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第1部
もう1人の自分
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必要な嘘と必要でない嘘があるのなら、それを選択する意味さえも必要なのか考えてしまう。
嘘は吐きたくはない。
嘯いて自分を偽りたくはない。
自分の気持ちに対して、どうして嘘という卑怯な所為を求めてしまうのか、自分自身でさえも理屈が分からない。
嘘で嘘を隠蔽して、人を欺く事に正否の判断は出来ない。
それは適宜な処理として、幾らでも他人の受け取られ方が違ってくる為だ。
必要な嘘も必要でない嘘も自分が相手に対して必然性を求めてしまう悪い癖が、自分の根底にある事も原因としてある。
自分の感情を切り離し、卑しく諂い、限りなく見え透いた態とらしい嘘を演じる。
それは酷く簡単で、酷く滑稽で、一切を拒絶するような差し障りのない言葉を使い、上辺だけの体裁を適当に作り上げてしまえばいい。
人目を引く体躯と一見、柔和な印象を与える面貌は異性を無駄に引き寄せてしまい、蠱惑的な眼差しを避ける為に自分は謗る目線を伏せ、無表情の外面でさり気なく振る舞う。
嘘を嘘で隠し立て、傍若無人な我儘さで知らないフリをすれば、可哀想な人だと勝手に理解を深められ、更に勝手な理由で相手は離れていく。
今までも必要であれば異性に対して嘘と欺瞞で包み込み、詭弁を弄する事は容易に行ってきた。
薄っぺらな言葉をダラダラと吐き捨てるだけの軽薄な態度が知らずに漏れ出てしまい、蔑まれた視線を浴びてしまった事は幾度となくある。
理不尽な可能性に縋り、僅かな期待を持て余し、受け入れられない気持ちが違和感を伝えてくる。
気乗りのしない物事を虚言を発して適当にあしらい、外面の良さを生かした笑顔を演じればいい。
今更、厚顔さを晒け出したところで羞恥を得る事はない。
寧ろ、肩の力が抜けるような爽快な感覚に包まれ、腹の底から嘲笑が込み上げてくる衝動を懸命に堪えればいい。
もっと醜い自分自身がいる。
もっと卑しい自分自身がいる。
独善的な物事の考え方を最良の選択として考えてしまう自分に辟易する。
相反する自分自身の感情を持て余し、複雑に絡んだ意思ではなく、虚偽だらけの意思を通した方が無駄な責任からも逃れられる。
面倒な視線も、耳障りな言葉も、邪魔な行為も全てが自分自身にとって不快でしかない。
結局は自分自身が他人から無駄に傷付けられたくないのだと自分の利害だけを基準にした嘘を吐き、煩瑣な物事から大きく回避している。
興味もなく、無関心しか見出せない事であれば尚更に煩雑を極めてしまう。
『ーーー話さなければいけない事がある』
嘘は吐きたくはない。
嘯いて自分を偽りたくはない。
何よりも自分自身の気持ちを形成する、利己主義を履き違えている極端な執着を剥落とし、愚鈍な感情を払わなければならない。
客観的に対峙する自分の感情は水鏡のように反射し、それ故に下衆なモノとして輪郭を表す。
『ーーー自分の気持ちを信じてもらう為に自分の言葉でしっかりと伝えないといけない』
ひけらかす態とらしさは卑しく形を作り、自分を誇示する脆弱な諸刃が鈍く光る。
大して意味もない理屈ばかりをでっち上げられ、余計な詮索が全身を吐泥のように這い回る。
透明な針を刺されるチクリとした痛みでさえ気に障り、抑え切れない感情が波立つ。
猜疑しか覚えない他人の言葉が重い飛沫となって、身体に降りかかる。
『ーーー後輩と先輩?』
『ーーー友達?』
『ーーー恋人?』
沢海は重い足取りに引き摺られながら立ち上がり、深い溜息を吐く。
『ーーー何を、今更だよ……』
沢海は宮原の寝顔を眺めると目を閉じ、自嘲気味に口元を緩めてしまう。
