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第20話 ヌイグルミ①

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 支度を終えたエメラーダは、蒼き剣を手に取る。

「蒼き剣、持っていくの?」

「はい。ロビンを一人にしておくわけにはいかないと思いまして」

「ほんとに大丈夫? 蒼き剣って、宝物庫に入ってたんでしょ。そんなものを持っていると、話がややこしくなりそうだけど」
 ロビンは懸念を表明する。

「大丈夫ですよ!今こそ危機的な状況です。正しく、蒼き剣の出番ではありませんか」
 エメラーダは溌剌はつらつと答えた。

「うーん……」
 本当に大丈夫なのか。ロビンは重ねてそう思った。

 こうしてエメラーダと蒼き剣になったロビンは、共にロベルト達の元に向かった。

「エメラーダよ、具合はどうだ?」
 ロベルトが泣きそうな顔になっている。

「特に変わりなく、悪いところはありません……どうかされたのですか?」
 なぜ父は、今にも泣きだしそうな顔をしているのか。エメラーダは、それを不思議そうに見ていた。

「お父様、使用人らも不思議そうに見ていましたが……私の身に、何かあったのでしょうか?」

「……本当に大丈夫なのか?」
「はい」
 エメラーダは笑顔で答えたが、ロベルトは戸惑いを隠せなかった。

「……旅のもの達を呼べ」
 ロベルトは使用人に言いつけた。

「で、俺達を呼んだというわけか」
 マックスが腕を組みながら言った。

「貴殿らには、世話になったのでな」

「俺達は巻き込まれただけなんだがな」

「まぁまぁ、いいじゃないの」
 悪態をつくマックスだったが、ヘッジがなだめる。

「皆様、初めまして」
 エメラーダは三名に向かって頭を下げる。

「初めまして? ヘッジは初めましてかもしれんが、俺とフォレシアはそうじゃないだろ」
 マックスの言葉に、エメラーダは首を傾げた。

「どこかでお会いしたのですか? ……申し訳ありません、思い出せなくて……」

「どういうことだ……」
 マックスは、顔に当惑の色を浮かべる。

「もしかして、ここ数日の記憶が綺麗さっぱり吹っ飛んだのかしら?」
 突如、ルシエルがマックスの顔面に現れた。

「うわあ!」
 急に姿を表したルシエルを見て、エメラーダは驚きの声をあげた。

「その反応を見るに、本当に、記憶がないみたいね」
 ルシエルは、エメラーダの方を向いて言った。

「なんで記憶が吹っ飛んでんだよ。いや、おかしくなったままの方がまずいが」

「さぁねぇ。なんでかしら?」
 ルシエルは含み笑いをした。

「どうせお前の仕業なんだろうが」
 マックスはルシエルを睨みつける。

「あたしとしては、起こったことをなかったこと扱いにするのは好きじゃないんだけどねー。ま、何が起こるかわからないのがカオスの力ってもんよ」

「えーと、失礼します。お話している妖精さんはお見かけしない方ですけど、随分と親しいみたいですね?」
 マックスとルシエルが言い合いをしている最中、エメラーダが入ってきた。

「別に親しくねぇよ! 一から説明すんのめんどくせぇな!」
 マックスは憤懣ふんまんやる方ない気持ちになった。

「とにかく、エメラーダが回復してなによりだ」
 ロベルトは安堵の表情を浮かべるが――

「ロベルト様!」
 突如、部屋に兵士が入ってきた。
「何があったのだ?」
「報告申し上げます。先程――」


***

 ラプソディアに、突如、巨大生物が出現した。

 体躯は、ずんぐりと丸みを帯び、緑色だ。
 体の脇には、ところどころ縫い目のようなものが走っている。

 ふたつの目玉は、服を留めるボタンのようだ。口にあたる部分は、刺繍のようになっている。
 手には鋭い爪が生えている。その鋭さは、軽く手を振るうだけで、家屋を切り裂く程だ。

 ファビオは、父であるロベルトと共に、植物の対応に追われていた。ここに来て、巨大生物とも戦わねばならなくなった。

「撃て!」
 ファビオの命令を受け、兵士たちは一斉に、矢を放つ。

 矢は命中したものの、相手は巨大生物だ。皮膚の表面にしか刺さらないようで、大したダメージを与えることができなかった。
 兵士たちに動揺が走る。

「我々がラプソディアを守るのだ! ここで引き下がる訳にはいかない!」
 ファビオは兵士たちを奮い立たせようと叱咤激励する。しかし、内心は、焦燥感に駆られていた。

「兄様!」
 兵士の報告を聞きつけ、エメラーダが駆けつけた。

「エメラーダ! 大丈夫なのか?」
「はいっ! ロビンのおかげです……兄様にもご迷惑をお掛けしました」
 エメラーダは頭を下げた。

「謝罪は今することではない……父上も来ておられたのですか!」

「うむ、私が来たからといってどうにかなる訳ではないのだが。居ても立ってもいられなくてな」
「いえ、ありがとうございます」

「それにしても、これは一体なんなんだ? こんな怪物、見たことがないぞ」
 ロベルトは、ファビオと共に困惑した表情を浮かべていた。

「あいつは『ヌイグルミ』だ」
 マックスもロベルトに連れられ、フォレシアとヘッジと共にやってきた。一目見るなり、怪物をこう呼ぶ。

「ヌイグルミ……?」
 ロベルトは怪訝な顔をする。

「あいつは……旅先で見かけたんだ。でも、最初に見た時は、俺よりもちょっと大きいくらいだったが。あんなにバカでかいのは初めてだ」
 マックスは濁すように答える。

「私も見たことがある。ただでさえ厄介なのに、あのサイズとなると、被害は甚大になる」
 フォレシアもマックスに合わせるように言う。

「でもさー、矢が効かないんだよ。そもそも近づくことさえできないよ。どうしよっか?」
 ヘッジは作り笑いをしていたが、内心かなり焦っていた。

「……ロビン!」
 エメラーダはロビンに呼びかけた。
「何!?」

「あなたは、世界を救う蒼き剣です。あなたなら、なんとかできるはず!」

「さっき、蒼き剣じゃないって話をしたばっかりだよう」
 エメラーダの妙に自信たっぷりな物言いに、ロビンはおじまどう。

「でも、ただの剣ではないことは確かです!それに、今は一刻を争う状況です!とにかく、やってみましょう!!」
 エメラーダはきっぱりと断言した。

「……わかったよ。やればいいんでしょ!」
 ロビンは観念したように叫んだ。
「お願いします!」

 エメラーダは蒼き剣を握りしめ、空に向かって掲げた。
 すると、剣は青い光を放ち始める。そして、剣先から光が放たれると、地面へと降り注ぐ。
 光の雨を浴びた植物たちは、次々と枯れていった。

「すごい……」
 エメラーダは感嘆すると共に、恐怖を覚えた。

「とんでもないな。ヌイグルミを倒せればいいと思ったが、植物まで狩らすとは」
 フォレシアは、内心複雑な思いで蒼き剣を見た。

「そういえば、元々は……故郷に生えていたものだったんですよね」
 フォレシアの心情を察したのか、エメラーダはこんな言葉をかける。

「いや、侵略するのであれば、枯れてしまった方がいいだろう。もしかしたら、グレイセスの植物が根絶やしになってしまうかもしれない。それこそ、あってはならないことだ」

 フォレシアは、覚悟を決めたように宣言した。

「とにかく、目処が立ったってことだ」
 言うなり、マックスはエメラーダを抱えた。

「マックスさん!?」
 エメラーダは悲鳴を上げる。

「何をするんだ!?」
 ロベルトも声をあげた。

「説明は後だ!」
 マックスはエメラーダを抱えながら、ヌイグルミの元へ走っていった。
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