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第1部
訪問者は王子様〜母親の視点〜閉ざされた空間
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無意識の所作とはいえ、自分の目の前で見せ付けられる擽られるような愛情表現に不躾な程、凝視をしてしまう。
沢海自身も好奇の混じる視線を数秒遅れてから今更感じ取り、ばつが悪そうに視線を泳がせていた。
沢海は腕の中に悠を抱えている故に背筋を伸ばしたまま硬直し、一切の弁解さえ出来ずに佇んでいた。
ぐっすりと眠る悠だけがこの状況下で安寧な寝息を立て、緊張感の残る空気に水を差す。
「……な、おやぁ……」
沢海を呼ぶ間延びした舌足らずの声に母親は思わず吹き出してしまい、沢海は益々居た堪れない表情を浮かべている。
サッカーの試合最中はファーストネームやニックネームで呼応する事が当然だが、それはピッチから離れた状況でも続くのだろうか。
1年生の悠の立場からすると2年生の沢海に対して先輩という序列になる筈なのだが、あまりにも自然に沢海のファーストネームを呼び、母親は悠の顔を覗き込んでしまう。
「もう!本当にね。
ほら!悠!好い加減、起きなさいよ!」
母親は悠の鼻をギュッと摘むと息苦しさにイヤイヤと頭を振られる。
悠も邪魔立てばかりする手から逃れようと沢海のシャツを引っ張り、顔を隠そうと必死に抵抗をしてくる。
「こら!悠!!」
「僕なら大丈夫ですよ。
左膝の腫れがまだ少しあるので、宮原くんの部屋まで送ってもいいですか?」
反抗的な素振りばかりの息子をリビングの床に転がしてもらおうかと考えたが、自分の足元の邪魔になってしまう。
取り敢えずは未だに引き攣り気味のぎこちない笑みを浮かべる沢海の厚意に甘えてみる。
「あら、そう?
……じゃあ、お願いしてもいいかしら?」
「はい。
お邪魔します」
沢海は悠の身体を軽々と抱え直すとテーピングの巻かれた左膝裏と右肘を注視しながら、玄関の中に入る。
螺旋状の階段を登り切ると廊下の直ぐ左側が悠の部屋になり、母親は先回りをして2階へ案内をする。
入口のドアを開けると初めて立ち入るであろう悠の部屋に沢海は空間をぐるりと見渡す。
そこには無造作に置かれたリフティングボール、壁に貼られたフランク・ラベリーのポスター、平積みにされたサッカー雑誌が置かれている。
そして、フローリングの床に散らばったテーピングの切れ端を見付けると沢海は2人にしか聞こえないような声音で『頑張って練習していたんだね』と悠の耳元で小さく囁く。
一向に上達しないテーピングの巻き方に不器用な悠が毎朝、四苦八苦している事を沢海は知っているのだろうか。
沢海は悠をベッドに横たえると身体を離そうと腕を解くが、悠が沢海の首根にしがみ付いて離れようとはしない。
沢海の開衿シャツを皺だらけにしながら悠は襟足に唇を寄せると素肌に口付けをする。
チュッというリップ音に沢海は驚き、2人の挙動に対して母親から一方的に注がれる監視は疑念を孕んでしまう。
沢海は態とらしく誤魔化しながら咳払いをすると宮原の背中をトントンと優しく叩く。
