体の自分と心の彼女

はっくん

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最終章

すべての終わり

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 それからはお互い受験を控えていたため、手紙の頻度は少なくなっていった。僕は教員を目指すために教育学部がある大学への受験、かおりは高校資格の所得に向けて勉強していった。結果はお互いに行きたかった場所に行けることが出来て喜びを分かち合った。手紙のやり取りでは治療の内容についてがメインだが、僕に対しての書き方に変化があり、優斗→優斗君→山岡君へと変化していった。これは記憶がどんどん消えていることであり、悲しくなりつつも彼女が元気になっていることに嬉しい気持ちもあった。だが、日が進むにつれ前に書いた話がまた出てきたり、内容がかみ合わなかったりすることが増えていった。記憶を書き換えているからなのか、知らない人の名前が出たり、字が読めないほどぐちゃぐちゃになっているのを見て僕は辛くなってしまい、しばらくの間自分から手紙を出すのを止めた。
 大学生になった4月。僕はかおりの両親には伝えたが本人にはサプライズのために何も言わず病院に向かった。和歌山から滋賀までは4時間近くかかるがいつも行くときはかおりに合えるから気分が高揚していた。一人でずっとニコニコしながら電車に乗っていたから周りから見ると気持ち悪かっただろう。病室に行き挨拶をするとかおりは「久しぶりだね山岡君。手紙なんで出してくれなかったの?」とびっくりしながらも普段のかおりで僕も嬉しかった。いつものようにたわいのない話をしていたときにも話がかみ合わなかったり、彼女の好きなことをしてあげると「何で知ってるの?」と言われてとっさに「お母さんから聞いたんだ」と言ったが正直辛かった。かおりは本当に記憶が変わりつつあり、昔の記憶はほとんどない状態だった。それでも心理カウンセラーという夢は変わっていないことを聞いただけでも僕はうれしい気持ちだった。昼になり、外に出て病院にある大きな桜を見に行こうと言われたので三人で行った。桜の幹を触ってかおりは言った「私、好きな人がいるの」僕が「誰なん?きになるわ~」と返すと、「同じ病室にいる○○君!今度告白しようかなと思っている!」と恥ずかしそうな声で言った。近くにいたかおりのお母さんは涙を流していて、僕は「終わった」と心の中で確信した。どれだけ記憶が消えていてもお互いがお互いの事を好きでいたと思っていた。というか信じていたという表現があっているのかもしれない。いつのまにか好きだったのは僕だけだったという事実を受け入れたくないからだ。その時自分がどんな顔をしていたかは正直分からない。でも、辛いと思われないように少しの沈黙の後口角をあげて振り絞るようにして僕は言った「おめでとう」と。
 後悔は正直ある。もっと彼女と色んな所へ行きたいと思ったし、かおりのそばにずっといたかったと1年たった今でも感じている。しかし、彼女は嫌な記憶が消えたことで新しい記憶を作ろうとしている。彼女の病気が治ることこそが僕の幸せであり、彼女が山岡優斗という人を好きだったことは僕だけが覚えていればいいからである。これは綺麗ごとだという人も中にはいるかもしれない。だが、汚れた関係がきれいになっていく姿を近くで見ることが出来ないのに僕が強引に付き合うような行為をすることは僕の考えに反したのだ。かおりに別れを告げるように病室を出て僕はお母さんに伝えた。「今まで本当にありがとうございました。正直僕は何もしてあげることが出来ませんでした。自分がもっとしっかりしていたらと思わなかった日はありません。本当は近くで支えてあげたかったですけど新しい幸せをかおりなりに見つけてくれたことは本当に嬉しかったです。僕はいつまでも彼女が進む道を応援しています。本当にありがとうございました。あと、一つだけ僕のお願いを聞いてもらってもいいですか?僕たちが付き合っていたということはこれからも彼女に言わないでください。」といって病院を後にした。4でも説明したが彼女が僕と付き合っていた時期は彼女にとってつらかった時期である。この話をするとかおりの記憶がフラッシュバックされ、辛い記憶がまた呼び起こされるかもしれないと考えたからだ。
 帰りの電車に乗るために駅のホームにいると、夜であまり見えないはずなのに街灯の光によって桜の花びらが風によって散ってくのが見えた。そして花びらが手に落ちてきたとき僕は大きな声で泣いてしまった。理由はこの風景をもう見れない事と周りに誰もいなかったことで大人ぶる必要がなかったからだと思う。でも、散った花びらは風に乗りそれぞれの違う道へ行くように僕たちもそれぞれの道へ進んでいく時期でもある。こういう考え方が出来たのもまた、5年という時間が僕を大人にさせてくれた。そのおかげか、電車に乗り込むときに心なしか笑顔で電車に乗り込んだ。
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