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第1部
きっと、分かってくれると…
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「単刀直入に聞いちゃうけど・・・
沢海くん、悠の事…
ーーー好き?」
母親の詰問は想定内の事ではあるが、沢海は動揺を隠し切れずに一驚を喫してしまい、頑なに下唇を噛み締めてしまう。
弁舌を立たせる理由もなく、沢海は言葉を失ったかのように声音を殺してしまう。
咽喉の奥が重苦しく澱み、乾いた口内を潤す為に何度も生唾を飲み込んでしまう。
立ち竦む背中に冷えた汗が伝い、強張る爪先が腕を掻き、重苦しい胸がザワザワと不可解に波立つ。
抗えずに複雑に乱れる感情は周章狼狽の行動を表面に出し、沢海自身を錯乱させてしまう。
自分が話さないといけないのに。
自分が伝えないといけないのに。
沢海は沈黙という時間に拘束され、視線を外したまま俯きそうになる自分自身に叱咤を浴びせる。
「ーーー僕……
…僕は…」
溢れる感情を抑えるように胸元のシャツを掴み、不安定に鳴り響く自らの鼓動に触れる。
引き攣れる程の緊張が四肢を絡ませ、身動きが取れなくなってしまう。
自分が話さないといけないのに。
ーーー宮原の事を大切にしたい。
自分が伝えないといけないのに。
ーーー宮原の事を大事にしたい。
でも、自分が宮原本人の了承もなく、自分自身の我儘な感情を吐露し、身勝手に歪んでしまった気持ちを宮原の大切な家族に話してもいいのだろうかと不安と疑懼に挟まれてしまう。
そして、この事が発端になり、結果的に宮原の純粋過ぎるくらいに真っ白な心を傷付けてしまうのではないかと懸念を生じてしまう。
『ーーーオレは…
悠を好きなんだって…大好きなんだって、分かってもらいたい。
理解をしてもらいたい、なんて都合の良い我欲は言わない。
…他人から見たら、どれだけ自分勝手なんだろうって呆れられるかもしれない。
でも、オレは…
オレは自分の気持ちに嘘は吐きたくない。
ーーーもう、離れたくないんだ…
もう、離したくないんだ…
ーーー悠。
好きだよ…
…大好きだよ…
ーーーごめんね』
自分の中に膨れ上がるエゴイズムの塊が鈍く罅割れ、感情の昂りが抑えられなくなる。
沢海は薄い目蓋を震わせながら重い視線を上げ、母親と目を合わせるとヒリつく舌を動かし、痺れてしまった声を無理矢理に引き出す。
発せられた声音は不様に歪み、あまりの情けなさに自分自身でさえも失笑を浮かべてしまいそうになる。
「ーーーオレ……
オレは…
ーーー宮原、くんの事を…」
自分の言葉で話したい。
自分の言葉で伝えたい。
「ーーーゆ、う…の事を…
オレ・・・
…悠、が…
オレは悠が……好き、です。
ーーーオレにとって、一番、大事な人です。
一番、大切な人です。
ーーー他の誰でもない…
…悠が好き、です。
悠だから…
…好き…なんです…」
沢海は指先から伝わるピリピリとした緊張感に縛られ、鼓動が張り裂けそうに響く中、自らの胸を押さえ、懸命に告白の言葉を綴る。
握り締めた手は漠然とした憂惧を感じるのかベタつく程に湿り、始末の悪さに眉を顰めてしまう。
言葉だけでは上手く話せないかもしれない。
ーーー否定されるのが怖い?
言葉だけでは上手く伝えられないかもしれない。
ーーー拒絶されるのが怖い?
それでも。
それでも。
それでも。
ーーー悠……
好きだよ。
大好きだよ。
「同性なのは十分、分かっています。
でも、オレにとって……たった1人しかいない。
ーーーオレの、大好きな人です。
悠だけ……悠だけしか、いらない。
ーーー悠は…
悠はどんな時でも、オレと真っ直ぐに向き合ってくれる。
変わらない笑顔を向けてくれる。
ーーーオレを、オレだけを見ていてくれる」
沢海は言葉を続けていると、2人の視線の糸が解けるように撓むのを感じた。
そして、沢海は悠の母親から注がれる無償の愛に似た柔らかい雰囲気に包まれ、辿々しくも素直に心情を吐露していく。
目の前にいる悠の母親の優しい表情を見て話していると、次第に肌に感じていた張り詰めた緊張が消え、凝り固まっていた四肢が緩んでいくのが分かった。
先程まで鼓膜の奥底にまで響いていた心音もゆっくりと鼓動を重ね始め、身体の強張りが和らいでいく。
上目遣いに自分を見上げる眸は水を張った黒曜石のように潤み、長めの睫毛から目元が悠自身と瓜二つに相似しているのが分かる。
親子なのだから無論当然なのだが、この真っ直ぐな眸に魅了され、虜になる。
『ーーー目……唇……輪郭……
改めて見ても、本当、悠にそっくりだな…
…だから、なのかな?
