上 下
29 / 58

第29話 ドラフォン②

しおりを挟む
「……怪物というのは、このおぞましい、草花のことか?」

 ハーマンは、冷静に振舞おうと務める。その意思に反し、手はわなわなと震えていた。

「はい……いつものように、見回りをしていた時のことです。我々は、畑の横を通っていたのですが、突如、地面から怪物が生えてきたのです……」

 報告をする部下も震えが止まらない。

「怪物は、樹でした。樹は、枝を腕のように振るい、我々を襲いました。どうにかして撃退しましたが、樹は、次から次へと生えてきます。我々はなす術もなく、撤退を余儀なくされました」

 部下はさらに続ける。
「状況を報告するため、城に向かう道中にも、怪物が現れました。その怪物もまた植物でしたが、蔓植物だったり、キノコのようなものだったり……」

 部下の報告が終わらぬうちに、部屋中にドアを叩く音が響く。ハーマンが中に招き入れると、続々と「ドラフォン中に植物の怪物が現れた」という知らせが飛び込んだ。

「何故、我が国がこのような惨事に見舞われないといけないのだ!」
 ハーマンは歯噛みをした。

「植物、ですか……。そういえば、ラプソディアにも、巨大怪物と共に、植物の怪物も出現しました」
 エメラーダが発言する。

「その話は、我々も伝え聞いている。エメラーダ殿が、植物の方も撃退したとも」
「でも、その時は市街地だけでした。今回の場合、範囲が広すぎて……」
 エメラーダに、不安と焦りが生じる。

「とにかく、植物の方は、私の護衛が詳しいです。話だけでもいいので、聞いていただけますか?」

 エメラーダは巨大怪物――マックスらは「ヌイグルミ」と呼んでいる――と同時に、植物の怪物が現れた時のことを思い返していた。

 マックス曰く、植物はアナセマスに生えているものだ。だから彼らの知恵を借りれば、打開策が見つかるかもしれない。エメラーダは、そう考えたのである。

「状況が状況だ。一人でも多くの知恵が欲しい」
 ハーマンは、エメラーダの申し入れを聞き入れた。

「――窓辺から見える、草花。あれらは、ラプソディアに生えてきたものと同じか?」
 ハーマンは、マックスとフォレシアとヘッジに、窓の外の景色を見せた。

「歩き回っているのは、ウォーキンツリーに見えます。ラプソディアに生えているものと同じかどうかはわかりませんが」
 フォレシアが答える。

「ヒュドラヒナゲシに……あれは」
 同じように窓の外へ目を向けたマックスは、言葉を失う。

「ドッグローズ!」
 マックスは叫んだ。

「大丈夫ですか? マックスさん」
 マックスは、ただならぬ様子を見せている。どれ程までに恐ろしい怪物なのか。エメラーダは不安を覚えた。

「ドッグローズか。これは良いものだ」
 マックスの悲痛な表情とは裏腹に、フォレシアはウキウキしていた。

「良くねぇよ! ポスケはあいつにやられたんだよ!!」
 嬉しそうにしているフォレシアに向かって、マックスは怒声を浴びせた。

「えーと、どういうことでしょうか?」
 ドッグローズと聞いた時の、マックスとフォレシアの反応は正反対のものだ。
 いったいどういうことなのか。エメラーダは理解に苦しんだ。

