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第18話 Toys in The Attic(3/5 '23 改
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――数日後。
「ウラト様。セントウダ、いや、ジェイは如何なさいましょうか?」
アサトは、ジェイの処遇――今はサトシになっている――について尋ねた。
「ここに置いておく。野に放つ訳にはいかないからな」
「ここに置いておく、というと?」
「そのままの意味だ」
「…………つまり、ジェイには何もさせない、と?」
「今の奴に、なにかさせる訳にはいかんだろう。少なくとも、今は完全にセントウダだ」
「ところで、私は、いかが致しましょうか?」
アサトの問に対し、ウラトは考え込む素振りを見せた。
「うむ……アサト、お前をジェイ監視の任から解く」
「大丈夫なのですか? 我らに歯向かうかもしれません」
「ジェイに任せた方が確実だろう。奴ならば、カナに危害を加えることは看過せんだろうし。それに、なにもできん奴のお守りはさせたくない」
「任せる、ですか……」
今のジェイは、サトシに文字通り、近しい存在だ。その気になれば止めるどころか、乗っ取ることさえ容易い。
もっとも、何故乗っ取らないのだろうか。そこが引っかかるが。
「ミドリ製薬はしばらく、身動きが取れまい。だからこそ、油断ならんのだ。お前に、そっちを任せたい」
「承知致しました」
アサトは深深と頭を下げた。
***
「――母さん。いつまで俺たちは、ここに入ればいいの」
女性に向かって、少年がぼやく。少年は同年代と比較して、背が高く見える。
「イハラさんは、私たちを守ってくれてるのよ。父さんが巻き込まれた事件のことも調べてくれてるんだし」
母さんと呼ばれた女性は、少年をたしなめる。
「母さん。俺、イハラ=ウラトって奴はなんか企んでるような気がする。だって、ここに父さんを殺した奴を連れてきたって。それに……」
少年は、拳銃を取り出した。
「ミコト!」
少年が手にしている拳銃を見た女性は、みるみると顔が青ざめる。なんとか少年を制したが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……ミコト、馬鹿な事はやめて。お母さん、あなたまでいなくなってしまったら、なんて、考えたくないの……」
「――ウラト様。もうひとつ気になっていることが。ここにいるイチジョウ=ユウジの、家族のことですが」
「イチジョウ=ルカとミコトの事か?」
先月から、ウラトの招きにより、伊原邸に新たな『客人』が滞在することになった。その客人というのが、イチジョウ=ルカとミコトというわけだ。
「はい、ご家族に、セントウダの話をしたとの事ですが……」
「うむ。ミコトの方が知りたがっていたのでな。『何故、父親が死んだのか』を。息子なのだ。知りたいのは当たり前だろう」
「だから、セントウダの話をしたと」
「そうだ。これに関しては、隠し立てをする必要性を感じなかったのでな。それに、ユウジは内部告発をしようとしたのだ。尚のこと、隠すことではない。
どっちにせよ、研究のことは預かり知らぬとはいえ、家族だ。知ろうが知るまいが、危険な目に会うことは充分に考えられる」
「だから、庇護下に入れたのですね……セントウダが今、ここにいるということも話した、と聞きましたが」
「迂闊にウロチョロするな。何かあっても知らんぞ、ということを言いたかったのでな」
「……ご家族に銃を渡したのですよね?」
アサトは怪訝そうな顔をした。
「銃? なんのことだ。余は渡してないぞ」
ウラトの態度は、初めて聞きましたと言わんばかりだ。アサトの訝しげな態度とは正反対である。
「そうですか……」
主人は話す気がないようだ。アサトにしたら、一条家は自分と関わりのない他人だ。下手に首を突っ込んで、痛い目にあっては敵わない。アサトは、これ以上何も言わないことにした。