悠の面影を感じるから…
……こんなにも素直に話せるんだ』
それは普段、意識をしなければ全く気が付かない程にとても些細な出来事かもしれない。
でも、その小さな出来事が粉雪のように少しずつ降り積もる度に沢海は胸の中に優しい温もりが生まれ、柔らかく灯されていく。
『好き』
愛おしく焦がれてしまう。
『大好き』
狂おしく欲してしまう。
「ーーーオレは…
悠を大切にしたい…
悠を大事にしたい…
…悠を、守りたい…
ーーーオレ、悠が大好きです。
オレにとって……悠は特別な存在なんです。
ーーー今も、これからも…
ずっと、悠の笑顔を守っていきたい。
ーーー我儘かもしれないけど…
悠がオレを……オレの事を好きでいてくれるのなら・・・
オレは、悠をこのまま、離したくない…」
激情のまま溢れ出してしまった言葉を綴ってしまい、暫くの沈黙が残ると水を打ったかのような静けさに沢海はフッと我に返る。
今更、理屈ばかりの詭弁を弄してまで自己辯護するつもりはない。
ただ、自分の勝手な強欲さを全面に具現化してしまうと結果的に傷付いてしまう人がいる。
その中の1人が目の前にいる悠の母親なのだ。
推し黙ってしまった母親に沢海は取り返しのつかない一方的な罪咎に囲われ、深く謝罪をすると居た堪れずに俯いてしまう。
「ーーーごめんなさい。
…自分の事ばかり、勝手に、話してしまって…
でも、オレは自分を偽る事はしたくなかったんです。
ーーー嘘は、吐きたくなかったんです」
「……沢海くん……
謝らなくてもいいのよ。
人を好きになる気持ちは、とっても素敵な事だもの」
母親はゆっくりと呼吸を整えると柔らかく微笑み、大きな身体を折り曲げている沢海の両頬を包むように触れる。
線の細い秀麗な顔立ちは眉間に深い皺を刻んだまま母親と視線を合わせないように伏せていたが、母親は沢海の顔を上げさせ、下から覗き込む。
そして、同じ目線でもう一度見詰めると口を開き、静かに伝えていく。
「ただ、沢海くんも、悠も……
お互いに好意を寄せていたっていう事にびっくりしちゃった。
さっきだって、悠が寝惚けているとはいえ、沢海くんに『大好き』って…
私の目の前で告白するんだもん。
ーーー悠の、あんな顔・・・初めて見たわ
…悠も、沢海くんの事、好きだって。
大好きだって。
あの子の仕草で、直ぐ分かっちゃった。
ーーー沢海くん。
悠を好きになってくれて、ありがとう」
母親が『ありがとう』の言葉を伝えてくる事に沢海自身も全く想定もしておらず、心に残る言葉として胸の中に浸透していた痞えを溶けさせていく。
沢海は母親の『ありがとう』の言葉を何度も反芻し、その言葉の意味を必死に理解しようと試みるが驚嘆が上回る。
母親の絶え間ない愛情は他人の自分にまでも温かく受け入れてくれるのか、沢海は唇を噛み締めたまま何度も頷いてしまう。
頬を優しく包む小さな手は沢海を甘えさせてくれる擽ったさを与え、その長閑やかな行為に顳顬が柔らかく痛むと沢海は目頭から涙が勝手に浮かび上がる。
母親は大きな体躯を労わるように支え、ゆっくりと語り掛ける。
「悠はね…
今まで反抗期らしい事もなくて、学校の事、部活の事、自分からオープンに何でも話してくれたの。
でも、高校生になってから、私にも、パパにも……あんまり話をしてくれなくなって、ね…
思春期の男の子だから、当然なんだろうけど。
ーーーやっぱり、何時まで経っても子離れが出来ない私自身が寂しいのね…
…あの子の事だから、自分の気持ちを沢海くんに上手く話していないかもしれないけど…
…悠は貴方にベタ惚れよ。
ーーー沢海くん。
悠は、ね…
悠が沢海くんを好きになったから…
沢海くんが悠を好きでいてくれたから…
人を好きになるって、どんなに楽しい事なんだって、素敵な事なんだって分かったのね」
淡く色付いた赤裸々な悠の恋心は母親に簡単に見透かされ、その色彩の変化もなく沢海へ伝えられる。
沢海は頬を薄桃色に染めながら酷く嬉しそうな表情を浮かべ、そして母親と真正面から向き合い、真摯な態度で再度、告白をする。
「オレの気持ちは変わりません。
悠が好きです。
悠が大好きです。
ーーー悠の事を……愛しています」
「なんだか、プロポーズみたい。
ーーー聞いている、私が恥ずかしくなっちゃうわ」
「それって、悠にプロポーズしてもいいって事ですか?」
