酒を飲むなら縁側で

春色悠

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夏は酒と祭りの季節

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『おい、起きろおっさん。今日は予定があんだろ。』
「んぇぇ゛、も、ちょい、寝る…。ぐえっ…。」
 ユズの声に起こされ、もう一度寝ようとした矢先に腹に衝撃が走る。
 見てみれば七三分けの毛並み、なーさんが腹の上に乗っていた。
「……なーさん、重いんですけど…。」
 ニャッ
『さっさと起きろ。』
 寝起きの掠れ声で苦言を申しても誰も取りあってはくれないらしい。
 しかも朝とはいえ夏の初め頃、絶妙に暑い。主になーさんの乗ってる所が。
 猫と幽霊の結託により叩き起こされたオレは、昨日作った握り飯を冷蔵庫から取り出して食べるのであった。
 昨日の生姜焼きを入れた握り飯はぎゅうぎゅうと握りすぎたせいか見た目よりボリューム満点である。
 食っても食っても減りやしない。
『なに冷たい握り飯だけで朝ご飯を済まそうとしてるんだ。昨日味噌汁も余ってただろ、温めて食え。』
 まるで母の如く怒られたので味噌汁も追加である。
 昨日鍋に入れたまま冷蔵庫に保存した味噌汁を出し、火にかける。だんだんと温かくなり汁の具材が震え出すのを握り飯を食べながら見る。
 じゃがいも、玉ねぎ、豚肉、にんじん、豆腐、それらが入った具沢山な味噌汁はこれ一つでも主役級の一品。
 温めれたら丼によそって縁側へ行く。最近ではもう飯を食う時の定位置になった縁側は、夏になってから朝顔が咲く様になった。
「ごちそーさまでした。」
 空になった丼と抜け殻のラップに向かって手を合わせる。
 さてと、そろそろ行かなきゃなぁ。
「ユズも来る?」
『祭りの段取りと言う名の飲んだくれの会合に誰が行くか。あんな酔っ払いしか居ないところ。』
 ぷんぷん、と怒り息に拒否するユズ。
 まあ、確かに酔っ払いしか居ない。町内でやる祭りの運営なんておっさんしか居ないのである。そりゃ飲んだくれの会合にもなる。
 オレとしてもただ酒が飲めるのはいいがおっさん達に絡まれるのは勘弁してほしいのだ。
 しかし今回はちゃんと昼飯が出てくるらしいので、恐らくおっさん達の奥様方も来るはず、つまり制御役が居る。
 だから今回は大丈夫だと思うのだが…、まあ帰ってくるのは遅くなりそうである。
 ユズは幽霊なので心配する必要はないのだが、放っておくと何処かに消え失せそうで怖いのだ。
 いや、消えるのは成仏できていいのかもしれないけれど。
 なんだか、とても絆されてしまっている気がする。
「ま、行ってくるわ。ちょっと遅くなるかもだから、」
 __先にご飯食べといて、そう言おうとして口をつぐんだ。
 つい、ユズが生きている人間かの様に接してしまう。
 ユズとは食卓を共にしたことも、食べる所を見たこともないのに、まるでそんな事があったかの様だ。
「…行ってきまーす。」
『いってらっしゃい。酔っ払って道端で寝るなよ。』
「はーい。」
 ちょっと下に向いた気分を誤魔化す様に言葉を紡いで、玄関を出た。
 後ろから掛かるぶっきらぼうな心配の声に、笑いを堪えながら返事をする。きっと笑えば二度と言ってもらえないから。
 最近ちゃんと食べる様になって軽くなった足で、待ち合わせ場所へ向かったのであった。


「はぁぁあ!!?他の町と協力して今回はデカい祭りにするぅ!?」
 思ったよりも町内会は大きな話が動いていた。マジか。
「頼むぞ満作ぅ!若えもんはお前しかおらんからなあ!バンバン働けよお!」
「嘘でしょお……。」
 あっはっはっはっ!!と大声で笑う大根農家のおっさんにバシバシと背中を叩かれながら遠い目をするオレは、結局夜中まで酒盛りに加わって帰ったのであった。