沢海は宮原の母親に対して異なる価値観に不寛容な様子を感じ、精神的な余裕を完全に失っていた。
これまでの状況で母親の排他的な考えがあっても、それを否定する事はない。
母親は自分と血の繋がる息子の同性の色情を目の前で見せ付けられ、有り得ない事実に愕然とするのは予想した当然の反応だ。
穢らわしいと拒絶されるのか、呆れ返られて無視されるのか、抑え切れない衝動のまま手を振り上げられるのか、ある程度の覚悟はしているつもりだ。
静寂の漂う空間に宮原の落ち着いた呼吸音だけが響き、沢海へ振り返るようにゆっくりと寝返りを打つ。
そして、宮原は空いたベッドのスペースを左手で探り、何もない空間に指先を滑らせていく。
皺だらけの真っ白なシーツの上を掻き散らし、見付からない沢海の温もりを求め、欲する。
「……な、ぉ・・・やぁ……」
セックスの真っ最中に漏れ出る嬌声に似た酷く掠れた宮原の声音に、沢海は股間の疼きを感じてしまう。
沢海は自分自身の身体の変化を誤魔化すように衣服のボタンを少し緩めると足元に無造作に転がるサッカーボールを引き寄せる。
柔軟性のある足首と膝を使い、足裏でバックスピンをさせながらリフトアップさせ、ボールを胸に抱えると宮原の顔を上から覗き込む。
「…ったく、甘えん坊だなぁ…
ーーーそこが可愛いんだけど、さ…」
沢海はサッカーボールを空いているベッドの中へ押し込むと宮原の前髪を梳き、薄桃色の頬に軽くキスをする。
無覚醒の状態で存在を求められる擽ったさに沢海は一度呼吸を落ち着かせ、宮原の居室から退出する。
螺旋状の階段をゆっくりと降りると沢海の足音に気が付いた母親がリビングから出てくる。
見上げる視線に沢海は一瞬、足を止め、気不味さの残る表情を消し、軽く笑んでみせる。
「宮原くん……
ぐっすりと眠っています。
ーーーあの…」
「あ、あの…
…あのね…沢海くん…」
「はい」
沢海の言葉を折るように母親は吃りながら話し始める。
「単刀直入に聞いちゃうけど・・・
沢海くん、悠の事…
ーーー好き?」
嘘は吐きたくはない。
嘯いて自分を偽りたくはない。
自分の気持ちに対して、どうして嘘という卑怯な所為を求めてしまうのか、自分自身でさえも理屈が分からない。
嘘で嘘を隠蔽して、人を欺く事に正否の判断は出来ない。
それは適宜な処理として、幾らでも他人の受け取られ方が違ってくる為だ。
必要な嘘も必要でない嘘も自分が相手に対して必然性を求めてしまう悪い癖が、自分の根底にある事も原因としてある。
自分の感情を切り離し、卑しく諂い、限りなく見え透いた態とらしい嘘を演じる。
それは酷く簡単で、酷く滑稽で、一切を拒絶するような差し障りのない言葉を使い、上辺だけの体裁を適当に作り上げてしまえばいい。
人目を引く体躯と一見、柔和な印象を与える面貌は異性を無駄に引き寄せてしまい、蠱惑的な眼差しを避ける為に自分は謗る目線を伏せ、無表情の外面でさり気なく振る舞う。
嘘を嘘で隠し立て、傍若無人な我儘さで知らないフリをすれば、可哀想な人だと勝手に理解を深められ、更に勝手な理由で相手は離れていく。
今までも必要であれば異性に対して嘘と欺瞞で包み込み、詭弁を弄する事は容易に行ってきた。
薄っぺらな言葉をダラダラと吐き捨てるだけの軽薄な態度が知らずに漏れ出てしまい、蔑まれた視線を浴びてしまった事は幾度となくある。
理不尽な可能性に縋り、僅かな期待を持て余し、受け入れられない気持ちが違和感を伝えてくる。
気乗りのしない物事を虚言を発して適当にあしらい、外面の良さを生かした笑顔を演じればいい。
今更、厚顔さを晒け出したところで羞恥を得る事はない。
寧ろ、肩の力が抜けるような爽快な感覚に包まれ、腹の底から嘲笑が込み上げてくる衝動を懸命に堪えればいい。
もっと醜い自分自身がいる。
もっと卑しい自分自身がいる。
