16 / 60
第二章 伊賀忍者 藤林疾風 戦国を行く
第六話 諸国行脚『甲斐の忍群』
しおりを挟む永禄3年 (1560年)6月中旬 甲斐甲府城下
藤林疾風
甲斐の武田家には、二つの忍び集団がある。
『三ツ者』と『歩き巫女』である。
武田信玄は、甲賀者や信濃出自の甲斐では透波と呼ばれる忍びの者達を召し抱えていたが、天文17(1548)年に村上義清との『上田原の戦い』に敗れた際、透波を差配していた宿老の板垣信方、甘利虎泰らを失って、透波の組織を再編した。
そして出家、町人、百姓などからも抜擢して、『三ツ者』と名付けた。
名前の由来は、間見(間者)、見方(偵察)、目付(監視)の三職を担った者達の総称から来ている。
『歩き巫女』は、女性の忍び集団で、頭領は巫女頭の望月千代女という。
千代女は、甲賀望月家の血筋で忍術を心得ていて「甲斐信濃巫女修練道場」を開いて『歩き巫女』を組織した。
道場には、戦災孤児、捨て子、迷い子の中から、美しい女の子を買い取り、拾い、誘拐して集めたと言われている。
巫女は神社の神職なので民から崇められる存在であり、関所の通行が許されたことから間者として活用された。
巫女達は、白衣の装束に紺の風呂敷を背負って、白木の梓弓を携えて全国の祭りや市を流れ歩き、祓や禊を行って歩いた。
駿河から富士川沿いの街道を経て、甲斐の城下に入る。城はなくて館だが。
北条領も街道が整備されていたが、甲斐も伝馬制という早馬のための直線道路『棒道』があり道がいい。
「若旦那。甲斐も中々良い道ですが関所での詮議が、ずいぶん厳しいですね。
それに日に何度も早馬が駆けて、いささか騒がしいですね。」
「戦でもあるんだろうよ。今川家が織田家に負けたからな。上杉家が動いているのかも知れん。」
「それにしても、道中、ずいぶんと歩き巫女様に会いましたね。甲斐には、巫女様の本山でもあるのでしょうか。」
「ちょいとっ、そこの若旦那っ。」
見ると人の良さげな町人の格好をした小男が、声を掛けて来た。
「甲斐は初めですかい。あっしがご案内しやすよ。なに、ちょいとばかり心付けをいただけりゃいいんで。なにせ文無しなんでさぁ。
助けると思ってお願いしやすよっ。」
「なぜ俺達なんだい。見てのとおり、俺達は商人で、あんたがいると商売のじゃまにしかならないと思うがね。」
「そんなこと言わないでくだせぇよ。甲斐に来たからには、善光寺。善光寺をお参りになってくださいましよっ。あっしがご案内しやすからっ。」
( 風体は町人崩れ。どこにもお調子者がいるものだな。せっかくだから乗ってやるか。)
「名前は、なんて言うんだ。」
「こりゃ失礼しやした。金次つうけちな野郎でござんす。」
「う~ん腹が減ったな。どこか一膳飯屋でもないか。案内してくれたら金次にも喰わしてやるぞ。」
「そうこなくっちゃ、七屋つう飯屋がありやす。ご案内いたしやすよ、こっちでやす。」
七屋で昼飯を食べたが、白米はなく、あるのは『麦飯と蕎麦がき』だけで、甲斐の貧しさを痛感した。
七屋を出て善光寺へ向かう途中で、ニ軒程商家に立寄って、鉄製の鋤や鍬の商談を持ち掛けたが、とても農民達が買う値ではないと纏まらなかった。やはり甲斐は貧しいのか。
金次の案内で甲斐善光寺へ行く。甲斐の善光寺は信玄が戦災からご本尊を守るために、信濃の善光寺から移したものだ。
元寺の信濃善光寺には広大な寺域があり、他にはない存在感があって寺院としては非常に珍しいが、どの宗派にも属していない。
だが、甲斐の善光寺は浄土宗である。
善光寺が高名なのは『絶対秘仏』と伝わる日本最古の本堂に祀られている阿弥陀如来像である。この時期、ご本尊は甲斐善光寺に移されていたのだ。
善光寺の本堂をお参りした帰りの参道で、伴を連れた隻眼の武士とすれ違った。
俺達は軽く会釈しながら通り過ぎようとしたが、その武士が金次に声を掛けて来た。
「金次ではないか。しばらく顔を見なんだが、どこぞへ行っておったのか。」
「これは、山本様。ちょいと駿河まで出向いておりやした。