「ゆーずー、ゆずー?…ゆずー!」
 さっきからずっとゆずゆずと煩いこの男が気に入らない。
 ゆらゆらと機嫌良さげに揺れながら喋り続けるこの男ときたら、俺が見え始めた時はヤバかった。
 三秒後には野垂れ死にしそうな風貌で、台所に向かったと思えば手に取るのはビールである。
「ビールあるじゃん!ラッキー!」
『昼間っからビールかよ。おっさんが。』
 ついつい、声がでた。
「あ?こちとらまだまだピチピチの25だ、ぞ、…?」
 それに、返事が返ってくるとは思っていなかったけれど。
 その後、なんだかんだそいつに料理を教える様になって。
 いかにも怪しいよくわからない奴が家に居るのに爆睡できる彼奴はやっぱり阿呆なのだろうか。
「ゆーずー、きいてよお、武成のおっさんがさあ、オレにしごとおしつけんだよ、祭りのしごとはオレのしごとじゃないのにぃ…。」
 呂律の回ってない口で、情けなくべしょりと突っ伏して話す男は、触れれはしないのに俺に手を伸ばしてくる。
 数ヶ月しか一緒に過ごして居ないのにこの懐きようである。
「なんかね、周辺のさあ、町ときょうりょくしてさ、花火打ち上げるとか言って張り切ってんだよぉ。
 花山さんが居なかったらオレ全部段取り押し付けられるとこだったあ。花山さんやさしい。」
 【花山さん】
 先ほどからの話を聞くに、同じ年くらいの女性らしい。
 やさしい、神、とうわ言の様にくり返す満作に、なんとなくイラついた。
 それを隠す様にそっぽを向いても、満作は気にすることもなく話を続ける。それもまた気に入らない。
 どんどん相槌はてきとうになっていき、もはやすることも無くなったと言うのに、満作は話を続けた。
「んふふー、えへ。」
 上機嫌なのか、気持ち悪い笑いを浮かべる満作。そんなに花山さんとやらが好きなのだろうか。
 ならば、もっと花山さんとやらと一緒に酒を飲んでくれば良かったのに。
 驚くことに、満作は宴会を抜け出してきたらしいのだ。まだまだ向こうでは宴会が続いて居て、花山さんは物凄い酒豪で親父どもを潰し回っていると。
 まったくお似合いではないのか。
 自然と眉間に皺を寄せながら思う。
「まつりのとうじつはー、休みもぎとってきたからー。」
 相変わらずゆらゆらと海藻の様に揺れながら話す満作。花山とやらと祭りにでも行くのだろう。
____「いっしょにみよーね、ゆず。」
 思わず弾ける様に満作を見た。
「たぶんね、いちてきにこのいえからいい感じにみえるんだあ~。」
 とろとろと今にも眠りそうな目でこちらを見る満作に、また目を逸らす羽目になる。
『…そうかよ。』
 まともな相槌を返して、さっさと満作を次回から消す。
「……?あれ、ゆず耳あかい?」
 気づけば、俺に、いや正確には俺の居る場所の床に影がかかって居た。
 後ろのすぐ側から満作の声がする。
「もしかして、照れてるの?」
 思わず振り払う様に手を動かす。
 勿論実体がないのに触れられるはずも無く、ただただ満作と向き合う羽目になってしまった。
 満作も、触れられやしないのに抱きしめる様に片手を腰に回して、もう片手を頬に添えてくる。
 幽霊なのに、実体はないのに、なんだか熱い。
「かわいーね、ゆず。」
 びゅん、満作の腕をすり抜ける様にして飛び下がった俺は隣の部屋に逃げ込むのであった。


「あーあ、にげられちゃった。」
 そう呟きながら、自分の手を見下ろす。
 本当に触れられたらなあ。
 思っても、多分叶わない願いを酔った頭で真剣に考えた。
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