「どっちにせよ、余はエリを守らなければならぬ。ここに何かあったら、自分の身は自分で守って貰わねばな。何かあったら、なんてことは考えたくないが。
『死にたくなかったら、余計なことはするな』と言い含めておくか」
***
――1ヶ月前。
「余に、何の用だ」
エリと初めて会ってしばらくした後、カナはウラトの元に来た。そんなカナを、ウラトは怪訝そうな目で見る。
「アタシになにか、手伝えることはないかなー、って」
カナは、にっこりと笑みを浮かべる。
「……お前、カナではないな?」
「正解! よくわかったね。アタシ、リリーっていうの」
リリーは、改めて自己紹介をした。
「カナには、エリの話し相手、という重大な任を任せておる。それを不服と申すか?」
「それも大事だけど。アタシとしては、もっとやれるよ? ああ、殺しはダメって言われた」
「殺し以外はやれる……か」
ウラトは考え込んだ。その上で、次のような結論を出した。
「では、お前には、ここに行ってもらおう――」
――カナが――正確にいうとリリーが――研究所に潜入したのは、こういう経緯があったのである。
カナは、このことについて、思いを巡らせていた。
続いて、研究所から連れ出したサトシ――正確にいうとジェイ――について、ウラトと一悶着あったことに思いを巡らせる。
「……ごめんなさい、リリー。折角、イハラさんの信用を得たのに。私が、余計なことを言ったばっかりに」
『なんで謝るの。カナは、思ったことを言っただけでしょう』
カナは、頭の中にいるリリーに、話しかけていた。
『それに、悪いなんて思ってない』
「……リリーの言うとおりだわ。でもね、正しいことでも、言い過ぎてしまうと、よくないのよ」
『よくわかんないや。めんどくさいね。人間って』
厳密に言えば、カナもウラトも人間ではない。とはいえ、ものの考え方は人間のままだ。リリーにしたら、同じ人間なのだろう。カナは、そんなふうに考えた。
「決めたわ。もう一度、イハラさんのところに行く」
『アタシじゃなくていい?』
「これは、私とイハラさんの問題なの。リリーは、見守ってくれる?」
『わかりました。でも、なんでイハラのところにいくの?』
「それは――」
「ウラト様。セントウダ、いや、ジェイは如何なさいましょうか?」
アサトは、ジェイの処遇――今はサトシになっている――について尋ねた。
「ここに置いておく。野に放つ訳にはいかないからな」
「ここに置いておく、というと?」
「そのままの意味だ」
「…………つまり、ジェイには何もさせない、と?」
「今の奴に、なにかさせる訳にはいかんだろう。少なくとも、今は完全にセントウダだ」
「ところで、私は、いかが致しましょうか?」
アサトの問に対し、ウラトは考え込む素振りを見せた。
「うむ……アサト、お前をジェイ監視の任から解く」
「大丈夫なのですか? 我らに歯向かうかもしれません」
「ジェイに任せた方が確実だろう。奴ならば、カナに危害を加えることは看過せんだろうし。それに、なにもできん奴のお守りはさせたくない」
「任せる、ですか……」
今のジェイは、サトシに文字通り、近しい存在だ。その気になれば止めるどころか、乗っ取ることさえ容易い。
もっとも、何故乗っ取らないのだろうか。そこが引っかかるが。
「ミドリ製薬はしばらく、身動きが取れまい。だからこそ、油断ならんのだ。お前に、そっちを任せたい」
「承知致しました」
アサトは深深と頭を下げた。
***
「――母さん。いつまで俺たちは、ここに入ればいいの」
女性に向かって、少年がぼやく。少年は同年代と比較して、背が高く見える。
「イハラさんは、私たちを守ってくれてるのよ。父さんが巻き込まれた事件のことも調べてくれてるんだし」
母さんと呼ばれた女性は、少年をたしなめる。
「母さん。俺、イハラ=ウラトって奴はなんか企んでるような気がする。だって、ここに父さんを殺した奴を連れてきたって。それに……」
少年は、拳銃を取り出した。
「ミコト!」