独善的な物事の考え方を最良の選択として考えてしまう自分に辟易する。
相反する自分自身の感情を持て余し、複雑に絡んだ意思ではなく、虚偽だらけの意思を通した方が無駄な責任からも逃れられる。
面倒な視線も、耳障りな言葉も、邪魔な行為も全てが自分自身にとって不快でしかない。
結局は自分自身が他人から無駄に傷付けられたくないのだと自分の利害だけを基準にした嘘を吐き、煩瑣な物事から大きく回避している。
興味もなく、無関心しか見出せない事であれば尚更に煩雑を極めてしまう。
『ーーー話さなければいけない事がある』
嘘は吐きたくはない。
嘯いて自分を偽りたくはない。
何よりも自分自身の気持ちを形成する、利己主義を履き違えている極端な執着を剥落とし、愚鈍な感情を払わなければならない。
客観的に対峙する自分の感情は水鏡のように反射し、それ故に下衆なモノとして輪郭を表す。
『ーーー自分の気持ちを信じてもらう為に自分の言葉でしっかりと伝えないといけない』
ひけらかす態とらしさは卑しく形を作り、自分を誇示する脆弱な諸刃が鈍く光る。
大して意味もない理屈ばかりをでっち上げられ、余計な詮索が全身を吐泥のように這い回る。
透明な針を刺されるチクリとした痛みでさえ気に障り、抑え切れない感情が波立つ。
猜疑しか覚えない他人の言葉が重い飛沫となって、身体に降りかかる。
『ーーー後輩と先輩?』
『ーーー友達?』
『ーーー恋人?』
沢海は重い足取りに引き摺られながら立ち上がり、深い溜息を吐く。
『ーーー何を、今更だよ……』
沢海は宮原の寝顔を眺めると目を閉じ、自嘲気味に口元を緩めてしまう。
沢海は宮原の母親に対して異なる価値観に不寛容な様子を感じ、精神的な余裕を完全に失っていた。
これまでの状況で母親の排他的な考えがあっても、それを否定する事はない。
母親は自分と血の繋がる息子の同性の色情を目の前で見せ付けられ、有り得ない事実に愕然とするのは予想した当然の反応だ。
穢らわしいと拒絶されるのか、呆れ返られて無視されるのか、抑え切れない衝動のまま手を振り上げられるのか、ある程度の覚悟はしているつもりだ。
静寂の漂う空間に宮原の落ち着いた呼吸音だけが響き、沢海へ振り返るようにゆっくりと寝返りを打つ。
そして、宮原は空いたベッドのスペースを左手で探り、何もない空間に指先を滑らせていく。
皺だらけの真っ白なシーツの上を掻き散らし、見付からない沢海の温もりを求め、欲する。
「……な、ぉ・・・やぁ……」
セックスの真っ最中に漏れ出る嬌声に似た酷く掠れた宮原の声音に、沢海は股間の疼きを感じてしまう。
沢海は自分自身の身体の変化を誤魔化すように衣服のボタンを少し緩めると足元に無造作に転がるサッカーボールを引き寄せる。
柔軟性のある足首と膝を使い、足裏でバックスピンをさせながらリフトアップさせ、ボールを胸に抱えると宮原の顔を上から覗き込む。
「…ったく、甘えん坊だなぁ…
ーーーそこが可愛いんだけど、さ…」
沢海はサッカーボールを空いているベッドの中へ押し込むと宮原の前髪を梳き、薄桃色の頬に軽くキスをする。
無覚醒の状態で存在を求められる擽ったさに沢海は一度呼吸を落ち着かせ、宮原の居室から退出する。
螺旋状の階段をゆっくりと降りると沢海の足音に気が付いた母親がリビングから出てくる。
見上げる視線に沢海は一瞬、足を止め、気不味さの残る表情を消し、軽く笑んでみせる。
「宮原くん……
ぐっすりと眠っています。
ーーーあの…」
「あ、あの…
…あのね…沢海くん…」
「はい」
沢海の言葉を折るように母親は吃りながら話し始める。
「単刀直入に聞いちゃうけど・・・
沢海くん、悠の事…
ーーー好き?」
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