が居なくなっていたし、父上からは魔法と剣術の鍛錬を増やされた。
 
 見舞いに来てくれたミズルに、暫く話せないと言った時から、ミズルは負い目を感じている。
 自分が誘わなければと思っていることくらいは、親友だからわかる。
 俺もミズルを凍らせてしまったのだから、お互い様だと思うのに。
 俺のこの状態は自分が招いた結果。
 俺が自分の魔力を制御できていれば済んだ話なのに。
 その日から、いつまで経っても話せない俺は、ミズルに謝れていない。
 あの時から、ミズルと軽口を叩くことは無くなっていた。

 
 火で少し焦げた髪の毛もすっかり元に戻り、身長なんて二倍くらいに伸びたミズル。
 俺も身長は伸びたし、父上譲りの体格で逞しくなった。
 あれから六年。

「……………………ミズル。」

「………………………昔、凍らせて…………………すまなかった。」

 言えていなかった事が、ようやく言えた。
 
 横で書類をめくっていた手止まる。
 
 
「…いいや、助けてくれて、ありがとう。」
 
 ミズルが鼻をすする音がしたが、すぐに書類仕事が再開していたので大丈夫だと思う。
 今は見られたくないだろうと、俺もその後は何も言わずに本に目を落とした。

 

 後日、また俺の噂が追加されていた。
《【冷酷公爵】は、友人さえ凍らせた事があるらしい。》
 ……………………あながち否定はできないのだが…。
 …こう、なにか語弊がある気がする…。


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