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第55話 ヨランダ①

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 王都の空において、ドラゴンとの死闘を終え、エメラーダはヨランダと共に地上に舞い降りる。
 ヨランダは相変わらず死なせろと喚き散らしていた。

「無事かっ!」
 マックスがエメラーダの元に駆けつけた。フォレシアとヘッジ、そしてマーリンがその後に続く。

「はい。大丈夫です!」
 エメラーダはハキハキと答えた。

「まったく、無茶しやがって」
 マックスの物言いこそ責めるようなものだったが、顔には安堵が浮かんでいた。

「ご心配をおかけいたしました。でも、もう終わりましたよ」

「ところでいつフルアーマーになったんだ?」
 マックスがエメラーダの恰好を指摘した。

「ああ、これには込み入った事情が……」
 エメラーダが説明しようとしたとき――。

「終わりだと? まだ終わっとらんぞ!」

 エメラーダとマックスのやり取りは、ヨランダの叫び声によって中断された。鬼のような形相でエメラーダを睨みつける。

「いや、もう終わりでしょ。ドラゴンはいなくなったしね。にしても、この世の終わりに出てくるドラゴンだと言うのに、呆気なくやられちゃったわねー」

 ルシエルが一同の前に姿を現した。

「なんで残念そうなんだよ」
 マックスが突っ込みを入れる。

「それに無名経典もないじゃないの。そんな状況で、どうやって巻き返すつもりだったの」
 ルシエルが煽るように言う。

「本当に楽しそうだなお前」
 愉悦の表情になって煽るルシエルを、マックスは呆れた目で見ていた。

「ヨランダと言ったな。私が見たときは、周囲を長い紙で囲っていたようだが。その紙が無名経典だったのか?」
 フォレシアはヨランダがドラゴンの上に乗っていたときのことを思い返す。

「紙ですか。申し訳ありません。ドラゴンで精一杯だったので……」
 エメラーダは失念していたことを詫びた。

「なぜ謝るのだ。エメラーダ様はドラゴンと戦っていたのだ。それだけで賞賛に値する」
 フォレシアはエメラーダをねぎらう。

「それじゃ、さっきの戦いでは無名経典は約立たずだったわけね。大したことないわね『存在という存在を消してやる』とかのたまってたのに」

「だからなんなんだよお前は」
 ルシエルの物言いにマックスはまたしても呆れ果てる。

<確かに無名経典の気配を感じませんね。ドラゴンを倒したと同時に、時空の歪みが質されたのでしょうか>

 その場にいる一同に、サフィーアの声が響いた。

「この声は、一体なんだ?」
 マックスが辺りを見回す。一同も同じように首を左右に回す。エメラーダを除いて。

「この声は、サフィーアさんですね?」

「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
 サフィーアが姿を現した。一同の目はサフィーアに向かう。

「お前さんは何者かね?」
 マーリンが尋ねる。

「私は蒼き剣そのもの、とでも申しましょうか」
 サフィーアが返事をしたとき、ヨランダの口が動いた。

「そは伝説の蒼き剣
世界の危機にて現れん
王たるものが一振りすれば
世界は直ちに救われん」

 エメラーダの中で動揺が走った。ヨランダを睨むように見つめる。

「その詩は私たちソーディアン家のものとクラウディオ様しか知らないはずです。なぜ、あなたが……」

「あんたかダーラだったのか。それなら無名経典を持ってたことの説明がつく」
 エメラーダを遮るようにマックスが口を出した。

「そこまで存じていたか。いかにも、私はダーラだ。ブケンツァ家お抱えの医師だったジャンを通じて家庭教師となり、次期当主であるクラウディオをそそのかした……」
 ヨランダは自嘲するように笑みを浮かべる。

「なんでヨランダちゃんはクラウディオちゃんを唆そうとしたの?」

 ヘッジが尋ねるが、いつもと変わらぬ軽口だ。そのせいか、幾分か場の緊張感が緩む。ヨランダは力無く笑った。

「いいだろう。話してやる」
 ひとしきり笑ったあと、こう続けた。

「王からの追放令が出たあと、私は王国を出てさ迷っていた。王国では魔術禁令だったが、他所はそれ程厳しくないからな。魔術に精通しているギルドも少なくなかったので、当座はそれほど困らんかった。むしろ、歓迎されたくらいだ」

「ギルドは情報を売り物にしとる。当然、王都で何があったかもご存知だ。だからこそ、ヨランダを受け入れたのだろう。魔術に精通しとるからな」
 マーリンが一同に説明するように言葉を添えた。

「私はギルドを渡り歩き、魔術の研究を続けた……そこで、ジャンと出会った」
 ヨランダは感慨深そうになる。

「妙な男だったよ。悪名とどろいている上に若くもない女に入れあげてるんだから。
 曰く『なにゆえ君のような聡明な女性が蛇蝎のごとき扱いを受けねばならぬのか。敬われないのは間違っている』とかなんとか。

 随分と調子のいいことを抜かしおって。そう思ったぞ。初めて聞いたときはな。だってそうだろう。誰だって裏があると思うだろうて」

 一同に同意を求めるような口調になる 。

「初めは警戒していたぞ。だが、奴もしつこくてな。こんな調子で、私のことを口説き落とそうとしたんだ。最初は適当にあしらってたが、次第に奴のことを知りたくなってきた」

 今度はまんざらでもないという口ぶりになった。

「ある日、奴はこんなことを言い出した。『ブケンツァ家の若様の家庭教師にならないか』とな。

 私は『得体の知れない輩を招く家があるか。貴族であるなら尚更だ』と返したが。そうしたら、自分はかかりつけ医だから大丈夫だとか抜かしおった」
 苦笑するように片微笑む。

「若様というのはクラウディオ様のことですよね?」
 エメラーダが確認するように質問した。

「ああ、そうだ」
 ヨランダが肯定すると、マックスが割って入ってきた。

「で、クラウディオの家庭教師になったわけか。それで無名経典を使わせたんだな」

「待て待て。家庭教師になったのは学を授けるためだ。魔術を教えるつもりは毛頭なかった。今になってこんなことを言っても信じてもらえんだろうがな」
 ヨランダはマックスの発言を、半ば諦めつつも否定した。

「じゃあなんで無名経典を使わせたんだよ」
 マックスは改めて問う。

「それは家庭教師となって半年後のことか。クラウディオとはすっかり打ち解けた仲となってのことだ。そんな時、私の元に突然、無名経典が現れたのだ」

 一同は絶句した。

「魔術に関する覚書を記した書を手に取ったときだ。なにやら、ただならぬ気を感じので、直ぐさま開いたのだ。そうしたら、ページには妙な光を放った文字らしきものが浮かび上がっていた」

 ヨランダは目を見開いた。

「そうだ! これは紛れもなく無名経典だ! 我らを陥れた、忌まわしき無名経典!!」
 ヨランダの突然の絶叫に、一同はたじろぐ。

「ヨランダさん。あなたは『忌まわしき無名経典』と仰いましたね。でも結局使ったのではありませんか。一体なぜ……」
 エメラーダはおののきつつも尋ねた。

「魔術師こそ我が本分! 男にほだされ、ただの女として余生を過ごすなど真っ平御免!! だから私はあの忌まわしき無名経典を開くことにしたのだ! 欠片も残らぬ程の破滅をこの身に招いても!!!!」

 ヨランダの叫びは、金切り声になっていた。その目は吊り上がり、瞳孔が開いている。その迫力に、一同は気圧されてしまった。ヨランダに圧倒され、言葉を失う。
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