「…宮原…
自宅に着いたよ。
手を離しても大丈夫だよ」
「ーーーな、ぉや……
…なお…や・・・
直哉…
…行か、ないで…
ーーーここ…に、いて…」
「ーーー悠……
ここにいるから、大丈夫だよ。
心配しなくてもいいよ」
「…う、ん…
ーーー直哉…
好き・・・大、好き…
…そ、ばに…いて…」
宮原の寝言が突然の告白になってしまい、沢海は宮原の母親の前でポーカーフェイスを装おうとするが、頬が淡く染まっていくのが手に取るように分かる。
沢海自身も好い加減に観念したのか吐息が触れる程の距離に近付くと悠の耳元で「…悠…」ともう一度、名前を呼ぶ。
沢海はこれ以上、宮原の手を自分から無理に解く事はせず、2人を見詰める母親に視線を向ける。
「ーーーすみません…
あの・・・ちょっとだけ、2人きりにしてもらっても、いいですか?」
悠は微睡みのような浅い意識の中、沢海の身体が離れていくのが分かるのか、眉間に皺を寄せ、不安そうな表情で目尻を潤ませている。
そして、聞き取れない程の細く、心憂い声を発すると悠の頬に涙が流れていくのが見えた。
母親は突然の悠の感情の表れに疎外を覚えると沢海に「お願いね…」とだけ伝え、退室した。
ゆっくりと部屋のノブを回し、西日の差し込む静黙の漂う廊下に出ると母親は一旦足を止め、振り返る。
閉扉された2人の空間に母親は内心はしてはいけない行為なのだと分かっていても抜き足で物音を消し、扉に傍耳を立てる。
すると沢海の切なく愛おしむような掠れた声音で『…悠…』と何度も名前を呼んでいるのが聞こえた。
『…何処にも行かない…
傍にいる…
もう絶対に離れない…
ーーー好きだよ。
オレも大好きだよ…』
僅かな衣擦れの音が聞こえ、母親はそっとノブを回し、出入り口の扉から覗き見してしまう。
鋭角の隙間にまで西日の日差しが入り込み、ベッドの上にいる悠を押し倒すように沢海の身体が重なり、ひとつの陰影を作っている。
2人の体躯のラインを光が縁取り、光彩で滲む輪郭が交わると沢海は悠を求めて口唇を開いた。
静寂が漂う部屋の中で、沢海は激しい劣情を堪えるような口付けを繰り返し、指先で悠の顎を上げると最後に鼻先を軽く舐める。
悠は揶揄われるように悪戯をされ、湿った鼻先を手の甲で拭うと薄く目を開け、沢海を見詰める。
覚醒しない意識に茫洋としながらも、ゆっくりと瞬きをすると沢海はもう一度、悠の鼻先をペロリと舐める。
状況が整理出来ないまま悠は首を竦ませていると沢海はクスクスと笑い、『…悠…』と声を掛けている。
優しい光の中で2人は同じ目線で眸が合うと自然と唇を重ね、柔らかい舌の感触を味わう。
切なく歪む悠の表情が口元を緩ませ、素直な欲求に従うと沢海の口唇を、舌を味わっていく。
焦がれる気持ちが甘く解け、お互いの距離をゆっくりと距離を取ると悠は沢海の両頬を手で包み、幸せそうに笑う。
「…直哉…」
愛おしさの中に沢海の笑顔を見付け、悠は確かめるように沢海の唇の輪郭を指先でなぞると何度も角度を変えて口付ける。
嬌声も、吐息も、呼吸さえも与奪され、沢海のしっかりと整えられた髪を掻き毟ろうとする。
「…悠っ!こらっ!