戦だっていうんでね、馬を仕入れて売って来やしたんですが、買ってくれたお侍様が、お討ち死になさっちまって、代金が半分しか受け取れなくて、酷い目に遭っちまいやしたよ。」
「いつもは、抜け目のないお前にしては抜かったの。ところで、連れのお人は旅の商人であるか。」
「へぇ、伊勢から見えられた商人さんでござんす。」
「ほう。良ければ今夜、儂の屋敷に来ぬか。旅の話が聞きたい、少しは物を買うてやっても良いぞ。」
「若旦那。こちらは武田様ご家中の山本勘助様にござんす。お聞きのとおりのお誘いですが、お受けしてもらえねぇでしょうか。
山本様には、以前あっしがえらくお世話になったもんで。」
「これは。伊勢の商人 八兵衛と申します。
大した話はできませぬが、商いの品をお買いくださるのであれば、願ってもないこと。
お招きに与らせていただきます。」
「そうか、楽しみにしておるぞっ。」
【 軍師 山本勘助 】
武田信玄の軍師として有名な山本勘助は、三河の出で20を越えてから、10年余関東以西の諸国修行の旅を経て、武田家に仕官したと伝わる。
その修行の成果は、戸石城攻防戦で村上の後詰めを50騎の騎馬隊で陽動し、武田軍惨敗の危機を救い、海津城など数々の城を築城し「山本勘助入道 道鬼流兵法」と呼ばれ、また、勘助の献策により甲斐の分国法「甲州法度之次第」が制定されている。
第四次川中島の戦では『啄木鳥の戦法』での失敗の責めを負い、敵陣に向って討ち死にした。
当て推量なことを「山勘」と言うが、山本勘助の名前が由来とされる説がある。
10
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
大和型戦艦4番艦 帝国から棄てられた船~古(いにしえ)の愛へ~
花田 一劫
歴史・時代
東北大地震が発生した1週間後、小笠原清秀と言う青年と長岡与一郎と言う老人が道路巡回車で仕事のために東北自動車道を走っていた。
この1週間、長岡は震災による津波で行方不明となっている妻(玉)のことを捜していた。この日も疲労困憊の中、老人の身体に異変が生じてきた。徐々に動かなくなる神経機能の中で、老人はあることを思い出していた。
長岡が青年だった頃に出会った九鬼大佐と大和型戦艦4番艦桔梗丸のことを。
~1941年~大和型戦艦4番艦111号(仮称:紀伊)は呉海軍工廠のドックで船を組み立てている作業の途中に、軍本部より工事中止及び船の廃棄の命令がなされたが、青木、長瀬と言う青年将校と岩瀬少佐の働きにより、大和型戦艦4番艦は廃棄を免れ、戦艦ではなく輸送船として生まれる(竣工する)ことになった。
船の名前は桔梗丸(船頭の名前は九鬼大佐)と決まった。
輸送船でありながらその当時最新鋭の武器を持ち、癖があるが最高の技量を持った船員達が集まり桔梗丸は戦地を切り抜け輸送業務をこなしてきた。
その桔梗丸が修理のため横須賀軍港に入港し、その時、長岡与一郎と言う新人が桔梗丸の船員に入ったが、九鬼船頭は遠い遥か遠い昔に長岡に会ったような気がしてならなかった。もしかして前世で会ったのか…。
それから桔梗丸は、兄弟艦の武蔵、信濃、大和の哀しくも壮絶な最後を看取るようになってしまった。
~1945年8月~日本国の降伏後にも関わらずソビエト連邦が非道極まりなく、満洲、朝鮮、北海道へ攻め込んできた。桔梗丸は北海道へ向かい疎開船に乗っている民間人達を助けに行ったが、小笠原丸及び第二号新興丸は既にソ連の潜水艦の攻撃の餌食になり撃沈され、泰東丸も沈没しつつあった。桔梗丸はソ連の潜水艦2隻に対し最新鋭の怒りの主砲を発砲し、見事に撃沈した。
この行為が米国及びソ連国から(ソ連国は日本の民間船3隻を沈没させ民間人1.708名を殺戮した行為は棚に上げて)日本国が非難され国際問題となろうとしていた。桔梗丸は日本国から投降するように強硬な厳命があったが拒否した。しかし、桔梗丸は日本国には弓を引けず無抵抗のまま(一部、ソ連機への反撃あり)、日本国の戦闘機の爆撃を受け、最後は無念の自爆を遂げることになった。
桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる