上 下
22 / 33

第22話 Vengeance is Mine(2/26 '23 改

しおりを挟む
 カナは考え抜いた結果、サトシを赦すと決めた。

 ただ、赦すにしても、向こうは話し合いに応じてくれるだろうか?
 カナはどうしたものかと考えあぐねる。

『スメラギさん、お時間、よろしいですか?』
 カナはスマホにメッセージを送った。レイハに相談することにしたのである。

 しばらくして、レイハからこんなメッセージが返ってきた。
『私で良ければ、ご相談に乗りますよ』

 それを見て、カナは『ありがとうございます』と送信した。

 ――セントウダさんとは応接室で話をつけよう。

 レイハと、メッセージのやり取りをしている中で、カナはそう決めた。その旨をレイハに伝えたところ、レイハも応接室について行くことになった。



「コフタさん、私でよろしいのですか?」
 レイハは、カナと共に応接室に向かっていた。

「こちらこそ、ありがとうございます。お忙しいのに、お付き合いさせてしまって……」
 カナは、レイハに頭を下げる。

「お気になさらずに。ここ、伊原邸での困り事を解決するのが私の仕事ですので」
 レイハは毅然とした態度を取った。

 二人は応接室に着く。二人より先に、サトシが来ていた。

「お二人とも、中に入りましょうか」
 レイハは、カナとサトシを応接室の中に入れた。



 ――数時間前。

 サトシは、ウラトとの面会後、アサトに空いている部屋に押し込められた。どうやら、今後はそこを自分の部屋として使えということらしい。

 わざわざ部屋を用意したというのは「外に出してやるものか」ということだろう。とはいえ、特に反発する理由もない。サトシは大人しく従うことにした。

 サトシはアサトから貰ったスマホを見ている。通知が入ったので、開いてみた。

『コフタ=カナさんから伝言を承りました。セントウダさんとお話がしたいそうです』

 差出人はスメラギ=レイハというらしい。アサト曰く、同僚だそうだ。
 サトシはレイハに興味はなかった、が……

「コフタ=カナ、か。マサキさんの娘さん、だよね……」

 コフタ=マサキ。

 サトシは、その名前を忘れた事はなかった。サトシの心の中心にいるのは、イチジョウ=ユウジだ。けれど、コフタ=マサキもまた、サトシにとっては重大な意味を持っていた。

 よく使う『視線で相手を撃ち抜く能力』は、マサキから手に入れたからというのもある。
 厳密に言うと、マサキの能力は『視界に入ったものを掻き切る能力』なのだが。

 それ以上に、『能力とともに入ってきた記憶』これがサトシを悩ませたからであった。

 サトシの『吸血した相手の記憶をも入手する能力』は一時的なものではある。
 ただ、マサキの場合は内容が凄惨であった。おまけに、能力としてマサキの痕跡が残っている。それなので、嫌でも意識してしまうのだ。

 コフタ=カナ。
 彼女はマサキの遺族である。

 カナは母親を殺された。挙句、父親まで殺されている。
 きっと、殺したいほど憎んでいるだろう。そんな相手に対して「お話がしたい」とは。サトシは、真意がわかりかねた。

 正直に言うと、サトシはあまり気乗りがしないでいる。開き直っている訳ではない。合わせる顔がないのだ。

 とはいえ、向こうは「お話がしたい」と言っている。なのに顔を見せないというのも、それはそれで不誠実ではないか――。

 熟考した結果、サトシは応じることにした。スマホを取り、レイハに返信する。

『カナに会うのか。カナに何かしてみろ。そのときは、乗っ取るぞ』
 サトシの頭にジェイの声が響く。サトシは無視したが、眉間に皺が寄っていた。


***

 ――応接室。

 カナとサトシは、卓を挟むように、向かい合わせに座っている。お互い、気まずそうな表情をしていた。

「お茶、よろしければどうぞ」
 レイハは二人に湯のみを出す。中に緑茶が入っている。

「ありがとうございますっ」
 カナは、お茶に口をつけた。

 それを見て、サトシも湯のみを手にする。手に取った湯のみを注意深く見つめる。

「セントウダさんも、お茶を飲まれるんですか?」

 カナの質問に対し、サトシはうーんと唸った。つい最近まで、人間の飲食物が受け付けなかったからだ。

 サトシは、思い切って湯のみに入った茶を飲んだ。口の中に、苦味と、あとからほのかな甘みが伝わる。

「お茶、どうですか?」
 カナは、お茶の味を聞いてみた。

「どうって……このお茶、おいしいね」
 サトシは躊躇いがちに答えた。飲めるようになってるとは、思ってもみなかったからである。

「不味いと言われてしまったら、面目ございません。せっかくの玉露ですのに」
 カナの隣に座っているレイハが口を挟んできた。

「ふふふ」
 カナは思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。スメラギさんのおかげで、ちょっと楽になりました」
 カナは笑顔で礼を言った。

「それで、私がセントウダさんとお話をしようと思ったのは……」
 カナは真顔になり、本題を切り出す。

「セントウダさん。私の父はコフタ=マサキです。コフタ=マサキのことは知ってますよね?」

 カナはサトシを見据える。マサキのことを聞かれたサトシは、身が引き締まる思いがした。

「……知ってる」
 カナの問いに対して、サトシは弱々しく答える。

「そうですか。ありがとうございます」
 サトシの弱々しい返事に対して、カナは堂々としていた。

 サトシはカナの様子を見ている。サトシは、カナにとっては親の仇だ。それであっても、カナは憤怒に駆られているようには見えない。さりとて、怯えているという訳でもなかった。
 とにかく、泰然自若たいぜんじじゃくとしている。サトシには、そうとしか見えなかった。

「セントウダさん。どうして、父さんを殺したんですか?」
 カナは改めて、サトシに尋ねた。鋭い目でサトシを見つめる。

 サトシにしたら、カナは一回り下の小娘だ。ヴァンパイアであったというが、彼女がヴァンパイアになったのはつい最近のことだ。つまりは、外見通りの年齢だ。

 ただの小娘じゃないか。でも、なぜ気圧されているのだろうか――。
 どう答えればいいのか。サトシはわからなくなっていた。

「答えたくないのであれば、それで構いません。どのような答えであれ、私はと決めました」

? どういうこと?」
 サトシは信じられないという眼差しを向ける。

「もう、過ぎたことです。セントウダさんを殺したって、父さんは帰ってきませんから。あと、ジェイさんのことです」

「奴の話はやめろぉ!!」
 サトシは体を後ろに引き、耳を塞ぐ。顔は蒼白していた。

「……ジェイさんのことが受け入れられない。仕方がないのはわかっています。でもジェイさんは、セントウダさんを乗っ取りませんでした。

 セントウダさんを殺したら、ジェイさんも死んでしまいます。それ以上に、ジェイさんが悲しむと思うんです」

「悲しむ?」
 サトシは聞き返す。

「ジェイさん、泣いてたんですよ。セントウダさんが自分のせいでおかしくなったんだって」
 カナは気の張ったような態度を一転させる。今はしょげているように見えた。

 泣いてるとはどういうことだ。またしても、サトシは黙り込む。

「ジェイさんは、セントウダさんにいなくなってほしくないんです。それだけは、わかってほしいんです」
 カナは念押しする。

「でも、僕はセントウダ=サトシだ。奴、ジェイじゃない。僕が生きてたら、ジェイがいなくなるなんてこともあるかもしれない。それでも、僕を赦すの?」
 サトシは、カナを試すようなことを言った。

「セントウダさん、なんでそんなことを言うんですか? まさか、死にたいんですか?」
 カナは、はっとした表情を浮かべる。

「僕みたいなのは、死んだ方がいいだろ。殺したのは、マサキさんだけじゃない。ユウジさんもだ。ミコト君に撃たれたのは当然だ」
 サトシは、カナをあえて挑発した。

「だったら尚のこと、殺す訳にはいきません。神様にお任せします。聖書にもこうありますし。『復讐はわたしのすることである』だって」
 カナは、微笑みを浮かべる。

『復讐はわたしのすることである』
 それを聞いたとき、サトシは耳鳴りがしたような気がした。咄嗟に背を屈めて耳を押さえる。耳鳴りは一瞬で収まった。

「だ、大丈夫ですか?」
 カナは心配そうに声をかける。

「……大丈夫だ」
 サトシは顔を上げた。上げた先に、カナの手がある。

「これは、どういう……」
 サトシは、カナの差し出した手の意味がわからない。つい、首を傾げる。

「だから、赦すと決めました」
 カナは真っ直ぐな目で、サトシのことを見ている。サトシは、その目から赦そうという意志を感じ取った。

 自分の父親を殺した相手を赦す。その決断は、並大抵の覚悟ではできない。
 そんなカナに対して、サトシは改めて畏敬の念を覚えた。

「コフタさん、本当にそれでいいんですか?」
 サトシは、カナの意志を再確認する。何故か敬語になっている。

「……だから、って言ったじゃないですか」

 それを聞いたサトシは、差し出された手を握り返した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

狂い咲く花、散る木犀

BL / 連載中 24h.ポイント:539pt お気に入り:1,676

背負う覚悟

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:49

跪かせて、俺のDom

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:458

いつか囚われるその日まで

BL / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:218

切なさを愛した

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:6

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

BL / 連載中 24h.ポイント:3,386pt お気に入り:2,796

焼け跡の薔薇

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:12

二人の果て

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:56

花の嵐

BL / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:119

だいすきなひとたち(1部完結第2部へ、、、?

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:343

処理中です...