ーーー止めろって!」
沢海は悠の両手首を掴むと身体を離し、耳朶までも真っ赤に染まった顔を背けてしまう。
その瞬間、沢海は部屋の扉が少し開いている事に気付き、視線が止まるのが分かった。
「ーーー直哉……
好き…全部、好き…
・・・大、好き…」
「………ありがと。
今日はもう、ゆっくり、おやすみなさい…
また、明日……学校でね」
「ーーーうん…」
悠は悪戯を嗜められても酷く幸せそうな表情を描き、ゆっくりと枕に顔を埋める。
僅かな時間は再び悠の目蓋は落とし、口を開けてすやすやと眠る可愛らしい寝顔を見ようと長めの前髪を梳き、耳元へ掛ける。
すると悠の部屋の扉が閉まる静かな物音が聞こえ、沢海もさり気なく横目で出入り口の扉を確認すると、溜息を吐いた。
「ーーー悠…
ごめんね・・・」
沢海自身も好奇の混じる視線を数秒遅れてから今更感じ取り、ばつが悪そうに視線を泳がせていた。
沢海は腕の中に悠を抱えている故に背筋を伸ばしたまま硬直し、一切の弁解さえ出来ずに佇んでいた。
ぐっすりと眠る悠だけがこの状況下で安寧な寝息を立て、緊張感の残る空気に水を差す。
「……な、おやぁ……」
沢海を呼ぶ間延びした舌足らずの声に母親は思わず吹き出してしまい、沢海は益々居た堪れない表情を浮かべている。
サッカーの試合最中はファーストネームやニックネームで呼応する事が当然だが、それはピッチから離れた状況でも続くのだろうか。
1年生の悠の立場からすると2年生の沢海に対して先輩という序列になる筈なのだが、あまりにも自然に沢海のファーストネームを呼び、母親は悠の顔を覗き込んでしまう。
「もう!本当にね。
ほら!悠!好い加減、起きなさいよ!」
母親は悠の鼻をギュッと摘むと息苦しさにイヤイヤと頭を振られる。
悠も邪魔立てばかりする手から逃れようと沢海のシャツを引っ張り、顔を隠そうと必死に抵抗をしてくる。
「こら!悠!!」
「僕なら大丈夫ですよ。
左膝の腫れがまだ少しあるので、宮原くんの部屋まで送ってもいいですか?」
反抗的な素振りばかりの息子をリビングの床に転がしてもらおうかと考えたが、自分の足元の邪魔になってしまう。
取り敢えずは未だに引き攣り気味のぎこちない笑みを浮かべる沢海の厚意に甘えてみる。
「あら、そう?
……じゃあ、お願いしてもいいかしら?」
「はい。
お邪魔します」
沢海は悠の身体を軽々と抱え直すとテーピングの巻かれた左膝裏と右肘を注視しながら、玄関の中に入る。
螺旋状の階段を登り切ると廊下の直ぐ左側が悠の部屋になり、母親は先回りをして2階へ案内をする。
入口のドアを開けると初めて立ち入るであろう悠の部屋に沢海は空間をぐるりと見渡す。
そこには無造作に置かれたリフティングボール、壁に貼られたフランク・ラベリーのポスター、平積みにされたサッカー雑誌が置かれている。
そして、フローリングの床に散らばったテーピングの切れ端を見付けると沢海は2人にしか聞こえないような声音で『頑張って練習していたんだね』と悠の耳元で小さく囁く。
一向に上達しないテーピングの巻き方に不器用な悠が毎朝、四苦八苦している事を沢海は知っているのだろうか。
沢海は悠をベッドに横たえると身体を離そうと腕を解くが、悠が沢海の首根にしがみ付いて離れようとはしない。
沢海の開衿シャツを皺だらけにしながら悠は襟足に唇を寄せると素肌に口付けをする。
チュッというリップ音に沢海は驚き、2人の挙動に対して母親から一方的に注がれる監視は疑念を孕んでしまう。
沢海は態とらしく誤魔化しながら咳払いをすると宮原の背中をトントンと優しく叩く。
「…宮原…
自宅に着いたよ。
手を離しても大丈夫だよ」
「ーーーな、ぉや……
…なお…や・・・
直哉…
…行か、ないで…
ーーーここ…に、いて…」
「ーーー悠……
ここにいるから、大丈夫だよ。
