上 下
36 / 58

第36話 氷薬①

しおりを挟む
 エメラーダ一同は、マーリンの住居を出ると、森の出口へと向かった。

 途中、木々に巻きついているつる植物が襲いかかってくる。それには、毒々しい色の花が咲いていた。

「早速、ご挨拶か」
 マックスが武器を構える。他のものも各々、戦闘態勢に入る。

「気をつけろ! これはブラッドバインドだ。毒を持っているからな。一撃でもくらうと致命傷になりかねない」
「フォレシアちゃんって、体術もいけるんだね」

 向かってくる蔓を体術で処するフォレシア。それをヘッジが感心するように見ている。

「接近戦では、弓を射る余裕などないからな」
 フォレシアは両手を使い、次々と襲ってくる蔓を打ち払う。
 しかし、打ち払った先に、新たな蔓が現れ攻撃してくる。

「これじゃ、キリがないね」
 ヘッジが蔓を切りつけながら言う。

「どうやら、こやつの出番のようだな」
 マーリンは、氷薬を取り出した。

「危ないですっ」
 蔓の一撃がマーリンに降ってくる。エメラーダがそれを切り落とした。

「大丈夫ですか?」
 エメラーダが心配そうに声をかけた。

「余計な心配をかけさせたな。だが、私は大丈夫。では、いくぞ!」

 威勢のいい掛け声と共に、マーリンは氷薬を投げつけた。
 冷気が辺り一面に広がる。蔓はそのまま凍りついた。

「少し、手を加えてな。氷薬はアナセマスの植物しか凍らないのだ」

「やるじゃねぇか」
 マックスは凍りついたブラッドバインドを見て言う。先程まで一同を襲撃していた蔓は、しっかりと凍りつき、微動だにしなかった。

「ところで、なぜ凍らせないといけないのだ。こういうものは、グレイセスでは燃やす方が一般的だが」
 マーリンは疑問を呈した。

「アナセマスじゃ、燃やすとかえって元気になっちまうんだよ。だから凍らせるんだ」
 マックスが、マーリンの疑問に答えた。

「そういえば、ファビオ兄様がおっしゃっておりました。『火を放った途端、活性化したと』」

 エメラーダは、ラプソディアがアナセマスの植物に覆われていたときのことを思い返していた。

「なるほどな。何ゆえ火を放つと燃えずに活性化するのだ」
 マーリンは、重ねて質問する。

「それは……確か、火をつけるときに、そこから別のものを動かす力が生まれるんだけど、それをアナセマスの植物は吸収できるからとかなんとか……俺に聞くんじゃねぇよ! こういうのは、ディーダがやることだ!」

 マックスは大声で叫んだ。マックスなりに質問に答えようとしたが、収拾がつかなくなったからだろうか。

「熱力を我がものにできるのか。そいつは厄介だな」
 マーリンは顎に手を当てた。
「そうだ。だから凍らせるのがいちばん手っ取り早いんだ」

「ドラフォン全土に使うには、到底足りぬぞ。まぁ、道具は用意したから、材料さえあれば作れるが」

「ここまでしてくださるなんて……感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございます」
 エメラーダはマーリンに深く頭を下げた。