「もう、図々しいわね!」
母親は沢海の頬を軽く抓り、お互いが顔を見合わせて声を立てて笑ってしまう。
沢海の潤んだ眸から溢れそうな涙を母親は見付けると純真な笑顔から溢れ、人を好きになる無垢で透明な感情に触れる。
水鏡のように人を想う愛おしさは反映され、2人の空気を穏やかに流れると温もりの残る手を握り締めた。
「ーーー沢海くん。
沢海くんも、悠も学園を卒業して、そして、2人の気持ちがこのまま変わらなかったら…
…もう一度、挨拶にいらっしゃい」
このまま悠を好きでいていいんだ。
ーーー否定されてしまうかもしれない。
このまま悠を好きでいていいんだ。
ーーー拒否されてしまうかもしれない。
でも。
それでも。
悠を好きになる気持ちを求めていたい。
ーーーこの気持ちを踏み躙られるかもしれない。
悠を好きな気持ちを大切にしたい。
ーーーこの気持ちを壊されるかもしれない。
悠を好きな気持ちを大事にしたい。
ーーーこの気持ちを捨てなければいけないかもしれない。
ーーー悠を好きでいて、いいんだーーー
沢海は泣き顔を隠すように母親に深々とお辞儀をする。
「はい。
宜しくお願いします。
ーーーお義母さん」
「やだっ!
ちょっと、沢海くん!
止めてってば!」
母親の顔が少し赤らむ表情でさえも、悠の面影が現れ、沢海は含羞むように微笑んだ。
沢海くん、悠の事…
ーーー好き?」
母親の詰問は想定内の事ではあるが、沢海は動揺を隠し切れずに一驚を喫してしまい、頑なに下唇を噛み締めてしまう。
弁舌を立たせる理由もなく、沢海は言葉を失ったかのように声音を殺してしまう。
咽喉の奥が重苦しく澱み、乾いた口内を潤す為に何度も生唾を飲み込んでしまう。
立ち竦む背中に冷えた汗が伝い、強張る爪先が腕を掻き、重苦しい胸がザワザワと不可解に波立つ。
抗えずに複雑に乱れる感情は周章狼狽の行動を表面に出し、沢海自身を錯乱させてしまう。
自分が話さないといけないのに。
自分が伝えないといけないのに。
沢海は沈黙という時間に拘束され、視線を外したまま俯きそうになる自分自身に叱咤を浴びせる。
「ーーー僕……
…僕は…」
溢れる感情を抑えるように胸元のシャツを掴み、不安定に鳴り響く自らの鼓動に触れる。
引き攣れる程の緊張が四肢を絡ませ、身動きが取れなくなってしまう。
自分が話さないといけないのに。
ーーー宮原の事を大切にしたい。
自分が伝えないといけないのに。
ーーー宮原の事を大事にしたい。
でも、自分が宮原本人の了承もなく、自分自身の我儘な感情を吐露し、身勝手に歪んでしまった気持ちを宮原の大切な家族に話してもいいのだろうかと不安と疑懼に挟まれてしまう。
そして、この事が発端になり、結果的に宮原の純粋過ぎるくらいに真っ白な心を傷付けてしまうのではないかと懸念を生じてしまう。
『ーーーオレは…
悠を好きなんだって…大好きなんだって、分かってもらいたい。
理解をしてもらいたい、なんて都合の良い我欲は言わない。
…他人から見たら、どれだけ自分勝手なんだろうって呆れられるかもしれない。
でも、オレは…
オレは自分の気持ちに嘘は吐きたくない。
ーーーもう、離れたくないんだ…
もう、離したくないんだ…
ーーー悠。
好きだよ…
…大好きだよ…
ーーーごめんね』
自分の中に膨れ上がるエゴイズムの塊が鈍く罅割れ、感情の昂りが抑えられなくなる。
沢海は薄い目蓋を震わせながら重い視線を上げ、母親と目を合わせるとヒリつく舌を動かし、痺れてしまった声を無理矢理に引き出す。
発せられた声音は不様に歪み、あまりの情けなさに自分自身でさえも失笑を浮かべてしまいそうになる。
「ーーーオレ……
オレは…
ーーー宮原、くんの事を…」
自分の言葉で話したい。
自分の言葉で伝えたい。
「ーーーゆ、う…の事を…
オレ・・・
…悠、が…
オレは悠が……好き、です。
ーーーオレにとって、一番、大事な人です。
一番、大切な人です。
ーーー他の誰でもない…
…悠が好き、です。
悠だから…
…好き…なんです…」
沢海は指先から伝わるピリピリとした緊張感に縛られ、鼓動が張り裂けそうに響く中、自らの胸を押さえ、懸命に告白の言葉を綴る。
握り締めた手は漠然とした憂惧を感じるのかベタつく程に湿り、始末の悪さに眉を顰めてしまう。
言葉だけでは上手く話せないかもしれない。
ーーー否定されるのが怖い?