少年が手にしている拳銃を見た女性は、みるみると顔が青ざめる。なんとか少年を制したが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……ミコト、馬鹿な事はやめて。お母さん、あなたまでいなくなってしまったら、なんて、考えたくないの……」
「――ウラト様。もうひとつ気になっていることが。ここにいるイチジョウ=ユウジの、家族のことですが」
「イチジョウ=ルカとミコトの事か?」
先月から、ウラトの招きにより、伊原邸に新たな『客人』が滞在することになった。その客人というのが、イチジョウ=ルカとミコトというわけだ。
「はい、ご家族に、セントウダの話をしたとの事ですが……」
「うむ。ミコトの方が知りたがっていたのでな。『何故、父親が死んだのか』を。息子なのだ。知りたいのは当たり前だろう」
「だから、セントウダの話をしたと」
「そうだ。これに関しては、隠し立てをする必要性を感じなかったのでな。それに、ユウジは内部告発をしようとしたのだ。尚のこと、隠すことではない。
どっちにせよ、研究のことは預かり知らぬとはいえ、家族だ。知ろうが知るまいが、危険な目に会うことは充分に考えられる」
「だから、庇護下に入れたのですね……セントウダが今、ここにいるということも話した、と聞きましたが」
「迂闊にウロチョロするな。何かあっても知らんぞ、ということを言いたかったのでな」
「……ご家族に銃を渡したのですよね?」
アサトは怪訝そうな顔をした。
「銃? なんのことだ。余は渡してないぞ」
ウラトの態度は、初めて聞きましたと言わんばかりだ。アサトの訝しげな態度とは正反対である。
「そうですか……」
主人は話す気がないようだ。アサトにしたら、一条家は自分と関わりのない他人だ。下手に首を突っ込んで、痛い目にあっては敵わない。アサトは、これ以上何も言わないことにした。
「どっちにせよ、余はエリを守らなければならぬ。ここに何かあったら、自分の身は自分で守って貰わねばな。何かあったら、なんてことは考えたくないが。
『死にたくなかったら、余計なことはするな』と言い含めておくか」
***
――1ヶ月前。
「余に、何の用だ」
エリと初めて会ってしばらくした後、カナはウラトの元に来た。そんなカナを、ウラトは怪訝そうな目で見る。
「アタシになにか、手伝えることはないかなー、って」
カナは、にっこりと笑みを浮かべる。
「……お前、カナではないな?」
「正解! よくわかったね。アタシ、リリーっていうの」
リリーは、改めて自己紹介をした。
「カナには、エリの話し相手、という重大な任を任せておる。それを不服と申すか?」
「それも大事だけど。アタシとしては、もっとやれるよ? ああ、殺しはダメって言われた」
「殺し以外はやれる……か」
ウラトは考え込んだ。その上で、次のような結論を出した。
「では、お前には、ここに行ってもらおう――」
――カナが――正確にいうとリリーが――研究所に潜入したのは、こういう経緯があったのである。
カナは、このことについて、思いを巡らせていた。
続いて、研究所から連れ出したサトシ――正確にいうとジェイ――について、ウラトと一悶着あったことに思いを巡らせる。
「……ごめんなさい、リリー。折角、イハラさんの信用を得たのに。私が、余計なことを言ったばっかりに」
『なんで謝るの。カナは、思ったことを言っただけでしょう』
カナは、頭の中にいるリリーに、話しかけていた。
『それに、悪いなんて思ってない』
「……リリーの言うとおりだわ。でもね、正しいことでも、言い過ぎてしまうと、よくないのよ」
『よくわかんないや。めんどくさいね。人間って』
厳密に言えば、カナもウラトも人間ではない。とはいえ、ものの考え方は人間のままだ。リリーにしたら、同じ人間なのだろう。カナは、そんなふうに考えた。
「決めたわ。もう一度、イハラさんのところに行く」
『アタシじゃなくていい?』
「これは、私とイハラさんの問題なの。リリーは、見守ってくれる?」
『わかりました。でも、なんでイハラのところにいくの?』
「それは――」
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