血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第7話 動物園②

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 外は穏やかな陽気で、歩いていくにはちょうどいい。智也たちは歩を進めたが、道中、無言であった。

 こういうときは、純は自分から話しかけることはしないのだろう。智也にしても、特に話すことはない。しばらく生活しているうちに慣れてきたのか。沈黙が続いても、智也は気に止めなくなってきた。

 駅に着くと、今度はバス停に赴く。停留所で並んでいたが、さほど待つことなくバスが来る。智也たちはそれに乗った。

 始発ということもあり、智也たちは並んで座ることができた。土曜日ということもあり、席がおおよそ埋まっている。

「今からこいつを美咲に会わせるけど、大丈夫かな……そういや、服変える時、裸がチラッと見えたけど、思いの外ガタイがいいような……って、何考えてんだ俺」
 動物園に向かう途中、智也はこんなことばかり考えていた。

 思考してる最中、ふと、左右の目をせわしなく動かす。バス内の様子を観察しているのだ。
 乗客は談笑していたり、スマホを操作するなどしている。智也たちのことを気に停めているものは誰もいなかった。

「まぁ、俺らなんかどうでもいいよな……」
 こうは言うものの、客が無関心であることに智也は安堵した。


***

 バスに揺られて数分後、智也たちは動物園に到着する。

 入口に向かったとき、智也はある一人の女性に目を止めた。

 まずは髪型。長さはロング。色はココアブラウンか。それを低い位置で結んだあと、一回転させてそれを中央に入れて――俗に言う『くるりんぱ』――いた。

 服は白のタートルネックのセーターに、アンバー色のロング丈のジャンパースカート。
 手にはブラウンのハンドバッグ、足元はダークブラウンのショートブーツ、といった具合である。

「美咲っ」
 その女性に向けて、智也は手を大きく振った。

「智くーん」
 美咲と呼ばれた女性は、にこやかに手を振る。
互いに手を振ったあと、智也と美咲は歩み寄る。純が智也の後を追うようについて行った。

「おはよう、智くん」
 美咲が挨拶したあと、智也も「おはよう」と返す。

「この人が純さんね。はじめまして」
 美咲は笑顔を振りまいたが、純は無言であった。

「ごめんな。こいつ、常識がなくて……おい、こういうときは『はじめまして』って返すの」
 智也は純に耳打ちした。

「智くんから話には聞いてたけど……すっごいイケメンじゃない! モデルさんみたい。背も高いし」

 美咲は純をまじまじと見る。美咲は智也よりも背が低いからだろうか。純はこのメンバーの中でいちばん背が高い。そのせいか、より高く見えた。

「えらい食いついてるな……彼氏が目の前にいるのに?」
 智也はやっかむが、口元は半笑いになっている。

「イケメンってなんだ」
 ここに来てから、純が初めて口を開く。

「第一声がそれかよ」
 智也がツッコミを入れる。

「『かっこいい男の人』ってことだよ……純さんみたいな?」
 美咲は照れくさそうに答える。

「説明になってなくないか?」
「だってー、そもそもの『かっこいい』という概念を改めて説明するのって難しくない?」

 智也と美咲のやり取りをよそに、純は美咲のことをまじまじと見つめていた。目線を感じ美咲はつい、たじろぐ。

「私は『男の人』じゃないぞ。男じゃないんだ」

 純は二回訂正を入れた。表情は変わらないが、それがより圧を感じさせる。

「ごめんなさいっ」
 美咲は慌てて訂正した。

「いや、純はどう見たって男だろ。綺麗な顔してるけど」
 慌てふためく美咲を、智也は怪訝けげんな目で見る。

「そういうことじゃないの。とにかく『男じゃない』って言ったら、それを尊重しなきゃダメなの。ごめんなさい。智也が無神経で」

 事情が飲み込めていない智也に代わり、美咲が改めて謝罪した。
 純はその様子をただ黙って見ている。

「あー、悪かったよ。ごめんな」
 美咲が謝罪したのを見て、智也が続けた。

「それでいいの。さ、早く中に入ろう」
 美咲が先に進んでいく。「待てよ」と言いながら、智也たちが後に続いた。

(『男じゃない』とか言ってたけど、やっぱりめんどくせぇな、こいつ)
 智也は密かに、そんなことを考えていた。


「カピバラっていいよね。見ててなんか癒されるというか」
 美咲はカピバラのいるエリアで、柵に身を乗り出して眺めていた。

「美咲ってホントにカピバラが好きだよな」
 左隣にいる智也は、美咲のことを微笑ましく見つめている。

 美咲は明るいが、どちかというと大人しいタイプだ。そんな美咲でもはしゃぐことがあるのか。智也は意外な一面を見た気がした。
そうなっているのは好きな動物が見られて嬉しいからか、はたまた……。

 智也は少し離れたところにいる純を一瞥した。相変わらずの無表情である。テンションが高くなっている美咲とは対照的だ。

「その様子だと、動物にはあんまり興味がなさそうだな」

 純はここに来てからというもの、動物に視線を送る様子はない。無表情なのは元からだが、それがより関心がなさそうに映ったのだ。

「生物の生体展示を娯楽にしているのか。人口楽園では、動物福祉の観点から生体展示を行っていない。皆ホログラムだ。やはりこの世界は文明レベルが低い」

 純の発言を聞き、智也は慌てて美咲の方を向く。美咲はカピバラに夢中になっている。先程の純の発言が耳に入っていないようだった。

「さっき言ったこと、もう二度と口にするなよ」
 智也は純に言い含めた。



「せっかくだから、みんなで写真撮ろうよ」
 美咲はやにわにスマホを取り出した。

「おいおい。遠足かよ」
 智也はうんざりというような物言いをしたが、顔には笑みが浮かんでいた。

「そう言うけど、智くんだってノリノリじゃない」
 智也の笑顔を見て、美咲も微笑む。

「はいはい、並んでー」
 美咲に言われるがまま、智也は美咲の右側に並ぶ。それにならうように、純は智也の隣に並んだ。

「あれ?」

 美咲は撮影するために、スマホを持った手を伸ばしている。スマホ画面を見ていた美咲の顔に怪訝の色が浮かんだ。

「どうしたん……?」

 智也もスマホ画面を見る。そこには、智也の隣にいるはずの純が写っていなかった。
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