心配しなくてもいいよ」
「…う、ん…
ーーー直哉…
好き・・・大、好き…
…そ、ばに…いて…」
宮原の寝言が突然の告白になってしまい、沢海は宮原の母親の前でポーカーフェイスを装おうとするが、頬が淡く染まっていくのが手に取るように分かる。
沢海自身も好い加減に観念したのか吐息が触れる程の距離に近付くと悠の耳元で「…悠…」ともう一度、名前を呼ぶ。
沢海はこれ以上、宮原の手を自分から無理に解く事はせず、2人を見詰める母親に視線を向ける。
「ーーーすみません…
あの・・・ちょっとだけ、2人きりにしてもらっても、いいですか?」
悠は微睡みのような浅い意識の中、沢海の身体が離れていくのが分かるのか、眉間に皺を寄せ、不安そうな表情で目尻を潤ませている。
そして、聞き取れない程の細く、心憂い声を発すると悠の頬に涙が流れていくのが見えた。
母親は突然の悠の感情の表れに疎外を覚えると沢海に「お願いね…」とだけ伝え、退室した。
ゆっくりと部屋のノブを回し、西日の差し込む静黙の漂う廊下に出ると母親は一旦足を止め、振り返る。
閉扉された2人の空間に母親は内心はしてはいけない行為なのだと分かっていても抜き足で物音を消し、扉に傍耳を立てる。
すると沢海の切なく愛おしむような掠れた声音で『…悠…』と何度も名前を呼んでいるのが聞こえた。
『…何処にも行かない…
傍にいる…
もう絶対に離れない…
ーーー好きだよ。
オレも大好きだよ…』
僅かな衣擦れの音が聞こえ、母親はそっとノブを回し、出入り口の扉から覗き見してしまう。
鋭角の隙間にまで西日の日差しが入り込み、ベッドの上にいる悠を押し倒すように沢海の身体が重なり、ひとつの陰影を作っている。
2人の体躯のラインを光が縁取り、光彩で滲む輪郭が交わると沢海は悠を求めて口唇を開いた。
静寂が漂う部屋の中で、沢海は激しい劣情を堪えるような口付けを繰り返し、指先で悠の顎を上げると最後に鼻先を軽く舐める。
悠は揶揄われるように悪戯をされ、湿った鼻先を手の甲で拭うと薄く目を開け、沢海を見詰める。
覚醒しない意識に茫洋としながらも、ゆっくりと瞬きをすると沢海はもう一度、悠の鼻先をペロリと舐める。
状況が整理出来ないまま悠は首を竦ませていると沢海はクスクスと笑い、『…悠…』と声を掛けている。
優しい光の中で2人は同じ目線で眸が合うと自然と唇を重ね、柔らかい舌の感触を味わう。
切なく歪む悠の表情が口元を緩ませ、素直な欲求に従うと沢海の口唇を、舌を味わっていく。
焦がれる気持ちが甘く解け、お互いの距離をゆっくりと距離を取ると悠は沢海の両頬を手で包み、幸せそうに笑う。
「…直哉…」
愛おしさの中に沢海の笑顔を見付け、悠は確かめるように沢海の唇の輪郭を指先でなぞると何度も角度を変えて口付ける。
嬌声も、吐息も、呼吸さえも与奪され、沢海のしっかりと整えられた髪を掻き毟ろうとする。
「…悠っ!こらっ!
ーーー止めろって!」
沢海は悠の両手首を掴むと身体を離し、耳朶までも真っ赤に染まった顔を背けてしまう。
その瞬間、沢海は部屋の扉が少し開いている事に気付き、視線が止まるのが分かった。
「ーーー直哉……
好き…全部、好き…
・・・大、好き…」
「………ありがと。
今日はもう、ゆっくり、おやすみなさい…
また、明日……学校でね」
「ーーーうん…」
悠は悪戯を嗜められても酷く幸せそうな表情を描き、ゆっくりと枕に顔を埋める。
僅かな時間は再び悠の目蓋は落とし、口を開けてすやすやと眠る可愛らしい寝顔を見ようと長めの前髪を梳き、耳元へ掛ける。
すると悠の部屋の扉が閉まる静かな物音が聞こえ、沢海もさり気なく横目で出入り口の扉を確認すると、溜息を吐いた。
「ーーー悠…
ごめんね・・・」
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