「ドッグローズって言うのはね。四本足のトーカーに寄生する花のことだよ」
 エメラーダの疑問に、ヘッジが答えた。

「そう、ドッグローズは自ら、宿主を通して水分と栄養を補給する。それにより、風味豊かな実をつけるのだ」
 そう語るフォレシアは、恍惚な表情を浮かべていた。

「そんなもん食うんじゃねぇよ!」
 対してマックスは、石膏のごとく白い顔が真っ赤になるほど、憤怒していた。

「食わぬというのか。美味だと言うのに。まさか、寄生されることを恐れているのか? ドッグローズはヒュランには寄生せぬというのは常識であろうに」

「そういう問題じゃねぇんだよ!!」

「お話の途中、申し訳ありませんが……」
 怒りを露わにするマックスと、嬉々として語るフォレシアの言い争いを遮ったのは、エメラーダだった。

「現在ドラフォンにて、突如出現した草花のことに精通していることはわかりました。では、対処法はご存知ですか?」

「対処法か……」
 マックスは考え込んだ。

「今回みたく範囲が広い場合は、氷薬を使ってるな。これさえあれば、すぐ片付く」

「氷薬?」
 聞き慣れない単語に、エメラーダは首を傾げる。

「まさか、氷薬を知らないのか?」
 エメラーダが首を傾げたのを見て、マックスは唖然とした。

「申し訳ありません。初めて聞いたものですから。火薬ならありますけど」
「火薬があるのに、なんで氷薬がないんだよ」

「マックス。ないものはないのだから仕方がないだろう。エメラーダ様を責めるのは筋違いだ」
 エメラーダに強く当たるマックスを、フォレシアがいさめた。

「でも、氷薬がないんじゃどうしようもないだろ。ちまちま引っこ抜いてたらキリが無い」

 ――打つ手はないというのか。またしても、場に重い空気が流れる――。

「ちょっと、みなさーん」
 沈黙を破るように、ルシエルが現れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

異世界悪霊譚 ~無能な兄に殺され悪霊になってしまったけど、『吸収』で魔力とスキルを集めていたら世界が畏怖しているようです~

テツみン
ファンタジー
**救国編完結!** 『鑑定——』  エリオット・ラングレー  種族 悪霊  HP 測定不能  MP 測定不能  スキル 「鑑定」、「無限収納」、「全属性魔法」、「思念伝達」、「幻影」、「念動力」……他、多数  アビリティ 「吸収」、「咆哮」、「誘眠」、「脱兎」、「猪突」、「貪食」……他、多数 次々と襲ってくる悪霊を『吸収』し、魔力とスキルを獲得した結果、エリオットは各国が恐れるほどの強大なチカラを持つ存在となっていた! だけど、ステータス表をよーーーーっく見てほしい! そう、種族のところを! 彼も悪霊――つまり「死んでいた」のだ! これは、無念の死を遂げたエリオット少年が悪霊となり、復讐を果たす――つもりが、なぜか王国の大惨事に巻き込まれ、救国の英雄となる話………悪霊なんだけどね。

異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!

【毎日更新】元魔王様の2度目の人生

ゆーとちん
ファンタジー
 人族によって滅亡を辿る運命だった魔族を神々からの指名として救った魔王ジークルード・フィーデン。 しかし神々に与えられた恩恵が強力過ぎて神に近しい存在にまでなってしまった。  膨大に膨れ上がる魔力は自分が救った魔族まで傷付けてしまう恐れがあった。 なので魔王は魔力が漏れない様に自身が張った結界の中で一人過ごす事になったのだが、暇潰しに色々やっても尽きる気配の無い寿命を前にすると焼け石に水であった。  暇に耐えられなくなった魔王はその魔王生を終わらせるべく自分を殺そうと召喚魔法によって神を下界に召喚する。 神に自分を殺してくれと魔王は頼んだが条件を出された。  それは神域に至った魔王に神になるか人族として転生するかを選べと言うものだった。 神域に至る程の魂を完全に浄化するのは難しいので、そのまま神になるか人族として大きく力を減らした状態で転生するかしか選択肢が無いらしい。  魔王はもう退屈はうんざりだと言う事で神になって下界の管理をするだけになるのは嫌なので人族を選択した。 そして転生した魔王が今度は人族として2度目の人生を送っていく。  魔王時代に知り合った者達や転生してから出会った者達と共に、元魔王様がセカンドライフを送っていくストーリーです! 元魔王が人族として自由気ままに過ごしていく感じで書いていければと思ってます!  カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております!

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...