言葉だけでは上手く伝えられないかもしれない。
ーーー拒絶されるのが怖い?
それでも。
それでも。
それでも。
ーーー悠……
好きだよ。
大好きだよ。
「同性なのは十分、分かっています。
でも、オレにとって……たった1人しかいない。
ーーーオレの、大好きな人です。
悠だけ……悠だけしか、いらない。
ーーー悠は…
悠はどんな時でも、オレと真っ直ぐに向き合ってくれる。
変わらない笑顔を向けてくれる。
ーーーオレを、オレだけを見ていてくれる」
沢海は言葉を続けていると、2人の視線の糸が解けるように撓むのを感じた。
そして、沢海は悠の母親から注がれる無償の愛に似た柔らかい雰囲気に包まれ、辿々しくも素直に心情を吐露していく。
目の前にいる悠の母親の優しい表情を見て話していると、次第に肌に感じていた張り詰めた緊張が消え、凝り固まっていた四肢が緩んでいくのが分かった。
先程まで鼓膜の奥底にまで響いていた心音もゆっくりと鼓動を重ね始め、身体の強張りが和らいでいく。
上目遣いに自分を見上げる眸は水を張った黒曜石のように潤み、長めの睫毛から目元が悠自身と瓜二つに相似しているのが分かる。
親子なのだから無論当然なのだが、この真っ直ぐな眸に魅了され、虜になる。
『ーーー目……唇……輪郭……
改めて見ても、本当、悠にそっくりだな…
…だから、なのかな?
悠の面影を感じるから…
……こんなにも素直に話せるんだ』
それは普段、意識をしなければ全く気が付かない程にとても些細な出来事かもしれない。
でも、その小さな出来事が粉雪のように少しずつ降り積もる度に沢海は胸の中に優しい温もりが生まれ、柔らかく灯されていく。
『好き』
愛おしく焦がれてしまう。
『大好き』
狂おしく欲してしまう。
「ーーーオレは…
悠を大切にしたい…
悠を大事にしたい…
…悠を、守りたい…
ーーーオレ、悠が大好きです。
オレにとって……悠は特別な存在なんです。
ーーー今も、これからも…
ずっと、悠の笑顔を守っていきたい。
ーーー我儘かもしれないけど…
悠がオレを……オレの事を好きでいてくれるのなら・・・
オレは、悠をこのまま、離したくない…」
激情のまま溢れ出してしまった言葉を綴ってしまい、暫くの沈黙が残ると水を打ったかのような静けさに沢海はフッと我に返る。
今更、理屈ばかりの詭弁を弄してまで自己辯護するつもりはない。
ただ、自分の勝手な強欲さを全面に具現化してしまうと結果的に傷付いてしまう人がいる。
その中の1人が目の前にいる悠の母親なのだ。
推し黙ってしまった母親に沢海は取り返しのつかない一方的な罪咎に囲われ、深く謝罪をすると居た堪れずに俯いてしまう。
「ーーーごめんなさい。
…自分の事ばかり、勝手に、話してしまって…
でも、オレは自分を偽る事はしたくなかったんです。
ーーー嘘は、吐きたくなかったんです」
「……沢海くん……
謝らなくてもいいのよ。
人を好きになる気持ちは、とっても素敵な事だもの」
母親はゆっくりと呼吸を整えると柔らかく微笑み、大きな身体を折り曲げている沢海の両頬を包むように触れる。
線の細い秀麗な顔立ちは眉間に深い皺を刻んだまま母親と視線を合わせないように伏せていたが、母親は沢海の顔を上げさせ、下から覗き込む。
そして、同じ目線でもう一度見詰めると口を開き、静かに伝えていく。
「ただ、沢海くんも、悠も……
お互いに好意を寄せていたっていう事にびっくりしちゃった。
さっきだって、悠が寝惚けているとはいえ、沢海くんに『大好き』って…
私の目の前で告白するんだもん。
ーーー悠の、あんな顔・・・初めて見たわ