「礼にはちと、早すぎるぞ。城に向かうのだろう? 急いだ方がいいのではないか」
 マーリンは先陣を切って歩き出した。

「ああ、お待ちください!」
 エメラーダは慌てて後を追う。他のものも、それについて行った。


***

 幸いなことに、そのあと植物の怪物に遭遇することはなかった。一同は、なんなく森を抜ける。
 森の外は、平穏そのものだ。見たところ、植物の怪物もいない。

 一同がドラフォン城へ向かおうとした、矢先――

 ドスーン。ドスーン。

 地面から、大きな音が響く。一同は、辺りを見回した。

「先程、音がしましたよね? それも大きな……」
 エメラーダが、確認を取る。

「あそこだ!」
 マックスが十一時の方向を指した。一同は一斉に、指した方を見る。

 目線の先には、見覚えのある緑の巨体が、地面を揺らすように歩いていた。

「あれは一体何だ」
 マーリンが目を細めて見る。

「マーリンさんは、初めて見るのですね。あれも、アナセマスの怪物です」
 エメラーダが説明する。

「ヌイグルミを怪物と言われるのは……いや、あの大きさであるなら、怪物か」
 フォレシアは嘆息するように言う。

「ヌイグルミというのか。確かに、恐ろしいというより、間の抜けた感じがするな」
 マーリンは、ヌイグルミを興味深そうに見ていた。

 ヌイグルミは畑を横切る。畑に、くっきりと足跡を残していく。作物は無惨に押しつぶされていた。

「あやつは、ただプラプラしているだけなのか」

「はい。ですが、あの巨体です。ただ歩いてるだけでも、ひとたまりもありません」
 エメラーダは焦燥感を覚える。

「とにかく、一刻も早く討伐せねばなりません。街に向かったら、それこそ大事です」
 エメラーダの言葉に、一同は同意した。

「では、参りましょう!」
 エメラーダが力強く、号令をかけるが――。

「うお!?」

 マックスが頓狂な声を上げる。植物の怪物が襲いかかってきたのだ。それも、一同を囲むように。

 怪物はイネのような姿をしていたが、透明で煌めいている。光を反射しているのだ。怪物はガラスの植物であった。

「グライスか。森ではあまり見られぬな。光を受けて輝く様は、実に美しい」
 フォレシアはうっとりしていた。

「見とれてる場合か」
 マックスはグライスと応戦しながら、ツッコミを入れた。

 グライスは、穂からガラス片を飛ばした。ガラス片は種であるが、グライスはそれを武器として使うのである。種は、マーリンに飛んでいった。

「危ない!」
 エメラーダは、悲鳴のような声を上げた。

「フンッ」
 マーリンは鼻を鳴らすと、氷薬を取り出した。

 氷薬を円上に撒くと、空中に丸い氷の盾ができる。辺りに、キンキンキンという音が響く。種は、氷の盾によって防がれた。

「臨機応変に対処出来てこそ、魔術というものよ」
 マーリンは得意げになる。

「エメラーダ! お前はヌイグルミのところに行け!」
 マックスがグライスの攻撃を防ぎながら叫ぶ。

「でも……」
 エメラーダは心配そうな顔をする。

「いいから、行くんだ! とっととあのヌイグルミを倒してこい!」

「わ、分かりました!」
 エメラーダは走り出した。エメラーダが走ると共に、グライスがエメラーダを追いかけ始めた。

「あれ? エメラーダちゃんの方に行ったみたい」
 ヘッジがグライスの後を追う。

「エメラーダに、つられたのか? 畜生っ」
 マックスは舌打ちする。

「とにかく、エメラーダを援助する。ヌイグルミはエメラーダにしか倒せないのだから」
 フォレシアがグライスに弓を打ち込んだ。バリンという音と共に、葉が砕け散る。

「皆様、ありがとうございます!」

「礼を言う時じゃないだろ。いいから早く倒してこい」
 マックスはオックスソードを振るい、次々とグライスをなぎ倒していった。

「はい!」
 エメラーダは、更にスピードを上げて走った。グライスはエメラーダを追っている。

「行かせはせぬぞ」
 マーリンは氷薬を投げつけた。エメラーダを追っていたグライスは、瞬く間に凍りつき、動かなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

名も無き星達は今日も輝く

内藤晴人
ファンタジー
エトルリア大陸の二大強国、ルウツとエドナ。 双方の間では長年に渡り、無為の争いが続いていた。 そんな中偶然にも時を同じくして、両国に稀代の名将が生まれる。 両者の共通点は、類稀な戦上手であるにもかかわらず上層部からは煙たがれていること、そして数奇な運命をたどっていることだった。 世界の片隅で精一杯に生きる人々の物語。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ

もぐすけ
ファンタジー
 シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。  あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。  テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...