酒を飲むなら縁側で

春色悠

文字の大きさ
上 下
1 / 11

これは話のネタになり得るか

しおりを挟む
「あ゛あぁぁぁ~……、やばい……。なぁんも思い浮かばねぇ…。」
 ごろり、というには些か勢いよく寝転がった男は、随分と水も飲まずに考え込んでいたのだろう、掠れた声を出した。
 その事に気づいた男は、何か飲もうと思いつつ、面倒臭さにまたごろりと畳の上に転がった。
 男の名は来ノ木満作らいのき まんさく。有名では無いが本はそこそこ売れている恋愛小説家である。
 
『……来ノ木さん、これマジでつまらないですよ。』
「だぁぁぁっ!!くっそがっ!!」
 寝転がりつつも頭を働かせたというのに、出て来たのは編集の睦河から投げつけられた言葉だったというのだからもうお終いだ。
 悪態を思い切りついてからのそりと起き上がれば、周りはゴミだらけ。
 没にした原稿、没に"なった"原稿、鉛筆の削りカスを零したヤツ、単純に鼻かんだティッシュ、等々主に紙屑達を踏みながら台所へと向かう。
 酒飲もう、酒。
 頭の中では既に酒を飲む事が決定している。
 昔から酒は好きだ。
 自身の名前も、父が好きだった酒の銘柄から取ったと言うものだから、酒に対して幼い頃から期待が大きかった。
 そして成人して酒が飲めるようになれば、意気揚々と父と酒を酌み交わし、どっぷりと酒の魅力にハマったものである。
 お陰で二十代後半に差し掛かっている一人田舎暮らし者であるのに、車を運転した事がない。
 金が無いとか免許取るのが面倒いとかではない。飲酒運転だけはするものかと思っているだけだ。
 そんな事をネタの思いつかない頭で考えていれば、台所にはすぐについた。
「酒~、なんかあったかぁね~。」
 祖父母から受け継いだ為、キッチンというよりも台所といった方がしっくりとくるそこに不釣り合いに新しい冷蔵庫。
 はてさて、酒はあるのか…、どうだったか。
 ばっ、と開ければ、冷たい空気が腕に触れる。
「ビールあるじゃん!ラッキー!」
『昼間っからビールかよ。おっさんが。』
 水を得た魚のように顔を輝かせた満作に、呆れ返った何者かの声が届いた。
「あ?こちとらまだまだピチピチの25だ、ぞ、…?」
 聞き捨てならない台詞に喧嘩腰でそちらを見た満作は、ぱちぱちと目を瞬いた。
 相手はまるで幽霊にでもあったかのように目を丸く見開いていて、黒いビー玉のような瞳がよく見える。
 満作は思った。
 目の前のコイツはなんだろう、と。
 恐らく年は同じか下くらい。
 目は大きいが、決して童顔な訳ではなく、派手ではないが整った顔の作りだ。
 これが人間なのであれば、不法侵入だなんだと不審者として扱っただろうが…。
 果たして、この男は人間として扱って良いのだろうか。
 満作が悩んでいるのは、その男の身体が妙に透けており、更には宙に浮いていたことに他ならなかった。
「『…は?』」
 きしくも、長い沈黙の末に出た言葉は短く、被っていくのであった。
 …これ、小説のネタになんねぇかな。
 現実逃避、もしくは職業病かも知れない。そんな事を考えながら、満作は取り敢えずビールに手を伸ばすのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

俺のソフレは最強らしい。

深川根墨
BL
極度の不眠症である主人公、照国京は誰かに添い寝をしてもらわなければ充分な睡眠を得ることができない身体だった。京は質の良い睡眠を求め、マッチングサイトで出会った女の子と添い寝フレンド契約を結び、暮らしていた。 そんなある日ソフレを失い困り果てる京だったが、ガタイの良い泥棒──ゼロが部屋に侵入してきた!  え⁉︎ 何でベランダから⁉︎ この部屋六階なんやけど⁉︎ 紆余曲折あり、ゼロとソフレ関係になった京。生活力無しのゼロとの生活は意外に順調だったが、どうやらゼロには大きな秘密があるようで……。 ノンケ素直な関西弁 × 寡黙で屈強な泥棒(?) ※処女作です。拙い点が多いかと思いますが、よろしくお願いします。 ※エロ少しあります……ちょびっとです。 ※流血、暴力シーン有りです。お気をつけください。 2022/02/25 本編完結しました。ありがとうございました。あと番外編SS数話投稿します。 2022/03/01 完結しました。皆さんありがとうございました。

処理中です...