…悠も、沢海くんの事、好きだって。
大好きだって。
あの子の仕草で、直ぐ分かっちゃった。
ーーー沢海くん。
悠を好きになってくれて、ありがとう」
母親が『ありがとう』の言葉を伝えてくる事に沢海自身も全く想定もしておらず、心に残る言葉として胸の中に浸透していた痞えを溶けさせていく。
沢海は母親の『ありがとう』の言葉を何度も反芻し、その言葉の意味を必死に理解しようと試みるが驚嘆が上回る。
母親の絶え間ない愛情は他人の自分にまでも温かく受け入れてくれるのか、沢海は唇を噛み締めたまま何度も頷いてしまう。
頬を優しく包む小さな手は沢海を甘えさせてくれる擽ったさを与え、その長閑やかな行為に顳顬が柔らかく痛むと沢海は目頭から涙が勝手に浮かび上がる。
母親は大きな体躯を労わるように支え、ゆっくりと語り掛ける。
「悠はね…
今まで反抗期らしい事もなくて、学校の事、部活の事、自分からオープンに何でも話してくれたの。
でも、高校生になってから、私にも、パパにも……あんまり話をしてくれなくなって、ね…
思春期の男の子だから、当然なんだろうけど。
ーーーやっぱり、何時まで経っても子離れが出来ない私自身が寂しいのね…
…あの子の事だから、自分の気持ちを沢海くんに上手く話していないかもしれないけど…
…悠は貴方にベタ惚れよ。
ーーー沢海くん。
悠は、ね…
悠が沢海くんを好きになったから…
沢海くんが悠を好きでいてくれたから…
人を好きになるって、どんなに楽しい事なんだって、素敵な事なんだって分かったのね」
淡く色付いた赤裸々な悠の恋心は母親に簡単に見透かされ、その色彩の変化もなく沢海へ伝えられる。
沢海は頬を薄桃色に染めながら酷く嬉しそうな表情を浮かべ、そして母親と真正面から向き合い、真摯な態度で再度、告白をする。
「オレの気持ちは変わりません。
悠が好きです。
悠が大好きです。
ーーー悠の事を……愛しています」
「なんだか、プロポーズみたい。
ーーー聞いている、私が恥ずかしくなっちゃうわ」
「それって、悠にプロポーズしてもいいって事ですか?」
「もう、図々しいわね!」
母親は沢海の頬を軽く抓り、お互いが顔を見合わせて声を立てて笑ってしまう。
沢海の潤んだ眸から溢れそうな涙を母親は見付けると純真な笑顔から溢れ、人を好きになる無垢で透明な感情に触れる。
水鏡のように人を想う愛おしさは反映され、2人の空気を穏やかに流れると温もりの残る手を握り締めた。
「ーーー沢海くん。
沢海くんも、悠も学園を卒業して、そして、2人の気持ちがこのまま変わらなかったら…
…もう一度、挨拶にいらっしゃい」
このまま悠を好きでいていいんだ。
ーーー否定されてしまうかもしれない。
このまま悠を好きでいていいんだ。
ーーー拒否されてしまうかもしれない。
でも。
それでも。
悠を好きになる気持ちを求めていたい。
ーーーこの気持ちを踏み躙られるかもしれない。
悠を好きな気持ちを大切にしたい。
ーーーこの気持ちを壊されるかもしれない。
悠を好きな気持ちを大事にしたい。
ーーーこの気持ちを捨てなければいけないかもしれない。
ーーー悠を好きでいて、いいんだーーー
沢海は泣き顔を隠すように母親に深々とお辞儀をする。
「はい。
宜しくお願いします。
ーーーお義母さん」
「やだっ!
ちょっと、沢海くん!
止めてってば!」
母親の顔が少し赤らむ表情でさえも、悠の面影が現れ、沢海は含羞むように微笑んだ。
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